さくらさくら……そのしたで

さくら乃

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 目にぷっくらと涙が盛り上がったと思うと、見る間に溢れ出て白磁の肌を流れ落ちる。
「遥さん……っ」
 彼女の細い腕が私の首に回った。
「遥さんっああっ遥さんっ来てくれたのね!?」
 ぎゅっと力が込められる。その肌は春の夜風に晒されて、やけに冷ややかだった。
「遥さん遥さんっ。あたし待っていたわ。ずっと……ずっと待っていたわ。この桜の木の下で……待っていたのよ、遥さん」
 耳元で声がする。先程までの妖しい艶めかしさは消え、まるで幼い少女のように思えた。
 私の脳裏には、初めて彼女を見た夜のに向けられた幸せそうな微笑みが浮かび、胸がちくりと痛んだ。

「私は……ようさんじゃありませんよ……」
 腕に回されていた腕を解き、その華奢な身体をやんわり押し戻した。彼女の瞳を見詰め、ゆっくりとかぶりを振る。
「人違いですよ……お嬢さん。私は貴女の待っているひとではありません」
 目の前にいるそのひとは私の顔をじっと見詰めた。すると次第にその美しい顔から表情が消えていく。
「そうね」
 と彼女は呟いた。
「……貴方はあのひとではないわ……遥さんとは違うひと……。それでは……あのひとは……遥さんはいったい何処へ……? どうしてあたしの傍にいないのかしら……」
 詠うように言葉が綴られる。それはやがて感情の高ぶりを現していく。
「ああ……遥さん……っ早く来て。あたしこんなに待っているのよ……ずっとずっと待っているの……っ!」

 その美しいひとは――待っていた。ただひたすら愛する男だけを待っていた。二人の逢瀬の場所であった、この桜の木の下で。

 しかし、私は知っていた。

 その男が来る筈のないことを。彼女がどれだけ待とうとも恋しい男はけして彼女の前に姿を現すことがないことを。



 その晩は酷く風が吹き、桜の花弁が狂ったように舞い散っていた。
 二度目に白いワンピースの女に逢った夜だ。



 この時も彼女の傍らには男がいた。相手の顔は見えないが、一週間前と同じ人物だろう。
 しかし何かが違っていた。
 あれ程幸せに輝いていた美しい顔が今夜は涙で濡れている。彼女は白い肌を一層白く、いや、蒼くさえしていた。
 何か口論をしていたかと思うと彼女はふいに男に抱きついた。
 ――抱きついたように
 
 
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