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第2章:社会勉強

第9話:セツラの負い目

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 牛頭の怪物は浄化の炎を喰らい、さらに袈裟斬りにされながらも、一歩、また一歩とエーリカの前へと進み出る。牛頭の身体の正面には斜めの斬り傷が走っている。そこを中心にして崩壊を強めていた。だが、奴からはまだ戦う闘志が残っていた。この世にある生に対する恨みを果たさんとばかりに血の色をした涙を両目から溢れさせていた。

「あんたはまだまだ生きていたかったのね。でも、あんたはこの世界に存在しちゃいけないのっ!」

 エーリカはそう言うと、その場で跳躍し、光に包まれた木刀を横薙ぎに払う。その行為により、牛角は切断される。牛頭の怪物は断末魔をあげながら苦しみにもがく。だが、ついには糸の切れた操り人形のように脱力し、その場で崩れ落ちていく。浄化の炎により皮が溶け、さらには紫色の血と内蔵が溶けていく。

 エーリカは立派な牛角の1本を拾い上げ、ギュッとそれを抱きしめる。かの怪物が極楽浄土へとたどり着けるようにと、ハラハラと涙を流す。牛頭がこの世から浄化されたことにより、魔の領域テリトリーもまた、宙へと掻き消えていく。魔素によりけがされた木々と土は残されたままだが、大魔導士:クロウリー=ムーンライトは自然界が徐々に癒してくれると言ってくれる。

「さて、収穫は十分にありました。オダーニの村に戻って、カネサダ殿に報告しましょう」

「ええ!? 牛頭の牛角を売ったお金で、今夜はパーティだっ! じゃないの、そこは!」

「エーリカ殿……。それはエーリカ殿が旗揚げするための軍資金にするんですよ……。でも、エーリカ殿の気持ちはわかります。先生がお金を出しますので、近くの町でちょっと豪華なお食事会を開きましょうか」

 何かを成し遂げたのならば、それに対してのご褒美は必要である。信賞必罰の大切さを覚えることもエーリカには必要な【社会勉強】だ。クロウリーはエーリカから2本の牛角を受け取ると、とある空間へと放り込む。エーリカはクロウリーが重い荷物をそこにひょいひょいと放り込み、そこから自由に取り出す姿を見るたびに、便利な魔術だなと思ってしまう。

「ねえ。その変な空間には生き物を入れておけないの?」

「言いたいことはわかります。戦いで疲れたから、先生の領域テリトリーに入れてもらって、町まで運んでもらいたいってことですよね?」

「ばれたか……。んで、出来るの? 出来ないの?」

「先生のこの領域テリトリーは広すぎて、探検好きのエーリカ殿を入れると、そのまま先生が見つけられないところに行ってしまいますからね。エーリカ殿にはお勧めできません」

 エーリカは上手いこと、ごまかされたなと思ってしまう。クロウリーが使う魔術はエーリカが知っている魔術とは根本的に違っていた。やはり魔術と言えば、火とか風を自由に扱うことである。エーリカの直感では、クロウリーのそれは空間そのものに作用する魔術なのだろうと思えてしかたがない。しかしながら、そんな魔術を聞いたことも見たことも無いので、はっきりとしたことはわからない。

 とにもかくにも、牛頭の怪物との戦闘により、疲弊したエーリカたちは魔の領域テリトリーが展開されていた林から外に出る。そして、重い足取りのまま、近くにあるアシヤの町にたどり着く。しかしながら、町の入り口にたどり着くや否や、エーリカとセツラはその場で尻から倒れ込むことになる。

「しょうがねえ……。クロウリー。あんたはエーリカを頼む。非力なあんたでもエーリカなら背負えるだろ?」

「お兄ちゃん役をしてるからこそ、エーリカ殿を背負うのはタケル殿の役目だと思うのですが」

「よく知らない男の背に身体を預けるのも【社会勉強】だろ」

 タケルの言にプフッと噴き出すクロウリーであった。確かにタケルの言には説得力があった。この先、そんなときめきある出会いがエーリカ殿に訪れるかもしれない。その時用の【社会勉強】は今のうちにやっておくべきだろうと思うクロウリーであった。クロウリーはエーリカを背負う。そして、タケルはセツラを背負う。

(あうあう……。タケルさんの背中がおっきいのですぅ。頬が赤くなってしまうんですぅ)

 セツラは頬が赤く染まるのをタケルに見られたくないと思うのであった。それゆえに宿屋に運ばれた後、セツラはタケルに対して、顔をまともに見せぬままにお辞儀をし、さらには顔をあげぬままに宿屋の一室へと逃げ隠れてしまう。タケルは何か粗相をしてしまったか? と思いながら、右手でボリボリと後頭部を掻く。

 一方、エーリカと言えば、クロウリーに背負われると同時にクークーピーと寝息を立てていた。クロウリーはエーリカを起こさぬようにと細心の注意を払い、セツラが先に入った部屋に後から入る。そこにあるシングルベッドの上にエーリカを運ぶ。クロウリーはエーリカに掛布団をかけると、そのまますぐに部屋から退出しようとする。しかし、セツラがクロウリーを呼び止める。

「クロウリー様。今日はありがとうございました。巫女としてのわたくしの聖力ちからを開花させていただいたことに感謝しかありません」

「いえいえ。セツラ殿の聖力ちからはエーリカ殿の野望にとって、必要不可欠だったからにすぎません。感謝どころか、恨み言をぶつける相手ですよ、先生は」

「それはわかっていますが、巫女でありながら、17歳になろうとしているのに聖力ちからを発揮できぬ自分に負い目を感じていたのは事実なのですわ。きっかけはどうであれ、わたくしは嬉しく思います」

「そう……ですか。出来るならば貴女に宿っている聖力ちからは貴女自身が使いどころを決めてください。先生はどうしてもエーリカ推しなので、エーリカ殿のために使ってほしいと言ってしまいがちになりますが」

 クロウリーはそれ以上、セツラとは言葉を重ねようとはしなかった。自分はセツラの運命の扉を開く一助となった。しかし、それのみを頼りにセツラに無理を強いることは今の段階では出来ぬだろうと感じていた。エーリカが真に旗揚げをする時期まで、まだ時間が残されている。それまでの間、セツラ自身が自分に問いかけるべきだと考えていた、クロウリーであった。

「良い夢を、セツラ殿。明日の朝食は楽しみにしていてください」

 クロウリーはそう言うと、セツラたちが居る部屋から退出する。そして、宿屋に隣接する食堂へと足を運ぶと、先に出来上がっていたタケルと合流するのであった。

「貴方は貴方で随分、気楽な身分へと堕ちてくれたものですね」

「そう言うなって。昔のことを持ち出すのは野暮だぞ。それよりもひやにするか? それとも熱燗か?」

「改めて注文するのは後にしましょう。今はタケル殿からおすそ分けしてもらいます」

 クロウリーはそう言うと、空のお猪口をタケルから受け取り、さらにはお酌をしてもらう。そして、クイッと杯を傾け、ややぬるくなってしまっているお酒を胃の中に流し込む。そして、ぷはぁぁぁと満足気に息を吐いてみせる。

「今のところは先生の計画通りに事が運んでいます。だけど、タケル殿は先生の邪魔をする気満々でしょ?」

「エーリカの意志を尊重する気なら、俺は邪魔をしないさ。でも、エーリカの野望でなく、クロウリーの野望を優先した時は、俺がしゃしゃり出ることは間違いねえなぁ??」
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