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ハルが大学四年になった頃。
来年卒業後に出版される写真集のカメラマンをしてほしい、と夏生が話を持ちかけてきた。それは、夏生の希望というより、ハルの希望だという。ハルは、オレに『SHIU』の名で、写真集を出してほしい、そうでなければ出さない駄々を捏ねたようだ。
それまでの数年間、夏生の事務所で数回すれ違い、挨拶する程度の仲だった。人物の写真を撮るなら、もっといい写真家がいる筈なのに。いったいオレの何が良かったのか。
オレは普段人物中心の写真は撮らない。撮ったとしても『SHIU』の名は出さない。しかし、オレはこの依頼を受け、ハルの希望を叶えることにした。
オレは ── ハルともう少し関わりたいと思ったのかも知れない。
この時オレは、冬馬にハルを紹介することを思いついた。冬馬は、秋にある“タチバナ春夏コレクション”の仕事に取りかかっている筈だった。
オレの読みは当たり、ハルは冬馬のブランド“Citrus”のモデルとして、初めてランウェイを歩くことになった。この経歴はこれからのモデル活動の為にもなるだろう。
コレクションが終わり一息ついた12月、写真集の撮影の為に、沖縄に行く。一週間の予定を組んでいたが、ハルに突然のオファーがきて、二日で中断した。
ハルから遅れること一日、オレも東京へ戻った。そして、あの男が大怪我をし、冬馬と秋穂が姿を消したあの出来事に関わることになったのだ。
オレは体調を崩した。
年明けすぐに撮影を再開する予定だったが、ひと月ずらして貰った。撮影場所も沖縄ではなく、身近な場所に変更した。
そして、カメラを構えたが ── ダメだった。
ファインダー越しにハルを見ると、手が震えた。ハルの顔がほんとに冬馬に見えてくる。視界のすべてが涙で滲んでいく。
それから何度か日を変え、場所を変えた。しかし結果は同じこと。その度にハルに無駄足をさせた。
そして、そのうちに、カメラを持つことさえできなくなった。
── カメラマンを変更してくれるよう告げた四月。それ以来、ハルとは会っていなかった。
コレクション準備の合間に撮っていた写真も、沖縄の二日間で撮っていた写真も、すべてお蔵入りとなった。別のカメラマン撮影で、当初の予定より遅れて、ハルの写真集は出版された。
外は次第に緑の美しい季節となり、聖愛のあの“秘密基地”や橘家の別荘が思い浮かび、オレは自宅から一歩も出ることができなくなった。
ハルはオレを案じて忙しいなか、何度も連絡をくれていたが、写真集無事完成の報告を最後にそれもなくなった。そっけない言葉しか返さなかったオレに呆れたのかも知れない。
夏生は今でも時々連絡を寄越す。彼のほうはオレが返事をしようがしまいが構わないのだ。ハルの近況も聞いてもいないのに知らせてくれる。
久しぶりにオレから取った連絡が、パーティー出席の件だった。
**
オレはしばらく黙りこくってハルの顔を見ていた。久しぶりにこうして見ると、ハルを撮ることができなくなったあの時程、胸はざわつかないことにほっとした。
「仕事、順調そうだね ── 夏生が時々知らせてくるんだ。写真集、完成させてやれなくて、ごめんな。オレのせいで、発刊も遅れた」
「そんなこと……」
「写真集、夏生が送ってくれた。見たよ、すごく良かったな」
そう言いながらも頭の中では、
( オレとは視点が違うけど。オレなら、もっと、こう── )
考えて、すぐやめた。どうせ、撮れっこない。
オレは情けなくなってハルから視線を外し、自分の足許を見た。
「まだ、外は暗い。おまえももう一度寝れば。もし、オレがまたうなされてもほっといていいから」
「……はい」
ハルの足がそこから離れていく。しかし、その足は数歩ですぐ止まり、また戻ってくる。
不思議に思って顔を上げた。
「あの……これ……」
眼の前に差しだされた掌には、紅い組紐が握られていた。
「さっきシウさん運んでる時に取れて……」
冬馬に似たハルの顔。握られた紅い紐。
オレの心は再び大きく揺れ動いた。頭の中をざわざわと何かが這い回る。
それを受け取ろうとハルに向かって伸びた指先は、小刻みに震えていた。
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