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「正式にオファーするわけじゃないから、ラフな格好でいいよ。とりあえず、冬馬に会わせるから」
“ Citrus ”のオーナーに会う日の前日、シウさんから連絡を貰った。
俺は相変わらず、聖愛でのことは言っていないし、シウさんも俺のことは何も聞かない。
仕事の都合上、一応連絡先だけは交換した。それでも、シウさんのほんの一部を貰ったような気がして、俺の気持ちはかなり高揚していた。
俺たちは、 Citrus の本店の前に立っていた。十一階の白い建物で、一階が店舗になっている。
俺は白の半袖シャツに黒のジャケットを羽織ったが、下はジーンズだった。
(いいのか、これで……。いくら、遊びに行く体だったとしても)
モデルとはいえ、私生活はそれ程シャレたものは持っていなかった。
ちらっと隣を見ると、シウさんも割りとラフな格好だ。しかし、そのラフさの中にも、充分オシャレを感じさせている。
店舗には入らず、前を通り過ぎていくシウさんの後を、俺は黙ってついて行く。ウィンドウに飾られている服にはメンズもあったが、やはり俺には合いそうもない。
建物の端まで来ると右に折れ、中程にある茶色の扉を開ける。来慣れているのか、彼は躊躇することなく中に入り、突き当たりの受付に真っ直ぐに歩み寄る。
女性スタッフが立ち上がり、会釈をする。
「こんにちは。シウさん」
「こんにちは。オーナー、今日いる?」
「十階のお部屋にいますよ」
最初こそマニュアル通りの対応だったが、その後はやけに親しげだった。
やはり、頻繁にここへ来ているということなのか。
シウさんは、彼女に「ありがとう」と言うと、振り返ってウィンクをする。
「良かった、今日、いたわ」
「えっ」
( アポなし? )
個人洋服店でもあるまいし、“タチバナ”のブランドのオーナーにアポも取らずに来るなんて、いったいどういう間柄なんだろう。
“遊びに行く体”と言ったのは、言葉の綾でも何でもなく、本当に“遊びに行く”だけのことがある“親しい”間柄なのだと、今更ながらに思い至った。
シウさんの後に続いて、奥のエレベーターに乗り込む。
彼が十階を押して、扉が閉まりかけた時、
「待って~~」
という声が聞こえきた。
シウさんは素早く『開』のボタンを押した。
「ありがとうございます」
女性二人が飛び込んで来て、礼を言う。
「あ、シウさん。こんにちは」
今度も挨拶される。
( スタッフ全員、知り合い? )
頻繁にここへ来ていること ── 延いてはオーナーとの“親しい関係”を伺わせる片鱗が、其処此処に散らばっている。
それを感じる度に、先程から俺の胸はもやもやしている。
ここに来る前の高揚感など、もう、吹き飛んでいた。
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