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第19章:譲れない明日

第1話:セツラの欲望

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 西ケアンズからの使者がやってきて、それを追い払ってから早五日が経とうとしていた。西ケアンズから発した軍は3千と、エーリカたちの住む村の住民数の3分の1程度であった。だが、西ケアンズの軍が強硬な態度に出たのには、しっかりとした理由があった。

 西ケアンズの使者が持ち帰った情報を分析した結果、西ケアンズの王族たちは、この兵数で十分だと結論づけたのである。西ケアンズの使者と彼の周りを固めていた10人の兵士たちはエーリカたちの村を余す所なく、つぶさに観察していったのだ。

 エーリカたちの住む村はスミス村ということだけでなく、そのスミス村の外壁の出来具合。そして、その外壁の向こう側にある防衛施設の数々をしっかりとチェックしていたのだ。そうした徹底的な情報収集と分析により、兵3千も仕向ければ、向こうは戦わずに逃げるか、それとも西ケアンズの王族に対して、不利な条件で降伏してくれるのだと考えていた。

 だが、西ケアンズの王族たちはエーリカだけでなく、スミス村全体を舐め過ぎていた。エーリカたちは着々と西ケアンズ軍を追い返すための準備を整えた。そして、決戦となる日の前の夜にエーリカは血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員だけでなく、元ケアンズ王国の流民だった者たちの鼓舞をおこなった。

 飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎがスミス村で巻き起こる。スミス村の最後の住人になろうとも、西ケアンズ軍をひとりでも多く殺してやると、村人全員が鼻息を荒くしていた。そして、その猛りを西ケアンズ軍にぶつける前に、その猛々しさをそのまま、自分のパートナーにブチ放つという、獣も真っ青な宴になってしまっていた。

 血濡れの女王ブラッディ・エーリカの幹部たちは、スミス村の住人を盛り上げ過ぎたと反省することになる。コッシローは村人を囃し立て過ぎたことは反省点として、しっかり今後に生かすようにと告げる。明日は朝から大忙しだから、ボクは先に寝るでッチュウと断りを入れて、幹部たちの前から姿を消すのであった。

「というけで、セツラお姉ちゃんを今夜のタケルお兄ちゃん説教大会に強制参加させてきましたーーー!」

「おいおいおい。行動力がありすぎるエーリカにドン引きだわ。お前、山賊の親分のほうがよっぽどしょうにあってんじゃないのか!?」

「あのぉ……。もしかしてですが、わたくし、嵌められました??」

「大丈夫、大丈夫。タケルお兄ちゃんからはお触り厳禁ってことになってるから。でも、それはあたしとタケルお兄ちゃんとのルールであって、それをそのままセツラお姉ちゃんに強制する気は無いわっ。タケルお兄ちゃんにハメられたくなったら、いつでも言ってね? コッサンには内緒にしておくからっ」

 血濡れの女王ブラッディ・エーリカの幹部たちはコッシローの厳しい一言で、しょんぼりと肩を落としていた、しかしながら、エーリカはタケルお兄ちゃんが皆を諫めるべきだったでしょ? とタケルに全ての責任を負わせるのであった。

 そして、こんなタケルお兄ちゃんはセツラお姉ちゃんも含めて、説教しなければならないと主張する。セツラは最初、とまどっていたが、自分の神官プリースト役を務めているコッサン=シギョウがコクリと頷いたことで、セツラはコッサンに先に休んでおいてくださいと告げる。コッサンは仰々しく、セツラに片膝をつき、明日からの戦いはどうか、身共に注目してくだされと言い、その場を後にしたのだ。

「コッサンって、セツラお姉ちゃんの狂信者なのかな? って思っちゃうわ」

「口を開けば、憎まれ口が零れますけど。そこさえ慣れてしまえば、存外に優しいひとですのよ」

「あーーー。暑い、暑いわーーー。これは鞭でタケルお兄ちゃんを叩かないと、身体から熱が引かないーーー」

「うひぃ! いひぃ!」

 セツラはこの状況についていけなかった。タケルお兄さんはエーリカの寝室にある梁に引っかけてある縄で両手首をホールドされている。まるで聖人が何のとがも無いのに、非情な女王様の手によって、無理やりに鞭打ちの刑を喰らっているようにも見えた。だが、その聖人は聖人で、女王様から受ける罰をまんざらでもない表情で喰らっているのだ。

 こんな状況をすぐに頭で理解出来る者がいるならば、そいつはただの超ド級のド変態で間違いないはずだ。セツラはエーリカに先っちょにトゲトゲの鉄球がついた鞭を持たされていたが、それをどう扱っていいのかと逡巡していたのだ。

「ふぅ……。良い汗かいた……。セツラお姉ちゃん、どうぞ?」

「どうぞと言われましても……。本当に良いんです? わたくしはタケルお兄さんをこの痛そうな鞭で叩く理由がありませんわよ?」

「気にしなくていいわ。その代わりと言っちゃあれだけど、叩いた分だけ、タケルお兄ちゃんにご褒美をあげてね? あたしもさすがにタケルお兄ちゃんにご褒美無しで、こんな非道なことなんてしてないわよ?」

 ご褒美ってどういうことなのかしら?? と思わざるをえないセツラであった。自分では預かり知らぬところで、エーリカとタケルお兄さんはとんでもない関係になっていたのでは? と今更に危機感を抱かざるをえなくなってしまう。エーリカとタケルお兄さんの今の関係性を知るためにも、セツラは彼女たちの領域テリトリーに足を踏み入れた。

「こ、こうですか??」

「うん、もうちょっと強めに叩いても大丈夫」

「こ、これくらい??」

「いいぞ、セツラ。もっとだ。もっと俺に痛みをよこせっ!!」

 セツラは最初、ゆっくりゆっくり丁寧にタケルの身体に鞭を入れた。セツラの放った優しい1撃1撃が薄っすらとタケルの胸板に赤い線を作った。セツラは何とも言えぬ感情が芽生えてしまう。

 セツラは自分のことを真性のマゾだと思い込んでいた。しかしながら、それはコッサンが一方的にセツラに臨んだ姿なだけである。セツラはエーリカと同郷なのだ。エーリカと同様、タケルとの時間を過ごしてきた。情けないタケルの姿を幼い頃から散々にその眼でエーリカによって焼き付けられてきていたセツラが神聖のマゾであるはずもない。

 エーリカはセツラとの付き合いが長いゆえに、セツラの根本的なところを勘違いすることはなかった。セツラの心の奥底の暗い灯の熱量をエーリカの導きによって徐々に増していく。

「うぅ! ダメっ! これ以上、タケルお兄さんを傷つけたら、わたくしは戻ってこれなくなりますわっ!」

「セツラお姉ちゃん、可愛い……。タケルお兄ちゃんよりも先に、あたしがセツラお姉ちゃんからご褒美をもらいたくなっちゃった」

 セツラはビシバシとタケルの胸板に向かって、トゲトゲ付きの鉄球がついている鞭を振り下ろし続けた。そうしていく内に、自然と振るう鞭の強さが上がっていってしまう。自分ではどうしようもない欲望がセツラの内側から溢れてきそうになっていた。

 それをどうにかして止めようとしたが、その前にエーリカがセツラを背中側から羽交い絞めする。エーリカはセツラのうなじにキスをし、セツラのあられもない嬌声をその柔らかな唇を震わせて、外界に発せさせたのだ。

「だめ……。エーリカ。今のわたくしに触れないで……。わたくしの欲望がエーリカすらも飲み込んじゃぅぅぅ」
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