Crescendo ──春(ハル)ノクルオト

さくら乃

文字の大きさ
6 / 123

 ─ 5

しおりを挟む


**


 ハルが大学四年になった頃。
 来年卒業後に出版される写真集のカメラマンをしてほしい、と夏生が話を持ちかけてきた。それは、夏生の希望というより、ハルの希望だという。ハルは、オレに『SHIU』の名で、写真集を出してほしい、そうでなければ出さない駄々を捏ねたようだ。

 それまでの数年間、夏生の事務所で数回すれ違い、挨拶する程度の仲だった。人物の写真を撮るなら、もっといい写真家がいる筈なのに。いったいオレの何が良かったのか。
 オレは普段人物中心の写真は撮らない。撮ったとしても『SHIU』の名は出さない。しかし、オレはこの依頼を受け、ハルの希望を叶えることにした。

 オレは ── ハルともう少し関わりたいと思ったのかも知れない。

 この時オレは、冬馬にハルを紹介することを思いついた。冬馬は、秋にある“タチバナ春夏コレクション”の仕事に取りかかっている筈だった。
 オレの読みは当たり、ハルは冬馬のブランド“Citrusシトラス”のモデルとして、初めてランウェイを歩くことになった。この経歴はこれからのモデル活動の為にもなるだろう。

 コレクションが終わり一息ついた12月、写真集の撮影の為に、沖縄に行く。一週間の予定を組んでいたが、ハルに突然のオファーがきて、二日で中断した。
 ハルから遅れること一日、オレも東京へ戻った。そして、が大怪我をし、冬馬と秋穂が姿を消したあの出来事に関わることになったのだ。

 オレは体調を崩した。
 年明けすぐに撮影を再開する予定だったが、ひと月ずらして貰った。撮影場所も沖縄ではなく、身近な場所に変更した。

 そして、カメラを構えたが ── ダメだった。

 ファインダー越しにハルを見ると、手が震えた。ハルの顔がほんとに冬馬に見えてくる。視界のすべてが涙で滲んでいく。
 それから何度か日を変え、場所を変えた。しかし結果は同じこと。その度にハルに無駄足をさせた。
 そして、そのうちに、カメラを持つことさえできなくなった。

 ── カメラマンを変更してくれるよう告げた四月。それ以来、ハルとは会っていなかった。
 コレクション準備の合間に撮っていた写真も、沖縄の二日間で撮っていた写真も、すべてお蔵入りとなった。別のカメラマン撮影で、当初の予定より遅れて、ハルの写真集は出版された。

 外は次第に緑の美しい季節となり、聖愛のあの“秘密基地”や橘家の別荘が思い浮かび、オレは自宅から一歩も出ることができなくなった。

 ハルはオレを案じて忙しいなか、何度も連絡をくれていたが、写真集無事完成の報告を最後にそれもなくなった。そっけない言葉しか返さなかったオレに呆れたのかも知れない。

 夏生は今でも時々連絡を寄越す。彼のほうはオレが返事をしようがしまいが構わないのだ。ハルの近況も聞いてもいないのに知らせてくれる。
 久しぶりにオレから取った連絡が、パーティー出席の件だった。


**


 オレはしばらく黙りこくってハルの顔を見ていた。久しぶりにこうして見ると、ハルを撮ることができなくなったあの時程、胸はざわつかないことにほっとした。

「仕事、順調そうだね ── 夏生が時々知らせてくるんだ。写真集、完成させてやれなくて、ごめんな。オレのせいで、発刊も遅れた」
「そんなこと……」
「写真集、夏生が送ってくれた。見たよ、すごく良かったな」

 そう言いながらも頭の中では、
( オレとは視点が違うけど。オレなら、もっと、こう── )
 考えて、すぐやめた。どうせ、撮れっこない。
 オレは情けなくなってハルから視線を外し、自分の足許を見た。
「まだ、外は暗い。おまえももう一度寝れば。もし、オレがまたうなされてもほっといていいから」
「……はい」

 ハルの足がそこから離れていく。しかし、その足は数歩ですぐ止まり、また戻ってくる。
 不思議に思って顔を上げた。
「あの……これ……」
 眼の前に差しだされた掌には、紅い組紐が握られていた。
「さっきシウさん運んでる時に取れて……」

 冬馬に似たハルの顔。握られた紅い紐。
 オレの心は再び大きく揺れ動いた。頭の中をざわざわと何かが這い回る。
 それを受け取ろうとハルに向かって伸びた指先は、小刻みに震えていた。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

双葉の恋 -crossroads of fate-

真田晃
BL
バイト先である、小さな喫茶店。 いつもの席でいつもの珈琲を注文する営業マンの彼に、僕は淡い想いを寄せていた。 しかし、恋人に酷い捨てられ方をされた過去があり、その傷が未だ癒えずにいる。 営業マンの彼、誠のと距離が縮まる中、僕を捨てた元彼、悠と突然の再会。 僕を捨てた筈なのに。変わらぬ態度と初めて見る殆さに、無下に突き放す事が出来ずにいた。 誠との関係が進展していく中、悠と過ごす内に次第に明らかになっていくあの日の『真実』。 それは余りに残酷な運命で、僕の想像を遥かに越えるものだった── ※これは、フィクションです。 想像で描かれたものであり、現実とは異なります。 ** 旧概要 バイト先の喫茶店にいつも来る スーツ姿の気になる彼。 僕をこの道に引き込んでおきながら 結婚してしまった元彼。 その間で悪戯に揺れ動く、僕の運命のお話。 僕たちの行く末は、なんと、お題次第!? (お題次第で話が進みますので、詳細に書けなかったり、飛んだり、やきもきする所があるかと思います…ご了承を) *ブログにて、キャライメージ画を載せております。(メーカーで作成) もしご興味がありましたら、見てやって下さい。 あるアプリでお題小説チャレンジをしています 毎日チームリーダーが3つのお題を出し、それを全て使ってSSを作ります その中で生まれたお話 何だか勿体ないので上げる事にしました 見切り発車で始まった為、どうなるか作者もわかりません… 毎日更新出来るように頑張ります! 注:タイトルにあるのがお題です

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

有能課長のあり得ない秘密

みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。 しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

処理中です...