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第1章:シュレイン家の娘
第2話:とまどい
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「お静かにお願いしますっ! 事が事なので、誰かに聞かれでもしたらっ!」
驚きの余りに素っ頓狂な声をあげてしまったアキヅキ=シュレインを落ち着かせようと半猫半人の男たちがあわてふためきながら、彼女をたしなめるのであった。
アキヅキは心を落ち着かせるためにも、客人の眼の前ではあるが、バジル爺が淹れてくれた紅茶の入ったティーカップを右手で取り、一口、口に含んで喉の奥へと流し込む。
「ふう……。わたしとしたことがお客人たちの前でとりみだしてしまいました……。でも、この署名を書いたのは、本当に本人たちなの?」
アキヅキが偽書でないかどうかを対面の男たちに問いかける。男たちはただ黙って、ひとつコクリと首を縦に振る。しかしだ、そう首肯されても、アキヅキには到底、メアリー帝と始祖神:S.N.O.Jが署名したモノかを確かめる術は無い。
逡巡するアキツキを諭すかのように半猫半人の男のひとりが口を開く。
「この書状は確かにメアリー帝から新宰相:オレンジ=フォゲットさまに渡り、そのオレンジ=フォゲットさまから直接、私たちが受け取り、ここに持ってきました。その他の者たちの手には一切触れていません」
オレンジ=フォゲット。半猫半人の彼女は四大貴族のひとりである。そして彼女は土の国:モンドラの実質的支配者であり、宮廷で政変が起きたあとは、暫定的に火の国:イズモの実質的支配者にもなっている。
しかしだ。火の国:イズモで爵位を持つ者の多くは、未だに元の実質的支配者であるハジュン=ド・レイの潔白を信じている。
火の国:イズモに住む人々がハジュン=ド・レイを信奉するのも致し方ない部分がある。他の四大貴族たちに比べて、ハジュン=ド・レイは積極的に下界の人々と交流をはかってきた経緯がある。
アキヅキ=シュレインもハジュン=ド・レイとは幼き時より交流しあった仲であった。というよりは、アキヅキにとっての初恋の相手はハジュンそのひとなのである。それもあってか、アキヅキも宮廷が発表している一連の騒動の流れについては、かなり懐疑的であったのだ。
(『其方の帝国への忠誠心を見せてもらう』ね……。言いえて妙とはまさにこの事よ。メアリー帝が火の国:イズモの爵位持ちたちを信用していない証になるわ)
「もしも。もしもの話だけど。わたしがこの辞令を拒否した場合は、わたしにはあらぬ罪で牢獄に放り込まれるのかしら?」
我ながら意地悪な問いかけだと思いながらも、アキヅキは言わずにはいられなかった。そのアキヅキの問いかけに対して、半猫半人の男が返した言葉は予想外の一言であった。
「この書状を手渡してきたオレンジ=フォゲット卿が言っていました。『この書状を受け取る相手はまさに【運命】という言葉を強く信じることになるんだブヒッ!』と」
「はあ……? 【運命】ですか?」
書状を持ってきた半猫半人たちと会話を続ければ続けるほど、アキヅキはメアリー帝やその近辺の者たちに対する猜疑心が膨らむ一方であった。
しかしだ。ひとつわかることは自分にこの辞令を拒否する権限は持ち合わせていないことである。この男たちは自分の問いかけをはぐらかすためにこう言ったのだとアキヅキはそう思うのであった。
「わかりました……。不承ぶしょうですが、メアリーさま並びに始祖神:S.N.O.Jさまからの辞令を受け取ることにします」
そうアキヅキが言った瞬間、半猫半人の男たちはほっと安堵した顔つきになり、頭を下げて、アキヅキに礼を言うのであった。
その後、用は済んだとばかりに男たちはシュレイン邸を出て、乗ってきた箱馬車に乗り込み、雨の降り続ける中なのに出立してしまうのであった。
「やれやれですな。せっかく、身体だけでなく心も温めてもらうために、彼らの分まで夕食を準備させていたのに」
「爺やは本当に気が利くわね。どうせ、マタタビ酒をたらふく飲ませて、酔った勢いで、彼らの口から情報を引き出そうとしてたんでしょ?」
アキヅキの嫌味を含んだ言葉を受けて、バジル爺はいつも通り、口の端を少しだけあげるのであった。その笑顔を見て、アキヅキは思わず、ふふっと笑ってしまう。笑うことにより、沈んでいた気持ちが少しだけ浮き上がるアキヅキであった。
「さてと……。どうしたものかしら。わたしがゼーガン砦に赴けば、この屋敷の主は誰も居なくなってしまうわね」
「そうですな……。お嬢様の弟君をお呼びになりますかな?」
アキヅキには10も歳が離れた弟がいた。その弟はとある理由から父であるカゲツ=シュレインに疎まれていた。弟が物心ついたころには養子として、子を成せなかった男爵家夫婦の跡取りにと送りだされている。
(お母さまが亡くなってからもう5年以上も経っているのね……。お父さまは未だに根に持っているのかしら……)
「意地悪な回答ね? ったく、お父さまがそんなことを許すわけがないことを知っているでしょ?」
「それもそうですな……。しかし、ゼーガン砦の守備とはこれまた意地悪な感じがしますな?」
ゼーガン砦には、今、話題に上がっているアキヅキの父親であるカゲツ=シュレインが司令官として詰めていた。元々、シュレイン家は火の国:イズモの東に隣接したショウド国との国境にある砦のひとつの守備を任されている家なのだ。
守備と言っても、それは形式上のことである。ショウド国は150年も前に、ポメラニア帝国に屈服し、今は帝国の従属国と成り果てている。
それゆえに、ゼーガン砦並びに他の国境付近の砦は、ポメラニア帝国とショウド国との国交の窓口に過ぎないのであった。
そういう背景もあり、尚更、何故に騎士の階級であるアキヅキ自身がそこの守備に着任せよとメアリー帝から命じられたのかがほとほとにわからないアキヅキであった。
「もしかして、ポメラニア帝国の情勢不安定なのを良いことに、ショウド国が突然、攻めてきたりしてね?」
冗談交じりにアキヅキがそう言うと、さも可笑しそうにバジル爺が、ほっほっほっと声を出して笑うのであった。
「まさか、そんな愚かなことをショウド国がするわけがないと思うのですぞ。領土の広さはポメラニア帝国の4分の1以下。さらには国力はそれよりももっと下なのですぞ?」
驚きの余りに素っ頓狂な声をあげてしまったアキヅキ=シュレインを落ち着かせようと半猫半人の男たちがあわてふためきながら、彼女をたしなめるのであった。
アキヅキは心を落ち着かせるためにも、客人の眼の前ではあるが、バジル爺が淹れてくれた紅茶の入ったティーカップを右手で取り、一口、口に含んで喉の奥へと流し込む。
「ふう……。わたしとしたことがお客人たちの前でとりみだしてしまいました……。でも、この署名を書いたのは、本当に本人たちなの?」
アキヅキが偽書でないかどうかを対面の男たちに問いかける。男たちはただ黙って、ひとつコクリと首を縦に振る。しかしだ、そう首肯されても、アキヅキには到底、メアリー帝と始祖神:S.N.O.Jが署名したモノかを確かめる術は無い。
逡巡するアキツキを諭すかのように半猫半人の男のひとりが口を開く。
「この書状は確かにメアリー帝から新宰相:オレンジ=フォゲットさまに渡り、そのオレンジ=フォゲットさまから直接、私たちが受け取り、ここに持ってきました。その他の者たちの手には一切触れていません」
オレンジ=フォゲット。半猫半人の彼女は四大貴族のひとりである。そして彼女は土の国:モンドラの実質的支配者であり、宮廷で政変が起きたあとは、暫定的に火の国:イズモの実質的支配者にもなっている。
しかしだ。火の国:イズモで爵位を持つ者の多くは、未だに元の実質的支配者であるハジュン=ド・レイの潔白を信じている。
火の国:イズモに住む人々がハジュン=ド・レイを信奉するのも致し方ない部分がある。他の四大貴族たちに比べて、ハジュン=ド・レイは積極的に下界の人々と交流をはかってきた経緯がある。
アキヅキ=シュレインもハジュン=ド・レイとは幼き時より交流しあった仲であった。というよりは、アキヅキにとっての初恋の相手はハジュンそのひとなのである。それもあってか、アキヅキも宮廷が発表している一連の騒動の流れについては、かなり懐疑的であったのだ。
(『其方の帝国への忠誠心を見せてもらう』ね……。言いえて妙とはまさにこの事よ。メアリー帝が火の国:イズモの爵位持ちたちを信用していない証になるわ)
「もしも。もしもの話だけど。わたしがこの辞令を拒否した場合は、わたしにはあらぬ罪で牢獄に放り込まれるのかしら?」
我ながら意地悪な問いかけだと思いながらも、アキヅキは言わずにはいられなかった。そのアキヅキの問いかけに対して、半猫半人の男が返した言葉は予想外の一言であった。
「この書状を手渡してきたオレンジ=フォゲット卿が言っていました。『この書状を受け取る相手はまさに【運命】という言葉を強く信じることになるんだブヒッ!』と」
「はあ……? 【運命】ですか?」
書状を持ってきた半猫半人たちと会話を続ければ続けるほど、アキヅキはメアリー帝やその近辺の者たちに対する猜疑心が膨らむ一方であった。
しかしだ。ひとつわかることは自分にこの辞令を拒否する権限は持ち合わせていないことである。この男たちは自分の問いかけをはぐらかすためにこう言ったのだとアキヅキはそう思うのであった。
「わかりました……。不承ぶしょうですが、メアリーさま並びに始祖神:S.N.O.Jさまからの辞令を受け取ることにします」
そうアキヅキが言った瞬間、半猫半人の男たちはほっと安堵した顔つきになり、頭を下げて、アキヅキに礼を言うのであった。
その後、用は済んだとばかりに男たちはシュレイン邸を出て、乗ってきた箱馬車に乗り込み、雨の降り続ける中なのに出立してしまうのであった。
「やれやれですな。せっかく、身体だけでなく心も温めてもらうために、彼らの分まで夕食を準備させていたのに」
「爺やは本当に気が利くわね。どうせ、マタタビ酒をたらふく飲ませて、酔った勢いで、彼らの口から情報を引き出そうとしてたんでしょ?」
アキヅキの嫌味を含んだ言葉を受けて、バジル爺はいつも通り、口の端を少しだけあげるのであった。その笑顔を見て、アキヅキは思わず、ふふっと笑ってしまう。笑うことにより、沈んでいた気持ちが少しだけ浮き上がるアキヅキであった。
「さてと……。どうしたものかしら。わたしがゼーガン砦に赴けば、この屋敷の主は誰も居なくなってしまうわね」
「そうですな……。お嬢様の弟君をお呼びになりますかな?」
アキヅキには10も歳が離れた弟がいた。その弟はとある理由から父であるカゲツ=シュレインに疎まれていた。弟が物心ついたころには養子として、子を成せなかった男爵家夫婦の跡取りにと送りだされている。
(お母さまが亡くなってからもう5年以上も経っているのね……。お父さまは未だに根に持っているのかしら……)
「意地悪な回答ね? ったく、お父さまがそんなことを許すわけがないことを知っているでしょ?」
「それもそうですな……。しかし、ゼーガン砦の守備とはこれまた意地悪な感じがしますな?」
ゼーガン砦には、今、話題に上がっているアキヅキの父親であるカゲツ=シュレインが司令官として詰めていた。元々、シュレイン家は火の国:イズモの東に隣接したショウド国との国境にある砦のひとつの守備を任されている家なのだ。
守備と言っても、それは形式上のことである。ショウド国は150年も前に、ポメラニア帝国に屈服し、今は帝国の従属国と成り果てている。
それゆえに、ゼーガン砦並びに他の国境付近の砦は、ポメラニア帝国とショウド国との国交の窓口に過ぎないのであった。
そういう背景もあり、尚更、何故に騎士の階級であるアキヅキ自身がそこの守備に着任せよとメアリー帝から命じられたのかがほとほとにわからないアキヅキであった。
「もしかして、ポメラニア帝国の情勢不安定なのを良いことに、ショウド国が突然、攻めてきたりしてね?」
冗談交じりにアキヅキがそう言うと、さも可笑しそうにバジル爺が、ほっほっほっと声を出して笑うのであった。
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