ロスト・クォーツ・ダンジョン

ももちく

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第2章:シスター・フッド

第14話:コボルト

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 クォーツは身体が震えあがる。呼吸が浅くなり、身体の筋肉がだんだんと固くなる。

 目の前ではカイルやシュバルツたちが大量のコボルトと戦っている。

「シュバルツ! そいつを頼む!」

「任された!」

 玄室に剣戟の音が響き渡る。玄室の濁った空気を切り裂く音がまたひとつ鳴る。首級くびが飛ぶ。真っ赤な血をまき散らしながら。

 カイルが振るう真っ赤な刃がコボルトを斬る。傷口から炎が噴き出す。コボルトは石畳の上をのたうちまわる。焼けた匂いが玄室に充満する。

 その匂いが鼻に入ったクォーツは眩暈を覚える。

「うぅ……。ダメ、身体がうごかな……い」

「しっかり、しなさい! もう!」

 クォーツがその場でへたり込む。彼女を身を案じて、メアリーが彼女の前に立つ。メアリーは左手に長方形の盾を構える。

 メアリーが掲げた盾を粉砕してやろうとコボルトが突っ込んでくる。右手に持つ三日月刀シミターを力いっぱい振り下ろす。

「生意気なっ!」

 金属と金属がぶつかり合う音が響く。さらに擦れ合う音が聞こえた。メアリーは一歩前へと大きく踏み込んだ。次の瞬間、鈍重な音が盾によって生み出された。

「わぎゃーーーん!」

 下から盾をかちあげた。それと同時にコボルトの身体が宙を舞う。メアリーは立ち止まらない。柄に紋章が施された長剣ロング・ソードで滅多切りにする。

 宙を舞っていたコボルトは四肢を切断される。情けは無用とばかりに喉笛にロング・ソードの切っ先がめり込んでいく。

「ふんっ。コボルト如きがわらわの身体に傷をつけれるとは思わないことよ!」

 メアリーはクォーツの前に立つ。ロードらしく、仲間の盾となる。クォーツは彼女に感謝しつつ、懸命に身体に力を込める。

 しかし、クォーツの身体は彼女の意思を拒んだ。全身から冷や汗が噴き出る。立ち上がろうとすれば、余計に眩暈がひどくなる。

「ダメ……。私、戦えない……」

 どんどん体調が悪くなる。そこに追い打ちをかけるように血の匂いが鼻をくすぐる。胃の中から酸っぱい胃液が食道を駆け上ってくる。

 クォーツはゲホッ! と勢いよく胃液を口から吐き出す。黄色い液体がクォーツの白衣を汚す。

「無理をなさらずに。清浄の風よ。彼女の吐き気を癒しなさい」

 メアリーが軽く後ろを振り向いてきた。ロング・ソードの切っ先をクォーツに向ける。その切っ先の先端に白い光体が現れる。

 クォーツが一瞬、身構える。しかし、メアリーの顔には彼女を安心させようという慈愛の色が浮かんでいる。

 白い光体がふわふわとクォーツの身に当たる。その途端、嘘のように今までの気持ち悪さが飛んで行ってしまった。クォーツは目を丸くしてしまう。

「ありがとう、メアリー様」

「様付けはよして。メアリー。呼び捨てでお願いね?」

「ごめん、メアリー。改めてありがとう」

 クォーツはメアリーと目を合わせる。メアリーは妖艶さをわずかに表情に浮かべる。クォーツはどきりと鼓動が少しだけ跳ね上がる。

(美しい……)

 クォーツは素直な感想を抱いた。メアリーはクォーツに微笑んだ後、彼女に完全に背を向けた。そして、カイルたちの助太刀に行ってしまう。

 コボルトは何匹も石畳に倒れ伏していた。それでもまだまだ数多く残っている。

 メアリーが右手を振り上げた。素早く詠唱をおこなう。魔力がロング・ソードを通して、魔法へと変換される。

「神の天誅を喰らうのですわ!」

 その途端、玄室に聖なる光がまばゆく。玄室の天井付近から何本もの光柱が降り注ぐ。それらは正確無比にコボルトたちを斜め上から貫く。

「うぎゃーーーん!」

 コボルトたちが一斉に悲鳴をあげる。青白い炎が奴らの身を焼いた。だが、嫌な焦げた匂いは発しない。清浄な光がそれをさせなかった。

「メアリー。コボルト相手なのに『神の裁きバニッシュ』を使ったのね」

――神の裁きバニッシュ。ロードと僧侶が使える数少ない攻撃的白魔法。しかも多人数相手への一斉攻撃だ。

 この白魔法が使えるということはメアリーがロードのマスタークラスである証明でもあった。

「メアリーに無理をさせすぎちゃってる。私が戦えないから! 私はくじけない!」

 メアリーの回復魔法によって、体調はかなり良くなっていた。身体が動く。呼吸は正常だ。指先の震えが収まっている。

 クォーツはゆっくりと立ち上がる。彼女の目には戦う意思が宿っていた。

 クォーツは両手を前へと突き出す。詠唱をおこなう。玄室におごそかに彼女の声が響き渡る。

「麻痺の雷竜! 敵を痺れさせて!」

 クォーツが魔法を発動させる。残りのコボルトたちに横殴りに細い雷が駆け巡る。黄色く細長い雷竜がコボルトの身を貫通しながら駆け巡る。

「ぴぎいいいい!」

 コボルトたちは三日月刀シミターを振り上げた格好で麻痺した。必死に足掻く。それでも身体は動かせない。

「よくやった、クォーツ!」

 シュバルツがクォーツへと声をかけてくれる。クォーツは汗で身体をびっしょりと濡らしながらも、サムズアップした。

 シュバルツがクォーツにコクリと頷いてきた。彼はその後、クォーツから視線を外す。彼女は安堵を覚え、その場でへたり込んだ。

(麻痺の雷竜がキレイに決まった。私、やれたんだ……。よかった……)

 クォーツは石畳みに尻をつけながら、カイルたちの戦いを見守った……。

◆ ◆ ◆

「お疲れさまです。皆様方、ティータイムです」

 戦闘後、メイドのロビンがカイルたちにハーブティを振舞う。

 彼女はテーブルを用意する。そのテーブルの上にティーカップを並べた。手際よく、ティーポットからティーカップへ黄緑色の液体を注ぐ。

 洗練されたメイドの動きであった。カイルたちはぞくぞくとテーブルへと近づいてくる。ロビンが順にティーカップを手渡していく。

 魔力が回復する特殊な香草ハーブの匂いが心地よく彼らの鼻をくすぐる。

「ありがとう、ロビンさん」

「いえ。これがメイドの仕事ですので」

 カイルがロビンに礼を言うとロビンは軽く会釈をした。カイルがティーカップに口をつけると同時に顔から緊張感が消えた。

 それをしっかり確認した後、ロビンは赤縁あかぶちのメガネを指先で位置調整する。

 次にロビンは未だに立ち上がれないクォーツの下へと進む。その手にティーカップを持ってだ。ロビンは膝を折り曲げて、そっとティーカップを彼女へと差し出す。

「ありがとう。すっごく良い匂い」

「王城の香草ハーブ畑で特別に栽培しているものです」

「へえ……。それって国民の血税で栽培したもの?」

 ロビンはクォーツの軽口を耳に入れる。しばし考え込む。なんと返せばいいのか考える。

「血税ですが、血の味はしません。メアリー様に誓って、そう言えます」

 それを受けて、クォーツが「ぷふっ」と噴き出す。少々、お堅い言い方になったが、良い返しになったとロビンは満足する。

 ハーブティを配り終えたロビンがテーブルの方へと移動した。そこでメモ帳を左手に。ペンを右手に持つ。サササッと走り書きをおこなう。

(メアリー様がクォーツ様を手助けするとは。ここはカイル様がクォーツ様にそっと優しく手を差し出した。そして彼女を力強く抱きかかえたとしましょう)

 ロビンはメアリーからクォーツとカイルの仲をつぶさにメモしておきなさいと命令されていた。その際、装飾をして良いと言われた。

 事実を列挙したところで、物語が面白くなるわけではない。やはり文章には装飾が必要だ。

 過度すぎると鼻につく文章になる。ロビンは書き直しをおこなう。

(この部分は過剰表現すぎます。二重線で消しておきましょう)

 塩梅を調整しながら、登場人物を入れ替えたりして、今のコボルトの戦闘における、クォーツとカイルの冒険譚を書き連ねていく。

 メモ帳の1ページを文字で埋めたロビンは満足げな表情となる。

(メアリー様が喜ばれるものが書けたという自負があります)

 ロビンはパタンとメモ帳を閉じる。それを何もない空間の奥へとしまい込む。

 そして、撮影係としての仕事に戻る。彼女が持つ撮影用の魔導器はクォーツを中心に据えた。

 この場の状況を円形闘技場のスクリーンへと映像として送り出した……。
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