上 下
154 / 197
第15章:転落

第9話:腹黒狸

しおりを挟む
「いやはや……。エーリカ殿の武勇伝を聞いているだけで、身震いがしてしまいますなっ! さあ、もっと語ってくだされっ!」

 ロリョウの町長が開いた慰労会が始まってから、早1時間が経過していた。エーリカは17歳であるがゆえに、お酒を楽しむことは出来なかった。その代わりにいくさの疲れがすぐさま吹っ飛ぶと言われている、みずみずしい柑橘類から搾り取ったフルーツジュースを堪能することになる。

 さらにはエーリカは自分の団では味わえないほどの美味しい料理に舌鼓を打っていた。ここ、ロリョウの町はヨク州のみやこからも、南ケイ州のみやこからも遠い田舎と呼んでもいいような町である。

 だが、ロリョウの町長であるチョウコウは、この食事がこの世で食べることが出来る最後の晩餐と言いたげなほどの美味い料理をエーリカに振る舞ったのだ。エーリカは腹黒ポンポコが名誉棄損されたと訴えてしまいたくなるほどに真っ黒な腹をしている町長だと思ってしまう。

 エーリカの武勇伝を聞くことで、大袈裟に振る舞い、感動しまくっているチョウコウにある意味、感心してしまう、エーリカであった。徹頭徹尾てっとうてつび、悪意を隠しきりながら、それでいて相手を持ち上げることが出来るのだという呆れをとうの昔に通り越してしまっている感心だ。しかしながら、エーリカもまた、腹奥の感情を出さないように努めた。

 エーリカにとって、こういう方面での師匠はタケルお兄ちゃんであった。クロウリーだとどうしても、鼻につく態度になってしまう。クロウリーもそのことを自覚しているために、感心は出来ないであろうが、タケルの唯一とも言える良い所を見習っておくようにと、エーリカに教示していた。

 エーリカはチョウコウと談笑しながら、タケルお兄ちゃんなら、こういう時はこういう顔をしつつ、声の高さはこれくらいなのだろうと、自分の身体を意識的に操作する。カキンとコッサンはエーリカの涙ぐましい努力を横目で見つつ、慰労会に参加している町長の関係者が進めてくる酒をどんどん胃の中へと放り込んでいく。

 カキンとコッサンはチョウコウの家来が進めてきた杯を全て空にし、エーリカを残して、酔いつぶれて、さらには先に眠ってしまった。エーリカにもフルーツジュースに盛られていた睡眠剤の効果がだんだんと発揮されるようになってきていた。

「チョウコウ殿、すいません……。せっかく、慰労会に招いてもらったというのに、眠気が強くて……。先のいくさの疲れがどっと出てしまったのかもしれない……わ」

 エーリカは謝罪の言葉を送りならが、最後まで言葉をその口から出し切ることは無かった。手に持っていた杯を落とし、その中身を眼の前の料理にぶちまける。だが、エーリカは暗くて暖かい水底に沈んでいく意識に逆らえなかった。どこまでもこの温もりに沈んでいきたい気持ちになってしまう。

「おやおや……。大変、お疲れのご様子。これは困りましたなぁ? 意識の無い女性に乱暴するのは気が進まぬのだがっ!」

 エーリカが深い眠りに落ちたのを確認すると、チョウコウは今まで見せたこともないほどの邪悪で下衆な笑みをその顔に浮かべていた。ぐふっ! ぐふっ! と薄気味の悪い声を口から漏らす。酒で酔いつぶれているカキンとコッサンを縄で縛り上げるようにと、自分の関係者たちに命じる。

 チョウコウの関係者たちは、自分たちの分も残しておいてくださいよっ! と、チョウコウに言う。チョウコウは馬鹿かっ! と関係者たちに向かって、下衆な表情のまま、怒鳴ってやろうかとさえ思った。だが、待ちに待ったお楽しみタイムの始まりだ。

 チョウコウはこの生意気すぎる小娘を犯す機会を丹念に待ち続けていたのだ。皆には剣王様のご機嫌を取るためだと言っている。だが、それとは別にチョウコウは強気な女を金と権力で屈服させて、さらにはあひんあひん泣かせるのが大好きであった。チョウコウの性癖はまさに下衆に相応しいシロモノであった。

 チョウコウはクークーと眠るエーリカのほっぺたをべろりと牛のように舐めてみせる。エーリカがくすぐったそうに、うんっ……とつぶやく。その可愛らしい声を耳に入れたチョウコウは、屹立しまくっている男のシンボルを急いでズボンの外側にある空気へと触れさせる。

「おっと……。うちのあるじに手を出すのはやめてくれませんかね? そこで止まってくれるのなら、こちらも今まで受けた恩との足し引きということで見逃すのですが?」

「カ、カキン!? 酔いつぶれていたのでは無いのか!?」

「自分がアデレート王家に仕えていた頃は、このような姦計は日常茶飯事でしたからなぁ。毒の種類さえ抑えておけば、いくらでも解毒薬の類は準備できておりますわい」

 カキンは着席したま、睡眠薬入りの酒をグビグビと飲んでいた。その杯を飲み干すと懐から巾着袋を取り出し、その中にある丸薬を指でつまむ。丸薬を口の中に放り込むとガリゴリと歯で噛み砕く。そして、手酌で満たした杯を傾け、口の中を酒で洗い流す。手品の種明かしはこうですよと言いたげな態度であった。

「ええい! 何をしておるかっ! カキンの頼みのコッサンは酔いつぶれておるっ! カキンひとりでどうにか出来る状況ではないわっ!」

「これまた、ご冗談を。最初から、エーリカ様は甥のコッサンには酔いつぶれておけと命じていたのですぞ。この場にいる私どもで、注意しておかなければならないのは、エーリカ様とコッサンであることは自明の理。ならば、下手な小細工で、ごまかしをしないようにとしていたまでよ」

 カキンは手品の種明かしがまだ足りぬのかとばかりに、未だに粗末なおちんこさんをズボンの奥へとしまわないチョウコウをバカにしてみせる。チョウコウはズボンをスネの途中で止めたままの姿で、カキンを殺せ! と喚き散らす。カキンはヤレヤレ……と嘆息しながら、右手の親指と中指でパチンッ! と力強く鳴らしてみせる。

「やっと出番ですニャン! さあ、ロビンの旦那! お仕事の時間ですニャン!」

「もう少し、早く行動を起こしてくれると予想していたのだがな。小物の癖に妙に慎重であった。暇を持て余していたアヤメにいつ、おもちゃにされるかと戦々恐々せんせんきょうきょうだった……」

「えへへ……。ロビンの旦那を見ていると、やっぱり裸を見せるなら、ロビンの旦那が1番に嬉しいのですニャン。お仕事が控えていたから、あれでもチラ見せですニャンよ?」

 ロビンはまったく……と息を吐くしかなかった。アヤメが望むような状況になるようにと、仕事をさっさと終わらせようとする。ロビンが動いたことで、アヤメも行動を共にする。天井の板を外して、この慰労会に乱入したアヤメたちを見て、腰を抜かしている町長の関係者であった。

 だが、アヤメは鼻歌交じりに両手に持っていた短剣ダガーを紅く染めていく。アヤメが短剣ダガーをちょいとばかし動かすと、床に尻をつけている男の喉仏あたりに紅い線が浮かび上がる。

 アヤメが次の男の喉笛を短剣ダガーで傷をつけた辺りで、その前に喉仏に紅い線を入れられていた男は苦しさでもがき苦しむ。その男は喉を両手で抑えながら、自分で作った血の池へとドシャリという音と共に沈んでいく。
しおりを挟む

処理中です...