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さて、と。
とりあえず落ち着こう。
私は自分に言い聞かせ、身じろいだ。
その拍子に手首についた鎖が、じゃらり、と音を立てる。
「いいね~いいね~いい格好だねえ、エレナちゃん! エロ漫画みたいだよ~」
いかにも馬鹿にした口調で言い、ぱちぱちと手を叩いてみせるのは、このどうしようもない宮廷のどうしようもない皇帝陛下だ。
私は今、かつて王宮の謁見室だったホールにいる。
最近しつらえられたであろう木枠に、両手首を鎖で繋がれて。
「どうも……」
テンションの低い返事しかできないのは勘弁してもらいたい。革のバンドで両手首をいましめられ、頭上の木枠に鎖でじゃらじゃら繋がれている図は、確かにエロ漫画だとは思う。私だって漫画の読者だったら盛り上がる。
が、やられていると全然盛り上がらない。
腕を上げていると疲れるし、脱力すると手首が引っ張られて痛いし。
暗い顔で手首のベストポジションを探している私に、皇帝陛下は少々ご立腹らしい。巨大な玉座に座って足を組み替え、実に嫌そうな笑みを浮かべる。
「はぁ~? テンションひっく。もっと楽しもうよぉ」
「善処させて頂きたいと思っております」
「ぷふ。おもしろ」
皇帝がにやりと笑うと、周囲に控えた近衛兵たちがうつろな笑いを放った。
古いTVバラエティのガヤみたいだ。ますます冷める――なんて言ったら何がどうなるかわからないので、私は慎重に言葉を選ぶ。
まずは自分が生き残ること。相手を逆上させない。
そのうえで、皇帝が私をさらってきた真意を探れたら探りたい。
ただの色欲ならばまあいいのだけれど、ヴィンセントへの害意があるなら、困る。
♥のまぐわえボタンをなくした私にヴィンセントを守れるかどうかはわからない。
わからないが、できることは、やる。
「一応心構えをさせて頂きたいんですが、これから私ってどうなるんでしょう?」
なるべく控えめに聞くと、皇帝はつまらなさそうに答えた。
「そうだねえ、どうしようかな。まー、色々やると思うけど、殺さないよ?」
「殺さないんですか!? ありがとうございます……! 陛下は寛大ですね……!」
私は感動したふりで、目一杯相手を褒める。
思い出すのは、前世で学んだ攻撃的なクレーマーへの対処だ。なるべく下から、下からいく。自分が悪くなかろうがなんだろうが関係ない。プライドは捨てて相手を気持ちよくさせ、そのことで落ち着かせ、次第に冷めさせていく。
皇帝は案の定、少し嬉しそうな顔で奴隷少女からグラスを受け取った。
「だろぉー、寛大だろ? そうなのよ。無駄な殺生はしないっていうか? ただまあちょっと、色々はするつもりではあるよ。ギリギリ殺しはしないけど、全身無事では済まないかもなあ~」
加害の喜びににやつきながら、皇帝は私を見ている。
やっぱり、そうなりますか。
「はあ……」
私の返事には、うっかり本心のうんざり感がにじんでしまった。
嫌だなあ。せっかくのエレナのきれいな体が傷つけられるのも嫌だし、痛いのも嫌だ。一度死んだ身、覚悟は出来ているつもりだけれど、嫌なものは嫌だ。
「あーん?」
私の態度が気に食わなかったのか、皇帝が勢いをつけて玉座から立ち上がる。
彼は腰のベルトに趣味の悪い短い鞭を差し、ゆらゆらと私に近づいてきた。
「さっきからなんか気になるんだけど、お前、変に余裕じゃない?」
「そんな、まさか。ただ……」
おびえたふりで瞳を揺らしながら、私はぼんやりと考える。
余裕なんかあるはずないけれど、私はひどいことに慣れているのだ。
特に、酷い男にはよくぶちあたる。
前世――ブラック企業に入る前、高校生のころ。
私は大学生と付き合った。
年の差というものがものすごく魅力的に思える時期だったし、彼は確かに格好良かった。背が高くて、すんなりと痩せていて、スキニーパンツがよく似合った。
原宿を歩くと必ず読者モデルに誘われるんだ、と言って笑う彼はどこか少年じみていて、守ってあげなきゃと思っていた。そういうふうに思う女は私だけじゃなかった。むしろ、彼と出会う女はみんな、そういうふうに思うらしかった。
彼は気づけば五股をかけていて、私は泣きながら、やめてくれ、と訴えた。
もうそんな浮気はやめて。そうじゃなかったら、別れて。
泣いた私に、彼はつまらなさそうに言う。
『だってお前、やらせてくれないから、仕方ないじゃない?』
衝撃だった。
大した知識も経験もない処女の高校生にとっては、足下が震えるような衝撃だった。
高校を出るまでは、手を出さないって言ったよね?
震える声で訊ねると、彼は不意に目をキラキラと輝かせる。まるで少女漫画のヒーローみたいな顔で、彼は言った。
『なんだ、あの約束を気にしてたの? そっちからねだってくるなら、あんな約束反故にしてもいいよ。あとは、そうだなあ……アナルやってみない? 未経験の女子高生のアナル、すっげー興奮する』
バチン、と目の前が暗くなって、気づいたら私は自分の部屋で膝を抱えて震えていた。
電話の通話アプリには彼からの暴言、脅しのメッセージと、彼が退室したというメッセージが残っていて、それで、私の初恋はおわり。
あれから何度か男性と付き合いはしたけれど、まともに実った恋はない。
とりあえず落ち着こう。
私は自分に言い聞かせ、身じろいだ。
その拍子に手首についた鎖が、じゃらり、と音を立てる。
「いいね~いいね~いい格好だねえ、エレナちゃん! エロ漫画みたいだよ~」
いかにも馬鹿にした口調で言い、ぱちぱちと手を叩いてみせるのは、このどうしようもない宮廷のどうしようもない皇帝陛下だ。
私は今、かつて王宮の謁見室だったホールにいる。
最近しつらえられたであろう木枠に、両手首を鎖で繋がれて。
「どうも……」
テンションの低い返事しかできないのは勘弁してもらいたい。革のバンドで両手首をいましめられ、頭上の木枠に鎖でじゃらじゃら繋がれている図は、確かにエロ漫画だとは思う。私だって漫画の読者だったら盛り上がる。
が、やられていると全然盛り上がらない。
腕を上げていると疲れるし、脱力すると手首が引っ張られて痛いし。
暗い顔で手首のベストポジションを探している私に、皇帝陛下は少々ご立腹らしい。巨大な玉座に座って足を組み替え、実に嫌そうな笑みを浮かべる。
「はぁ~? テンションひっく。もっと楽しもうよぉ」
「善処させて頂きたいと思っております」
「ぷふ。おもしろ」
皇帝がにやりと笑うと、周囲に控えた近衛兵たちがうつろな笑いを放った。
古いTVバラエティのガヤみたいだ。ますます冷める――なんて言ったら何がどうなるかわからないので、私は慎重に言葉を選ぶ。
まずは自分が生き残ること。相手を逆上させない。
そのうえで、皇帝が私をさらってきた真意を探れたら探りたい。
ただの色欲ならばまあいいのだけれど、ヴィンセントへの害意があるなら、困る。
♥のまぐわえボタンをなくした私にヴィンセントを守れるかどうかはわからない。
わからないが、できることは、やる。
「一応心構えをさせて頂きたいんですが、これから私ってどうなるんでしょう?」
なるべく控えめに聞くと、皇帝はつまらなさそうに答えた。
「そうだねえ、どうしようかな。まー、色々やると思うけど、殺さないよ?」
「殺さないんですか!? ありがとうございます……! 陛下は寛大ですね……!」
私は感動したふりで、目一杯相手を褒める。
思い出すのは、前世で学んだ攻撃的なクレーマーへの対処だ。なるべく下から、下からいく。自分が悪くなかろうがなんだろうが関係ない。プライドは捨てて相手を気持ちよくさせ、そのことで落ち着かせ、次第に冷めさせていく。
皇帝は案の定、少し嬉しそうな顔で奴隷少女からグラスを受け取った。
「だろぉー、寛大だろ? そうなのよ。無駄な殺生はしないっていうか? ただまあちょっと、色々はするつもりではあるよ。ギリギリ殺しはしないけど、全身無事では済まないかもなあ~」
加害の喜びににやつきながら、皇帝は私を見ている。
やっぱり、そうなりますか。
「はあ……」
私の返事には、うっかり本心のうんざり感がにじんでしまった。
嫌だなあ。せっかくのエレナのきれいな体が傷つけられるのも嫌だし、痛いのも嫌だ。一度死んだ身、覚悟は出来ているつもりだけれど、嫌なものは嫌だ。
「あーん?」
私の態度が気に食わなかったのか、皇帝が勢いをつけて玉座から立ち上がる。
彼は腰のベルトに趣味の悪い短い鞭を差し、ゆらゆらと私に近づいてきた。
「さっきからなんか気になるんだけど、お前、変に余裕じゃない?」
「そんな、まさか。ただ……」
おびえたふりで瞳を揺らしながら、私はぼんやりと考える。
余裕なんかあるはずないけれど、私はひどいことに慣れているのだ。
特に、酷い男にはよくぶちあたる。
前世――ブラック企業に入る前、高校生のころ。
私は大学生と付き合った。
年の差というものがものすごく魅力的に思える時期だったし、彼は確かに格好良かった。背が高くて、すんなりと痩せていて、スキニーパンツがよく似合った。
原宿を歩くと必ず読者モデルに誘われるんだ、と言って笑う彼はどこか少年じみていて、守ってあげなきゃと思っていた。そういうふうに思う女は私だけじゃなかった。むしろ、彼と出会う女はみんな、そういうふうに思うらしかった。
彼は気づけば五股をかけていて、私は泣きながら、やめてくれ、と訴えた。
もうそんな浮気はやめて。そうじゃなかったら、別れて。
泣いた私に、彼はつまらなさそうに言う。
『だってお前、やらせてくれないから、仕方ないじゃない?』
衝撃だった。
大した知識も経験もない処女の高校生にとっては、足下が震えるような衝撃だった。
高校を出るまでは、手を出さないって言ったよね?
震える声で訊ねると、彼は不意に目をキラキラと輝かせる。まるで少女漫画のヒーローみたいな顔で、彼は言った。
『なんだ、あの約束を気にしてたの? そっちからねだってくるなら、あんな約束反故にしてもいいよ。あとは、そうだなあ……アナルやってみない? 未経験の女子高生のアナル、すっげー興奮する』
バチン、と目の前が暗くなって、気づいたら私は自分の部屋で膝を抱えて震えていた。
電話の通話アプリには彼からの暴言、脅しのメッセージと、彼が退室したというメッセージが残っていて、それで、私の初恋はおわり。
あれから何度か男性と付き合いはしたけれど、まともに実った恋はない。
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