──緑に還る──

さくら乃

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第二章

3

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 何処まで話を聞いていたのか、冬馬は途中で立ち止まっていた。険しい顔で寮棟を見ている。

(……時々、アキの部屋でアキとは違う匂いを感じることがある……。気づいていたけど、考えないようにしてた……)

 詩雨が言ったことで、もやもやしていた何かが形になってしまった。

( なんか、ざわざわする )

 黒いTシャツの、胸の辺りをキュッと掴む。

「おーい、トーマ、どーしたのー?」
 罪作りな男は罪のない顔で、眼の前で手を振っていた。
 冬馬はふっと小さく息をついた。
「なんでもない」


 再び並んで歩きだす。

一昨日おととい練習レッスン棟で、弾いてただろ?」
「ん?」
 今度は冬馬が話題を変え、詩雨が怪訝そうな顔をする。
「窓を開けたままだったな?ピアノの音が聞こえて ── お前が弾いてるって、すぐわかった」
 そう言いながら、夏の陽に煌めく金の髪に手を差し入れた。
「けっこう遅い時間だったな」
「 ── 天音あまねくんたちのいる家で弾きたくなかった」
 何処か気まずげな笑みを浮かべる。


 天音は、柑柰家の長兄だ。詩雨には姉もいる。三人とも父親の作ったカンナ交響楽団シンフォニーに籍を置く。
 兄弟仲は悪くない。むしろ良すぎる程だ。それでも、詩雨の心の中にはわだかまる何かがあるのを、冬馬は知っていた。


「アキはお前のピアノを初めて聞いたんだけど。優しい音色だね、って言ってた」

 音楽に対して一見不誠実そうなこの男が奏でる音色は、実は優しく、音楽への愛情に溢れている。
「俺も ── 好きだよ。ずっと、今も昔も変わらず」
 いつも言っているだろう?と、その眼が語る。詩雨がさっと視線を外す。その白い頬に朱が走った。

「ところで ── なんで最近、オレの髪触るの?」
 冬馬の手は先程からずっと詩雨の髪を撫でていた。

「あー……気持ちいいから?さらさらしてて?」

 何故か疑問形。自分でも解っていないのか。詩雨は口を尖らせているが、実は冬馬に触られるのが嫌ではなかった。

「アキの髪はまた違うな ── 柔らかでふわふわした感じ ── かな?」
「げっ、秋穂の髪にも触ってるのかっ」

 きゅっと胸が痛む。最近ついたこの癖は、秋穂の髪に触れたいという無意識から始まったのではないかと、詩雨は今確信した。

( ……ったく、この男は……っ )
 天から地に突き落とされた気分だ。詩雨は自分の髪に触れている男の手を思い切り抓った。
    
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