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第15章:転落

第8話:下衆共

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「セツラ殿の説教は終わりましたかな? そろそろ慰労会に出席する時間ですぞ」

「うん! こってり絞られてきたわっ。コッサンの方もセツラお姉ちゃんで、しっかり抜いてきた?」

 コッサンはヤレヤレ……と首を左右に振る。女性は歳を取れば取るほど、おっさんになると言われているが、エーリカはまだ17歳である。コッサンは常々、エーリカが女を捨てまくってるなと思わされていたが、ここまでいくと、さすがにコッサンの性癖的守備範囲から外れてしまう。

「タケル殿への当て馬のつもりでしょうが、身共はそれだけで終わる気は無いですぞ。身共とセツラ殿がくっついた後に、たっぷりタケル殿には嫉妬してもらう予定である」

「良いわねっ。どろどろの三角関係を期待してるねっ! 最終的にセツラお姉ちゃんがどっちと結婚するかまでが勝負だから。それまで、気を抜かないようにしてね?」

 エーリカは笑顔でコッサンにそう言ってみせる。コッサンはエーリカ様の度肝を抜くような展開を披露してみせましょうぞと胸を張る。そんな2人にそろそろ混ざっても良いだろうと判断したカキンがエーリカをとある人物と引き合わせる。カキンによって、案内されてきた男はエーリカにうやうやしく頭を下げる。

「ロリョウの町長に代わって参上いたしました、ユウゲンと申します。町長の屋敷にまで案内するように言付かっております」

「ユウゲン殿、ありがとう。早速だけど、その屋敷に案内してちょうだい。豪華な食事が出るって聞いて、お昼はそこそこで止めておいたの。だから、お腹がぺこぺこぉ~~~」

「そうですか。それは気を使わせて申し訳ない。さあ、どうぞ、こちらへ」

 エーリカ、カキン、コッサンがユウゲンという名の男に案内され、砦内を移動していく。その途上、エーリカは砦内にいるブルースやアベルたちと目配せする。エーリカたちが小男に案内されて、砦の外へ出ると、ブルースたちはエーリカに指示されていた内容の実行に移る。

「呑気に夕餉ゆうげの支度をしているように装うでござる! わざとらしく煙を立てておくでござる!」

「準備を終えた者から砦を出て、東へと向かうのだ! だが、絶対にロリョウの町民に見つかるでないっ! もしもの場合はロリョウの町に入られる前に、その者を殺せっ!」

 いつものアベルであるならば、絶対に命令しない内容であった。だが、今は非常事態どころか、緊急事態である。ロリョウの町民が感づいて、ロリョウの町長の耳に入った時、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の未来は、今度こそ、本当に潰されることになる。アベルは非道な命令を部下に与えていると思いながらも、こんなところでむざむざ殺されるのを待つつもりはないっ! と無理やりに心に宿る焔を燃え上がらせる。

 ユウゲンは町長の屋敷に案内していく道中、エーリカたちに向かって、努めて朗らかに対応する。エーリカはニコニコと笑顔で自分たちを案内するユウゲンなる男と談笑していた。エーリカたちがロリョウの町の門をくぐる。ロリョウの門兵たちはコクリと頷き合い、門を固く閉ざしてしまう。門としての機能をしっかりと発揮したのだ。

 これで、エーリカたちは外界から完全に遮断されてしまうことになる。ロリョウの町民たちは、自分たちが用意した罠に呑気なツラで入ってきたものだと、ほくそ笑む。そうでありながらも、ロリョウの町民たちはにこやかな笑顔にすぐさま戻り、エーリカたちに気軽に声をかける。

 エーリカたちが去った後、下衆な町民がエーリカの身体の肉付きを思い出し、これ以上無い下衆な笑い声をあげる。

「あの女侍がひぃひぃ泣きながら、自分から腰を振るのが楽しみでならないんだべ」

「ちくしょぉぉぉ。いつもの決まりで最初は町長からだろ?? おいらたちの番にまで回ってきた時にゃ、あの女侍が正気を保っていられるとは思えねえだぁ~~~」

「まあまあ……。慌てるな。自分とこの総大将様がこれからイキ地獄を味わうってのに、砦に居る連中は呑気に夕餉ゆうげの煙をあげてるんだ。総大将を人質にすりゃ、あそこにいる連中も自ら股を開くしかない。うひひ……。今まで面倒を見てやった甲斐があるってもんだ」

 この世に畜生以下の下衆が居るとしたら、まさにロリョウの町民たちだと断言できるほどの下衆共であった。だが、その下衆共からしてみれば、ロリョウの町を危険に晒しているのは、むしろ、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団たちである。下衆共からみれば、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員たち全員を犯してでも、その罪を償ってもらうべき対象であった。

 ロリョウの町は人口2万人程度である。単純計算をおこなえば、その半数が男となる。その男の約9割が畜生以下の下衆共であった。その9千人の下衆共が今か今かと血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に所属する女全員をけがす、その瞬間を待ちわびていた。

 血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に所属する女性は全体の2割程度である。300人の女性のみさおはエーリカのその手に握られていたといっても良かった。エーリカがひとつ対応を間違えれば、9千人の下衆共の相手を300人の女性で対応しなければならない、まさにこの世の地獄を味わされることになる。

 確実にこの世の地獄どころか、あの世の地獄に落とされることは間違いなかった。エーリカはロリョウの町全体を覆うとんでもない悪意に対して、コッサンとカキンの3人で立ち向かうことになる。エーリカはふつふつと沸き上がる怒りの感情を腹奥に収めながら、町長の屋敷の入り口にまでたどり着く。

「では、わたくしめの案内はここまで。さあ、町長の慰労会をお楽しみください」

 ユウゲンは町長の屋敷の中へとエーリカたちを案内する。ユウゲンはその屋敷にある大広間の扉の横で、エーリカたちと別れを告げる。深々と頭を下げるユウゲンであったが、エーリカたちには見えない角度で、口の端を邪悪に歪ませていた。エーリカはここまで案内してくれたユウゲンにお礼を言い、扉の先にある大広間へと足を踏み入れる。

「おお……。よくぞ、ご無事で。こちらも聞いておりましたぞ。いきなり剣王軍に襲われたと。さらに剣王はエーリカ殿を自分の嫁に所望したとか」

「さすが耳が早いわね。それでこそ、ロリョウの町長だわ。あたしもロリョウの町長を見習わないとね」

「いえいえ。めっそうもございません。立ち話もなんです。エーリカ殿、どうぞ、こちらの席に。カキン殿とコッサン殿はそちらの席へ。おい、エーリカ殿が入室されたのだぞ! 楽器を奏でぬかっ!」

 ロリョウの町長であるチョウコウはエーリカを高座に着席させると、自分はエーリカの左斜め前の席に座る。チョウコウは杯をお持ちくださいとエーリカたちに言う。エーリカたちは軽くチョウコウに頭を下げた後、チョウコウの勧め通りに右手で杯を持つ。チョウコウはエーリカにこれまで見せたこともない笑顔で、慰労会の始まりを宣言するのであった。
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