1 / 3
1
しおりを挟む桜の降りしきる夜だった。
その美しい女は佇んでいた。
夜の神社の人気のない境内にある桜の木の下で、もうずいぶんと長いこと誰かを待ち続けているようであった。
月の光に透き通るような肌が艶めかしく浮び上がり、春の夜のまだ冷たい風に長く美しい黒髪が微かに揺れる。彼女は華奢な身体を白いワンピースに包み込んでいた。
私がその美しい女に出逢ったのは――この夜で三度目だった。
あの桜の木の下で、初めて彼女を見たのは昨年の今頃。桜がまだ咲き始めたばかりの静かな夜だった。
彼女はその夜も白いワンピースに身を包み、桜の木の下で男の腕に抱かれていた。ごつごつとした太い幹に背を凭せ掛け、長い口吻を受けていた。
男の顔は私のほうからは見えない。見たいとも思わなかった。ただ私の脳裏に刻まれたのは幸せそうな微笑みだけ。一度見たら忘れられそうにない、その女の美しい顔だけだった。
その夜から一週間ばかりが過ぎた、桜の花弁が舞い散る風の強い晩だった。
私は二度白いワンピースの女性に逢った。そして傍らにはやはり同一人物らしい男の背中があった。
そして、今夜。
三度その美しい女に出逢う。
あの男はいなかった。
彼女は一人佇んでいる。
たった一人で誰かを待っている。そう思えた。
桜の木の下で――月の光を浴びて白く闇の中に浮かぶ、ざわざわと胸が騒ぐほどに妖しく美しい桜の、その木の下で。
微風に誘われ舞い散る花弁が、彼女の華奢な身を愛おしげに包み込んでは落ちて行く。時折その肩にその黒髪に残った花弁を白く細い指で口許へ運ぶ。艶かしい紅い唇がゆうるりと桜を食む。
時が止まったような。
妖しく美しい情景。
その美しい女は桜食う鬼のようだ。
私はうっとりと眺める。
そして、引き寄せられるように彼女の傍らに立った。
「何を……しているの?」
三度出逢った。しかし、話し掛けたのはこれが初めてだった。
「待っているの……」
と紅い唇が動く。
消え入りそうな細い声。りんりんと鈴が鳴るような。
彼女は繰り返す。
「待っているの」
と。
「待って? 誰を?」
「あのひとを待っているの……。どうしたのかしら……何故来てくれないのかしら……」
詠うように言葉が零れる。彼女が口を開く度にりんりんと鈴の音が聞こえるような気がした。彼女の空虚に開かれた黒曜石の瞳は、目の前にいる私の顔をけして映してはいない。何処か遠い別の世界を見ているようだった。
「遥さん……」
小さく誰かの名を呟く。
「遥さん……遥さん……?」
空虚な瞳に徐々に光が宿り始めた。
――彼女は私を見た。
12
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる