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第7章:エーリカの双璧

第9話:勘違い暴走中

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「ん? 新兵の指導についての相談?? アベルが俺に?? 何か道端に落ちている物でも拾って食ったのか??」

「タケル殿。それがしは真面目に相談しているのだ。それがしは頭が固いがゆえに、柔軟すぎるタケル殿の意見も聞きたいと思い、ここにやってきたのだ。たまには真面目に答えてほしい」

 タケルは借りている屋敷の自室でソファーに寝っ転がり、さらにはチップスをつまみながら、相談を受けてほしいとやってきていたアベルとミンミンの応対をしていたのだ。アベルたちの話では、エーリカにとある若者を任されてから、早三日が経っていた。そして、その若者と寝食を共にすればするほど、ある問題が浮き彫りになってきたのだ。

「あーーー。立志式前に血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に入隊したっていうあの子のことな。まあ、線が細くても仕方が無いんじゃねえの?」

「しかしだ。面倒を見れば見るほど、レイの才器を感じるのだ。大きく育てて、それがしの補佐としたいのだっ」

 タケルはアベルにそう言われた瞬間、ニヤニヤとした意味有り気な表情となる。アベルはクソ真面目な癖に、欲張りさんだなと思ってしまう。そして、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の不真面目代表である自分に相談してきたということは、アベル自身が普段の冗談すら真面目に聞こえてしまう自分を少しでも変えていきたいという、そういう内容なのだろうと思うのであった。

 タケルはソファーの上で体勢を整え直す。アベルの真剣さをたまには真正面から受け止めたくなったからだ。タケルはソファーに座り直した後、アベルたちにとくとくと育成についての助言をおこなうのであった。アベルたちもふむふむと真剣な眼差しで、さらにはメモを取りながら、タケルからの助言を聞いていた。

 そして、1時間も経つと、アベルたちは満足したのか、椅子から立ち上がり、タケルに深々とお辞儀をし、タケルの部屋から退出していこうとする。そんな彼らにお節介かもしれないがと、とある助言をもう一度、アベルに伝えるのであった。

「大きくしたいなら肉だぞ。あと牛乳。特に牛乳は効果が高いって言われているから、毎日1瓶は必ず飲ませろ。まあ……。エーリカには効果が無かったんだが……」

「承知した。身体作りが基本であるからなっ。タケル殿。また、困ったことがあったら相談させてもらいます!」

「よーーーし! 午後からの鍛錬が終わったら、さっそく焼肉屋にレイくんを誘うんだべさっ!」

 部屋に入ってきた時は、この世の終わりだとも言いたげなアベルとミンミンであった。だが、そんな憂い顔はどこかへと吹き飛び、将来性溢れる若者を徹底的に育てようという気概に溢れていた。そんな意気揚々の彼らが自室から出ていった後、タケルばボソリとつぶやくように、とある台詞を口から漏らす。

「う~~~ん。あの堅物のアベルがレイヨンの嬢ちゃんをそこまで気に入っているとはなあ。しかも、立志式も迎えていないレイヨンの嬢ちゃんを自分好みの女に育てたいとか、クロウリーですらドン引きするレベルだわ。でもまあ、部下の育成は同時に、自分自身も育てるってクロウリーが言ってたしなあ……」

 タケルは胸の前で腕を組みながら、幾度となく頭を左右に動かす。数分ほど思い悩んだ後、とある結論に至る。

「エーリカに直接、報告すると、エーリカがアベルを市中引き回しの上での磔刑に処すのは目に見えてるな。ここはクロウリーに報告して、クロウリー・フィルターをかけてもらうとするか」

 タケルはアベルの情熱が本物だということは認めている。しかし、情熱に身を任せたからと言って、世の中、やっていいことと悪いことがある。その点、クロウリーはさすがだわと思ってしまうタケルであった。エーリカの意志を最大限に尊重しつつ、それでいて、自分の意見をエーリカに伝え、エーリカが自分で考えて答えを導く。理想の師弟とは、クロウリーとエーリカのことを指すのだろうと思う。

 だが、これもアベルにとっての勉強代になるだろうと思ったタケルは、クロウリーにアベルから受けた相談の内容を漏らしてしまう。そんな状況になっているなど、アベルとミンミンはまったく知らず、熱血教師の如くにレイヨンを指導しまくっていた。

 そして、ついにエーリカが設定した期限となる1週間が過ぎ去ろうとしていた。アベルたちはこのまま、レイヨンを手放し、次の人材育成に入るのを拒もうと思っていた。だが、そんな雰囲気を察したレイヨンはアベルたちに抗議するのであった。

「やめてほしいのです! アベルカーナ隊長が、そのようなことでは血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は立ち行かなくなるのです!」

「本当に生真面目だなっ! それがしもびっくりするほどだ!」

「レイくんからも、アベル体調から引き剥がさないでほしいと、エーリカに頼み込んでほしいんだべさ。おいらたち、レイくんのことがすっかりお気に入りになっているんだべさ」

「そ、それは大変、嬉しいのですがっ。私も本当なら、このままアベルカーナ隊長とミンミンさんに指導されたいです! でも、それだと団全体の計画が狂ってしまうのです!」

「ぐっ! それを言われると心苦しい。もし、それがしがタケル殿であれば、エーリカをどうにでも言いくるめるのだがっ! このクソ真面目な性格を今日、これほど憎いと思ったことはないっ!」

 アベルはわなわなと身体を震わし、握りこぶしを作る。自分がわがままを言っているのは自覚している。エーリカとクロウリーは血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の未来を考えて、人材育成をアベルに託したのだ。アベル本人も、この育成計画の大事なキーパーソンのひとりがアベル自身だと理解している。

 だが、レイヨンの育成を誰かに引き継いでいいのか? という疑問が頭の中を駆け巡る。自分は堅物であることを承知している。そして、そんな自分が取れる方法は限られていた。

「エーリカに直談判しよう……」

「アベルカーナ隊長っ!」

「良いんだべか? エーリカが激怒するのは当然として、頼りのクロウリー様ですら、アベルの側についてくれる可能性はすごく低いんだべ。これは賭けが成立するどころの話じゃないんだべさ」

「それでも男にはやらねばならぬ時があるのだっ! レイ。それがしに全てを委ねてくれっ! レイが出世街道から外れてしまうかもしれんが、その時はそれがしが全責任を負う!」

「アベルカーナ隊長……。そこまで私のことを……」

 レイヨンはポロポロと大粒の涙を流していた。自分のためにここまで言ってくれる男のヒトは、レイの前に現れたことはなかった。レイは今年で14歳になろうとしていた。しかし、それでもレイは、アベルカーナ隊長に一生ついていこうと決める。

「わかりました。アベルカーナ隊長のご覚悟は私に十分伝わりました。エーリカ様を説得した後は私の御父上に会ってもらいますっ! アベルカーナ隊長。本当のラスボスはエーリカ様ではなく、私の父上だと思ってください」

「ん? それはどういう意味だ??」

「わ、私の真面目なところはおおいに父上の遺伝だからと思っています、恥ずかしながら……。あ、あと……。アベルカーナ隊長をアベル隊長と愛称で呼んでもよろしい……でしょうか!?」
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