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第7章:淫蕩の王

第6話:湧き出る混沌

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 アスモウデスは生物学的に言えば、4つある脳みそのうち、4つとも完全に破壊されていた。しかし、悪魔の身体にはコアが存在する。そのコアを破壊しない限り、悪魔は何度も蘇る。天使族であるコッシロー=ネヅとその背中に乗っているカナリア=ソナタは痛いほど、それを知っており、カナリア=ソナタはアスモウデスの下半身部分をスキャンし、コアの在り所を探る。

「コッシローさんっ! 下半身部分に異常な熱量を発している部分を見つけだしたのですゥ! コッシローさんの眼にも見えるように情報を転移しますゥ!」

「ありがとうでッチュウ! あそこと、ここでッチュウねっ!」

 コッシロー=ネヅはそう言うと、大きく息を吸い込み、それを細く長く鋭く吐き出す。神聖なるブレスは基本、敵を包み込むように放射状に吐きだすのだが、今、コッシロー=ネヅがやろうとしていることはアスモウデスのコアを破壊することであった。それゆえに、針のように細い神聖なるブレスでアスモウデスの下半身のとある部分を貫き、さらには肉を突き抜け、その中に隠れているコアを見事、粉砕するのであった。

「ラストでッチュウっ!」

「ま、待ってくださィ! もうひとつのコアが位置を特定できぬようにと、体内を移動しまくってるのですゥ! パターンを読みますので、コッシローさんは神力ちからを貯め込んでくださィィィ!」

 カナリア=ソナタは赤縁あかぶちのメガネを介して、アスモウデスの体内をチェックしていたのだが、残りひとつのコアがアスモウデスの体内を高速に動き回り始めたのであった。当てずっぽうでコッシロー=ネヅがアスモウデスの残された下半身を攻撃しても、意味が無いことをすぐに悟り、コッシロー=ネヅには待ったをかけたのだ。コッシロー=ネヅは緊張からか、額に玉のような汗を滲ませる。まだかまだかとカナリア=ソナタの指示を待ち続けたが、1分少々経ってもカナリア=ソナタからの発射命令が出ずに、コッシロー=ネヅはついにカナリア=ソナタに向かって暴言を吐いてしまうことになる。

「焦らないでほしいのですゥ! お気持ちはわかりますけど、あたしがモニタリングしている感じでは、コアが分裂しているのですゥ!」

「そんなことあるはずがないのでッチュウ! それはただのダミーなのでッチュウ!」

「あたしだってわかっているのですゥ! 焦る気持ちをそのまま言葉に乗せないでほしいのですゥ!」

 悪魔にとって、コアこそが悪魔そのものという存在であり、急に増えたり減ったりしないのだ。だからこそ、カナリア=ソナタはアスモウデスが見せている最後のあがきだということは百も承知であった。そして、コッシロー=ネヅが焦る気持ちもわかるが、どうか落ち着いてほしいと願い出る。しかし、コッシロー=ネヅは焦りが積もりに積もり、カナリア=ソナタの言葉をそのまま鵜呑みには出来ない精神状態へと陥る。

 そして、コッシロー=ネヅは募った焦りから、口から針のように細くて鋭いブレスを吐き出してしまうことになる。コッシロー=ネヅが何故、そのような暴挙に出てしまったのか? それはアスモウデスの下半身が形状を変えたからと言っても過言ではなかった。アスモウデスの下半身部分はドラゴンの鱗がびっしりと生え、さらには4本足となっていた、その下半身部分の背中からせり上がるように大きな瘤が出来上がり、さらには上へ向かって、その瘤が突き出てきたのである。その丸く歪んだ部分にコッシロー=ネヅは神聖なるブレスを吹き付けたのだ。

 そして、その瘤にコッシロー=ネヅの神聖なるブレスが突き刺さると同時に肉が弾け飛び、肉片となり、荒れた大地に振りまかれることとなる。さらにその肉片群は蠢き、とある低級の悪魔へと変貌する。

「やらかしたのでッチュウ! ラミアを大量生産させちまったのでッチュウ!」

「コッシローさんっっっ! あれほど、静止したのに何でやらかしたのですかァァァ!」

 アスモウデスは『淫蕩』を司る悪魔だ。そして、その支配下にある悪魔たちは『淫蕩』を冠する悪魔たちである。アスモウデスの残された身体から、インキュバス、女性淫魔サッキュバス、そしてラミアたちが大量に生成される。生み出された低級の悪魔たちは、この場を混乱の渦に巻き込むことにより、あるじであるアスモウデスを護ろうとしはじめたのだ。

 先に生み出されたラミアは蛇の下半身をのたうち回せ、アスモウデスの周りを固める。そして、アスモウデスの身体を護る陣を取れたと同時に、アスモウデスの身体から流れ出る真っ黒な血液が凝固し、それらがインキュバスや女性淫魔サッキュバスへと変貌していく。

 インキュバスや女性淫魔サッキュバスたちは数が膨れ上がると同時に、弾けるように円陣の内側からから外側に向かって出て行き、一団の方へと襲い掛かる。遠巻きにベル=ラプソティたちを見守っていた一団は悪魔の波に飲まれていく。殺傷力などほぼ皆無なインキュバスや女性淫魔サッキュバスたちと言えども、大軍で押し寄せれば、3000人弱の一団の精気を吸い取ることなど、造作もない。

 ベル=ラプソティはアスモウデスにトドメを刺すべきか、インキュバスと女性淫魔サッキュバスの大軍に襲われている一団を救うことを第一とするかに悩まされることになる。

「カナリアっ! アスモウデスはあがいているだけよっ! すぐに復活するわけじゃないっ! 皆を助ける方向で動きましょっ!」

「で、でもォ……。アスモウデスを放っておいたら、取り返しのつかないことになるのですゥ! インキュバスや女性淫魔サッキュバスは明らかに陽動なのですゥ!」

「そんなこと、わたくしだって、わかってるわよっ! でも、アスモウデスは後でどうにでもなるかもだけど、今、危険に晒されているのは低級の悪魔にすら手も足も出ないひとたちだらけなのよっ!」

 ベル=ラプソティの言うことはもっともであった。しかし、だからといって、動かぬ身となったアスモウデスに対して、背中を見せることも間違いである。カナリア=ソナタはベル=ラプソティの軍師である。星の数ほどある可能性の中で、最善を見つけ出すのが軍師の役目であるのだ。今、ベル=ラプソティを含め、自分たちがアスモウデスに背中を見せる選択肢を取るわけにはいかない。そして、酷なことを言うようだが、インキュバスや女性淫魔サッキュバスに襲われたからと言って、大混乱に陥ってほしくないというのがカナリア=ソナタの率直な意見であった。

 カナリア=ソナタはそれをそのまま、言葉にして、ベル=ラプソティに向かって叩きつけたかった。教皇は一団の皆にベル=ラプソティの盾となれと命じた。今がまさにその時であり、本当に倒さねばならない相手であるアスモウデスをこちらで倒させてほしいと願った。そして、それにより一団に甚大な被害が起きたとしても、教皇に全て責任をなすりつけてほしいとすら思ったカナリア=ソナタであった。
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