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しおりを挟む聖愛の隣にはカンナ音楽院があり、一般教科の授業を聖愛で受けている。俺のクラスにも確かいたはずだ。
その建物を物珍しげに眺めていると、ピアノの音が耳を掠めた。二階の角の窓が開いていて、そこから流れてくる音だ。
( ショパン……雨だれ )
ピアノは聖愛の“お教室”で続けている習い事のひとつで、講師はカンナから来ている。この曲は、俺も弾いたことがあった。レベル的には年齢を越えているので、俺には少し難しかった。
全然音が違う。相当上手い人が弾いていることが解る。技術だけじゃない。ひとつひとつの音を愛おしむように弾く。
優しくて綺麗な音。
誰かに話せば、多分大笑いされるだろう。
この時俺には、天から音符がきらきらと降り注ぐように感じたんだ。
まだ、梅雨に入っていない、六月の初め。
俺は ── 宝物を見つけた。
**
そこは、寮の前を通り抜け、北側の門へと向かう小路の途中にある建物だということが分かった。
そして、その人は、ほぼ毎日放課後、あの同じ部屋でピアノを弾いていた。俺も授業が終わると、小路を挟んだ森側に座り、その演奏を聴いていた。
梅雨に入り、毎日雨が降るようになっても、その窓は開け放たれている。だから俺も傘を差して、そこに訪れた。なんでそうまでして、と自分でも思いながら、足は自然と向かってしまう。
その人はクラシックだけではなく、時には誰でも知っているような動揺や子ども番組の曲、CMや街中で流れている曲も自分流にアレンジして弾いている。
( 楽しそう )
誰が弾いているか全く分からない。男なのか女なのか。年齢も分からない。
カンナ音楽院には、未就学児から大人までいるらしい。楽団員もこの建物で練習をする。もしかしたら講師かも知れない。
でも、楽しそうにピアノに向き合っているのが解る。とてもピアノを愛しているということが伝わってくるんだ。
それを感じているうちに、俺のピアノに対する気持ちに少し変化がおき、“お教室”のピアノの日だけは真面目に受けるようになった。
**
梅雨が明けたかどうかはっきりしないが、七月に入り、夏の陽射しが照りつける日が続くようになった。
その日は、あの場所に行くのが少し遅くなり、もう既に陽が傾きかけていた。
( もう、いないかな。でも、けっこう遅くまで練習してる日もあるし )
そう思い、俺は小走りでそこに向かった。途中でピアノの音が聞こえ始めた。
( まだ、いる )
しかし、いつもの場所に辿りつく前に、ピアノの音は止んでしまった。あれっと思い、窓を仰ぎ見ると“その人”は窓際に立ち、大きく手を振っていた。
傾きかけた陽の光を受けて、その顔も髪も緋色に染まっている。
( あれ、あの人…… )
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