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第6章:心に傷を負う者たち

第7話:温泉慰労会

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 ホバート王国が2つに分裂し、さらには大戦おおいくさを通じて、再び統括されたばかりだというのに、エーリカはまだまだ戦い足りないという雰囲気をバリバリに出していた。しかしながら、エーリカとコッシローはやる気満々でも、さすがに連戦に継ぐ連戦で疲れが隠せない血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団であった。そんな彼らを癒すためにも、温泉にでも行ってきてはどうか? と提案するカズマ=マグナであった。

 セツラ=キュウジョウを始めとする温泉行きたい派たちは、こぞってカズマの提案を受け入れたがった。だが、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の首魁であるエーリカは渋い表情だ。それもそうだろう、セツラたちは大事なところを見落としている。

大戦おおいくさ血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団が300人にまで減ってしまいましたけど、それでも大人数であることは変わりませんものね……」

「そこなのよね。幹部たちだけで温泉に行こうものなら、あたしたち全員袋叩きにされるわ。なるべく、皆の慰労になるようなことをしたいわ」

 エーリカは団の全員のことを考えての発言をおこなう。温泉という言葉に浮かれていた温泉行きたい派はエーリカの言葉に押し切られそうになってしまう。その様子を見ていたカズマが良いことを思いついたとばかりに発言をおこなう。

「それならば、こうするのはどうでしょうか。エーリカ殿の言うように一か所の温泉に300人が一斉に行くのは不可能です。さいわい、ホバート王国は各地に温泉が湧きます。数カ所に分けていけば良いのです」

「うん、そうね。それなら、あたしも温泉慰労会には賛成。でも、なるべく皆が平等に質の良い温泉に浸かれるように配慮してほしい」

「そこはご安心を。カズマ=マグナの名にかけて、皆様がのんびりゆったりと温泉を楽しめるようにいたします」

 マグナ家は商家である。商人としての伝手を辿れば、いくらでもエーリカ率いる血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団全員に慰労のための旅行を計画できる。1週間ほど時間をいただきたいとカズマはエーリカに言う。エーリカは頼んだわと答える。

 それからの1週間。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団はわくわくが止まらなかった。温泉と言えば混浴。混浴と言えばお姉さん。エーリカの手前、皆は口には出せないが、大戦おおいくさを経験した皆(特に男連中)は身体の特に下のほうの熱が昂ったままで困ってしまっていた。

 血で血を洗ういくさは嫌が応にも、心と身体を揺さぶってしまう。その心と身体を癒すのに最適なのが娼館という存在だ。しかしながら、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの首魁が眼を光らせている王都で、娼館に出入りするなど、もっての他である。

 皆は口には出さないが、なるべくエーリカと同じ班にならないことを祈った。この1週間の間、温泉慰安旅行の準備に勤しむ血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団であった。その最中にも、エーリカ始め、幹部たちは団員たちのための催し物を考えていた。そしていよいよ班決めが発表されることになる。

「うひょおおお! 俺はコタロー様の班だぁぁぁぁ!!」

「くっそ、羨ましいぃぃぃ! だが、おれはジゴローさんの班だっ! これはこれで当たりだぜっ!」

「ぐぅぅぅ! エーリカ様と同じ班だ……。皆、楽しんできてくれ……」

 天国と地獄行きの審判が実際に存在するとすれば、今、まさにこの瞬間なのだろう。エーリカは何故にここまで班決め如きで、一喜一憂する団員たちが出てくるのだろう? と不思議に思って仕方が無い。風呂上がりの美少女といっしょにちょっとした催し物を楽しめるのだから、これ以上無い幸せだと感じてほしかった。

 だが、それこそ、エーリカと同じ班の男どもにとっては生き地獄である。決して手出し無用の女子相手に、いったいどうしろという話になってくる。首魁が寝た後にこっそり宿を抜け出そうかと相談しあうエーリカ班に配属された男どもであった。

 それはともかくとして、約束の1週間が過ぎ、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の幹部たちが引率者となり、温泉慰労会が執り行われることになる。50人1組でそれぞれに割り当てられた温泉街へと出立する。

 幹部たちは幹部たちで組み合わせの籤引くじびきをおこなっている。
エーリカは何故かは知らないが、こういう時だからこそ、違った組み合わせを期待したのだが、自分のパートナーはタケルお兄ちゃんになってしまうのであった。

「いやまあ、タケルお兄ちゃんが催し物の司会をやってくれるから、あたしとしては安心なんだけど、なぁんか違うのよねっ!」

「言いたいことはわかる。俺も出来るならコタローと組みたかった。意味は聞かんでくれ」

「あっ、そうなの? じゃあ、籤引くじびき自体が失敗だったかもね。自推他推で決めても良かったのかな?」

 それはそれでどうなのだろうと思ってしまうタケル=ペルシックであった。そうなった場合はエーリカとセツラがペアになるのだろうが、女ふたりで組ませた場合、下のほうが収まりきれない男共を抑えきれるかどうかが問題になってくる。下手をすれば、エーリカ班の男連中が全員もれなく去勢されるという事件が起きてしまうかもしれない。

 ちなみにセツラには大魔導士:クロウリー=ムーンライトがパートナーになっている。これはこれで問題ないペアだ。世の中、上手いこと出来てるもんだなあと思ってしまうタケルであった。何はともあれ、幹部の女性陣にとんでもない事件が起きる危険性は皆無となった。

 エーリカ班が向かった先は鉱山都市:コウブの町であった。この近くには良い温泉が湧く地方があり、コウブで働く工夫こうふたちもよく利用する温泉であった。エーリカは温泉宿に到着するや否や、荷物の整理をタケルお兄ちゃんにぶん投げて、自分は温泉へと一直線に向かっていく。脱衣所で産まれたままの姿になり、かけ湯もぞんざいに済ませて、湯舟に飛び込むのであった。

「ふぅぅぅ。極楽極楽……。肩まで浸かれる温泉なんて、数年振りだわ……」

 ホバート王国の風呂は基本的に蒸し風呂であった。王侯貴族ともなれば、自分専用の湯舟を各々が持っている。エーリカは辺境の村に住むしがない刀鍛冶の娘である。数年に一度、両親がエーリカを連れて、温泉へと連れて行ってくれはしたが、自分が主催者となって温泉街にやってくるのは、これが産まれて初めての経験であった。

 それゆえに貸切風呂という制度があまりよくわかっていなかった。自分専用に借りれる温泉の一室だと思い込んでいたのだ、タケルがそこにすっぽんでやってくるまでは……。

「ええええ!? なんで、タケルお兄ちゃんがあたしのお風呂に入ってきてるのよっ!?」

「ええええ!? 俺はカズマ殿に言われた通りに俺用の貸切風呂に入ってきたつもりなんだがっ!?」
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