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第9章:スタート地点

第2話:些事

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 イソロク王に代わり、タラオウ大臣がこれからの血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団についての説明を始める。エーリカは思っていた以上のホバート王国からの支援に驚きを隠せなくなる。だが、それでもエーリカにはふたつほど不満点があった。

「あの……、お気持ちはわかるのですが、あたしたちはこれから思いっ切り不義理ななことをアデレート王家相手にかまします。それなのに、あたしに将軍位を与えるのは間違っているかと」

「気持ちはわからんでもない。ホバート王国にも塁が及ぶ心配があるというこだな。しかし、今は風前の灯となっているアデレート王家。取って喰われるは戦国乱世ゆえに」

「はい。それは向こうも渋々ながらも承知するしかないと思います。でも、ホバート王国の一将軍がそれをやっていいかはわかりかねます……」

 エーリカはアデレート王家に恩を売りつけ、さらにはその恩を返せとアデレート王家を脅す気満々である。だからこそ、エーリカは要らぬ荷物を背負いこみたくなかった。生まれ育ったこの母国に対して、恨みなどまったくもってない。むしろ、感謝しかないのだ。そのホバート王国に対しては不義理なことをしたくなかったのである。

「なあに。テクロ大陸本土では、参戦を渋りまくったホバート王国に対して、とっくの昔に恨みつらみを積んできている。今更、どうとか言われても、馬耳東風よ、くぁははっ!」

「イソロク王もこう言ってくださっていますし、エーリカ様は気兼ねなく、ホバート王国の看板に泥を塗ってもよろしいかと」

「クロウリー。それは国家間のどうしようもない事情だけど、それでも、あたしの心情として嫌なのっ。今更キレイな身体とかキレイな志とは言えないけど、それでもホバート王国があたしのせいで他国から非難されるのとは別だと思う……」

 エーリカの言を聞き、皆がヤレヤレ……と嘆息してみせる。エーリカは真っ直ぐだ。自分の夢を叶えるためなら、他者を踏み台にすることはやってしまう。だが、それを平然とやるわけではない。彼女は優しいのだ。そもそもとして、彼女は『平和な国を興す』ことだ。彼女が優しいゆえに、そんな夢物語に出てくるような国を興したいと言っている。

 テクロ大陸本土が戦火により焼かれ始めてから早200年。各国間の仁義どころか、各国内の領主たちの仁義すら忘れさられようとしている昨今だ。そして、比較的穏やかに過ごせたホバート王国ですら、去年は同じ民族同士で激しい殺し合いをした。

(エーリカはホバート王国に産まれたこと自体が間違いだったかもしれん。だが、ホバート王国で産まれ、そして育ったがゆえに、優しい女の子になったのだ。これはホバート王家が誇っていいことだと思う)

 他者に優しく、他者を愛する。それがこの戦国乱世の時代では逆に物珍しい部類になってしまう。ホバート王国内で生きていくなら、なんら問題無い。だが、その優しいエーリカがかちこみをかけていく先は、200年間、ずっと相争ってきた土地だ。

 テクロ大陸本土の西にあるバース王国から戦火が地の底から噴き出した。その猛火は瞬く間に隣国であるアデレート王国を包み込んだ。そして、東のケアンズ王国、北のダーウィン王国へと広がっていった。

「よーーーく考えてみろ。エーリカの心情はともかくとして、アデレート王家としては、隊長格程度が救援に来たとなれば、それこそホバート王国に対して、あらん限りの罵声を浴びせてくる」

 イソロク王はまるで駄々を捏ねる女の子を叱るように、毅然とエーリカに意見してみせる。エーリカは思わず、一歩、その場から下がってしまう。イソロク王は珍しいこともあるものだと思いながら、さらにエーリカに意見してみせる。

「エーリカは続けてこう言いたかったのであろう。もらう将軍位が寄騎よりきのホラルド将軍よりも高いと。しかし、それもエーリカの後ろめたさからであろう?」

「い、意地悪を言わないでください! 全部、あたしの心情がゆえってことはわかっています。今更、お前、何言ってんだ?? ってのもわかっています! でも、それでもあたしは嫌だなっ! って思っちゃんです」

 実際の所、将軍は将軍でも、その中にはしっかりと階級付けが為されている。ホラルド将軍はホバート王国統一戦の前は1番下の討逆将軍という地位であった。王国統一戦を経て、2階級昇格し、平南将軍となっていた。そして、平なんとか将軍の中でもリーダー格にあたる平北将軍にエーリカを据えたのがイソロク王だったのだ。

 もう少しわかりやすく言うと、ホラルド将軍は旗下1千の将軍から、旗下2千の将軍に格上げとなったのだ。エーリカはただの傭兵団の首魁であったにも関わらず、ホラルド将軍と同じだけの兵数を抱えるにふさわしい将軍として扱われるようになる。

 これは大変名誉なことだ。貴族階級こそ、与えられてはいないが、ただの傭兵団から1国の正規軍のさらには将軍となれた。エーリカ以外なら、感涙でイソロク王の姿をまともに見ることなど出来ないはずだ。

 だが、エーリカが欲しいのはどこかの国の将軍職では無い。だからこそ、母国の将軍となると、自分は母国に大迷惑を与えてしまうのは確定事項ゆえに、イソロク王が為そうとしていることは、エーリカの悩みとなってしまう。

「もらえるものは喜んでもらっておきましょう。そして、利用できるものは一国のあるじと言えども、利用しましょう」

「クロウリー。あたしは……」

「ダメです。エーリカ様。貴女は極悪非道と指さされようが、貴女の崇高な夢を成し遂げなければなりません。乱世を鎮める。これ以上無い大義の前に些事にこだわってはいけません」

 クロウリーが珍しく、エーリカの意志を尊重せずに意見を通そうとする。クロウリーはここは是が非でも押さなければならない場面であった。こういうエーリカが悩む場面はこれからもっと増えてくる。だが、エーリカの野望とも言える『一国を興す』こと、これは敵をただ単に叩き潰すことでは無いのだ、そもそもとして。

 エーリカは『平和な世界』を望んでいる。平和とは血を血をで洗うことでしか実現出来ない。話し合いも『平和的な解決』では必要だ。しかし、根本的に違うのだ、今の時代は。政治の世界に住まう魑魅魍魎ちみもうりょう。血を浴びて吼える英傑たち。それら全てを相手にし、さらには駆逐しきってこそ、真の平和が訪れる。

 だからこそ、クロウリーはエーリカとイソロク王とのやりとりを『些事』と断じたのだ。自分の利になるなら、王ですら利用しろとクロウリーは明言する。エーリカは渋い表情となっていた。決めかねるエーリカに対して、ふむっと息をつくクロウリーはエーリカに対して、折衷案を出す。

「では、こうしましょう。イソロク王。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団がホバート王国に利益をもたらす存在でなければ、いつでも支援を打ち切ってください」
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