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第2章:社会勉強

第8話:牛頭鬼

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 エーリカとセツラは左右に分かれ、牛の頭を持つ怪物の突進を躱してみせる。突進を躱されたというのに、牛頭の怪物は突進を止めずに腐った木々を押し倒していく。さらには牛角で腐った地面を掘り起こし、腐った木々ごと、宙へと舞い上げる。

妖力ちからだけはありそうなバケモノね。あいつの牛角っていくらで売れると思う!?」

魔物モンスターの売却価格はわかりませんけど、あれほどご立派な角なら、オダーニの財政も潤うと思いますわっ!」

 エーリカとセツラは互いに声を掛け合うことで、牛頭の怪物に威圧されないようにと心がける。いくら腐った土木と言えども、それを軽々と宙へとまき散らす牛頭の怪物である。まともにかちあげを喰らえば、エーリカたちはあの土木と同じようになることは簡単にイメージ出来た。

 そして、彼女たちのイメージを現実のモノにすべく、牛頭の怪物が再度、牛頭から突進してくる。しかしながら、今度はエーリカたちはその突進を横に躱すのではなく、下方向へと躱し、さらには牛頭の顎へと木刀と薙刀を叩きこむ。そうしながらも、エーリカたちは滑るように牛頭の足元をすり抜けていく。

 さらにエーリカたちは牛頭の足元をくぐり抜けたあと、素早く立ち上がり、牛頭のお尻を思いっ切り、木刀と薙刀でぶっ叩いたのだ。牛頭は顎と尻に続けざまに攻撃を喰らったことで、ブモォォォ! と牛のような鳴き声をあげる。そして、怒りを牛頭の表面に浮かび上がらせ、ボタボタと黒い唾液を垂れ流しながら、エーリカたちのほうに牛頭を向ける。

「ぐっ! ものすごい臭気。違う、これは瘴気っ!」

「エーリカさん、飲み込まれないように注意してくださいっ!」

 牛頭は口を大きく開き、大量のヨダレのように瘴気を地面へと垂れ流していく。重い瘴気が地面を覆い尽くしていく。その瘴気の渦はエーリカたちの足元へと漂っていく。エーリカたちはビリっとする痛みを両足の裏から膝元辺りまで感じることになる。まるで固まりかけの寒天の中に両足を突っ込んでいるような感触を味わうことになるエーリカたちである。

 しかしながら、その不浄な瘴気をすぐさま払った人物が居た。その者はこのテクロ大陸で4人の偉大なる魔法使いのひとりとして数えられる人物であった。大魔導士:クロウリー=ムーンライトは間接的にエーリカたちの戦闘に加わっていた。これはあくまでもエーリカとセツラが成し遂げなければならない【社会勉強】である。

 クロウリーほどの実力者なら、牛頭の怪物など、秒で倒すことが出来る。だが、エーリカたちの引率者としての立場から逸脱しないように細心の注意を払うクロウリーであった。瘴気を払われた牛頭は怒りに身を震わせる。瘴気を払った人物を注視するが、クロウリーはその視線を受けるや否や、周囲の空気に溶けるようにその存在感を希薄化させる。

 睨む相手を失くした牛頭は実りが少ない小娘たちのほうに牛頭を向ける。鼻息を荒くして、右足で腐った地面を掘り起こす。これは牛頭が突進をおこなう合図でもあった。エーリカとセツラは牛頭のその癖をいち早く気づき、互いにコクリと頷き合う。そうした後、セツラがその場から跳躍し、牛頭のてっぺんへと薙刀を上から下へと振り下ろす。

 これには牛頭も驚きを隠せなかった。小娘たちはまたもや自分の突進に合わせてカウンターを仕掛けてくるものとばかり思っていたからだ。だからこそ、カウンターに合わせてのカウンターを決めてやろうと考えていた。だが、その考えを根底から崩すかのように、小娘たちの方から攻撃を繰り出してきたのである。

 牛頭は頭のてっぺんを固い薙刀でぶん殴られるが、牛角を左か右へと振ることで、地面に着地する前にセツラを吹き飛ばす。しかし、エーリカは宙を舞うセツラの方に視線をチラリと向けるのみに留めた。それは何故かというと、エーリカはタケルお兄ちゃんを信じていたからである。

 エーリカは再度、突進の癖を出しまくっている牛頭に向かって、走って接近していく。牛頭に肉薄したエーリカは下段の構えから数度、牛頭の腹へと木刀を叩きこむ。牛頭は突進を中断し、左腕を右から左へと振り回し、纏わりつく小娘を払おうとする。

 だが、エーリカは少しだけバックステップをおこない、回避の動きを最小限に留める。そして、またもや牛頭に接近し、散々に牛頭の腹を木刀で叩きまくる。嫌気を感じた牛頭の方が逆に大きく後ろへとバックステップをおこない、エーリカから距離を取る。

 牛頭はそうした後、大きく口を開き、瘴気を横殴りの吹雪のようにエーリカに吹きかける。エーリカはたまらず木刀を横一文字へと構える。その途端、エーリカの左手の甲にある強欲の聖痕スティグマが輝きを見せる。強欲の聖痕スティグマから発せられた光は瞬く間にエーリカが構える木刀を包み込む。

 その体験が二度目であるエーリカは次に何をすべきか、すぐさま理解する。光に包まれた木刀を横へ一度、縦へと一度振る。牛頭が放った横殴りの瘴気に十字の光の傷が浮かび上がったかと思えば、次の瞬間にはその十字傷を中心として、光の爆発が起きる。

 牛頭はまぶしさのあまり、右腕と左腕を牛頭の前で交差させる。牛頭の取った行動はまったくもって正しかった。目つぶしをされたなら、急所を護るのは当然の行為である。だが、牛頭の身体は大きすぎた。いくら大事な牛頭を護るためとはいえ、他の部分が疎かすぎた。

「ぶもぉぉぉ!?」

「俺の妹に臭い息を吐きつけてんじゃねえよっ!」

 今の今まで遠巻きに戦闘を見守っていたタケル=ペルシックが動きを見せた。牛頭の右側に回り込み、自分の背丈ほどある大剣クレイモアを上段構えにして、下方向へと振り下ろす。そうすることで、牛頭の右腕を斬り飛ばしたのだ。

「タケル殿。これはエーリカ殿とセツラ殿の【社会勉強】です。その大剣クレイモアは没収させてもらいますね」

「お、おい!? 俺はあまりにも戦力差があるから、対等の戦いにしようと思ってだな!?」

 クロウリーは聞く耳持たずといった感じで、タケルから大剣クレイモアを魔術を用いて没収し、さらにはとある空間へと放り込んでしまう。手ぶらとなってしまったタケルが次の瞬間には牛頭の怒りを乗せた左のこぶしでぶっ飛ばされることになる。さらには牛頭が倒れ込むタケルに向かって、瘴気の塊を飛ばしてみせる。

「ぶもぉぉぉ!?」

 これで何度目かになるかはわからない牛頭の戸惑いを含む雄叫びがあがることになる。倒れ込むタケルに寄り添っている小娘が両手をパーン! と力強く叩き合わせ、次にその両手を放し、さらには押し込むようにその両手をこちら側にかざしてきたのだ。その瞬間、牛頭が口から放った瘴気の塊が嘘のように浄化されてしまうのであった。しかしながら、その浄化の光はその場で留まるのではなく、牛頭の方へと放射されることになる。

 牛頭の眼から涙が溢れ出す。それも血の色をした涙だ。浄化の光が浄化の炎となり、牛頭の身体全体を焼いていく。身体の表面が段々と崩れていく牛頭に対して、まるで介錯が如くに木刀を斜め上から斜め下へと振り下ろすエーリカ=スミスであった……。
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