英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

03 一党からの追放

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 これは、旅の一幕を終えた勇者一党が王城に呼集された時の話だ。

「――今日はよく集まってくれた」

 胸を張った将官の声が響くその場所は、心に一抹の不安を植え付ける。

 金の装飾が施された柱が幾本も等間隔に立ち並んで、見上げると無限に続いているのかと紛うような白い天井を支えている。

 少し上に目を向ければ、硝子が外部の光を取り込み、影を一切合切取り除くように空間全体に白光を重ね塗りをしていた。

 その窓の下には人が一人歩けそうな通路が伸び、下部には留め具が壁に打ち付けられ、そこから王国の旗が垂れ幕として吊るされている。

 自然光を意識した造り。
 天井から吊るされている光源こそあるが、星のように輝く白亜の床に反射しても眩しく感じない程の光量で抑えられていた。

「――集まってもらったのは他でもない。君たちを労うためだ」

 ここは――白亜の空間――王城の玉座の間。

 空間を彩る細部にまで徹底された装飾は、荘厳さを損ねずにこの空間の品質を高めようとする絢爛さを放っている。

 踏み入る資格を問う存在感は、ある種の重圧となってその空間に滞在し、【気高い】という言葉が相応しいほどの威光を宿す。

 しかし、唯一、その空間に相応しくない要素が足されていた。

「──……」

 ズラリと完全装備の王国兵を絨毯横に立ち並ばせているのだ。弾劾裁判でも初めるのかと思えるほどの圧力を感じさせる。

 だが、そうしなければならない理由があるのだ。


「あぁ、そうだ……。労う前に……少しばかり事務的な話をせねばならん。何名かには先に話を通してはいるのだが……」


 将官の目下にいるのは、モスカ、ルートス、ヴァンド、エレ。

 絨毯上に片膝を落として頭を垂れている彼らは、確かに悪に立ちむかう精鋭であり、


「その話は直接……国王陛下がお話するとのことだ。よく聞きたまえ」


 粘着質に思える忠告の後、ちょび髭の将官は上を仰ぎ見た。

「…………」

 四人が跪いている場所から浅い階段を上った先の玉座に鎮座している……老衰してもなお重々たる風格を備えた人物。
 国王は、全員の視線を集めて――ゆっくりと、口を開いた。



「ディエス・エレを、勇者一党から追放する」



 その降り注いだ言葉に、ヴァンドはヘルムを動かした。

「なっ……んでですか! エレは」

「――口を慎め。冒険者」

「ですが!」

 ヴァンドはモスカとルートスの方を見て、歯を噛みしめた。二人は瞑目し、口を開かない。

「お前らッ!! まさか、エレを追放するって話……受けた訳じゃあないだろ? ちゃんと、反対したんだよな?」

「静かにしろ。王の御前だ」

「答えろよ!! なんで、こんな馬鹿げた提案を通した!!」

「──それ以上勝手な行動をすれば、兵を動かす」

 王の傍に備えている将官の言葉で、ヴァンドの勢いが止まる。兵を相手にここで暴れることなどできるわけがない。

「……っ」
 
 湧き上がる感情を必死に抑え込もうとするヴァンドへ王が問いかけた。

「ヴァンド。何かあるのかい? 聞かせてくれ」

「陛下! それは──」

 将官の静止を手を動かして諌める。

「良いではないか。意見は貴重なものだ」

 単純に……そう、至って単純にヴァンドの意見を聞こうとしている。

「――……!」

 だからこそ、ヴァンドに今まで感じたことのない緊張が走った。

「どうした? ヴァンド。君の意見を聞かせてくれないか」

 身分が違う。
 有する権力が違う。
 経歴が違う。

 そんな彼が――王様が――絶対的な強者が意見を……平民上がりの無骨者の陳情をくみ取ろうとしているのだ。

 発言を違えば、すぐに殺そうとしてくるだろう。
 ここの国を治める王は……そういう人物なのだ。

「――──」

 声が出ない。

 発言をしたことを今ながら後悔をし始めた。

 そうだ、これはヴァンドのことではない。
 エレが追放をされるという話だ。
 だから、無理をして言う必要もヴァンドにはない。

 床についている膝が、体が、喉が震える中、ヴァンドはエレの方を見つめた。

「…………」

 何かを期待をしていた訳ではない。
 彼に救いを求めていた訳ではない。

 小さな体だ。
 傷だらけで、他三人が立派な装備を付けているというのに、装備を揃える出費の帳尻を合わせるかのように装備を付けていない。

 眉下辺りまで伸びる黒髪は綺麗に揃えられているが、それ以外は常にボロボロ。

(こんなに小さく、傷だらけの体に責任を乗せて、戦わせて……追放をする、だって?)

 ギリッと歯を噛み合わせる。

(感謝を込めて前線から退け、ならばまだわかるが【追放】だと?)

 湧き出る気持ちを新たに、グッと喉にへばりついていた感情を言語化しようと口を開いた。



「エレ、は……優秀です」



 そう言葉を発せれば、通りの良くなった喉はいくつもの言葉を流し出してくれた。将官の目つきが不快なものをみるように細められたが、ヴァンドは王だけに目線を合わせた。

「偵察……威力偵察もこの王国の誰よりも秀でています。前線の押し上げ方、場を支配する能力……それに、体の頑丈さも。魔王を倒すべく出立したその日から、これまででエレに何度も助けられました」

 上手く考えがまとまっていない。
 喉が渇く。
 瞼がパチパチと痙攣をし始めた。
 精神的負担ストレスが体にかかっているのだろう。

 だが、どうでもよいことだ。

 今必要なのは――この勇者一党に必要な人材は、エレだ。

「事実、魔族の撃退数は多く。何より、他の我々が倒せなかった個体……例えば、東の森の深奥の館。沼地に住まう魔族であった、奇っ怪な術を使う唱喝の詩人ムシクスを単独で撃破をしたのはエレです!」

「……ほぉ?」

「我々三人はその魔族相手に敗走をしました……! しかし、エレが単独で倒したのです。一人で魔族を倒せれる力こそ、まさに勇者の鉾たる器だと言えませんか!?」

 王は興味深そうに顎髭を撫でる。

「報告と些か齟齬があるが……モスカ。どうなんだ?」

 話を振られ、今まで頭を下げて無言。かつ不動の姿勢を貫いていたモスカはゆっくりと頭を上げた。

「妄言でしょう。あの魔族は、報告した通り、

 言い切った勇者を見るヴァンドの表情が歪む。

「おまえ……っ、なにを言って」

「幻術を使って油断を誘い、《ことば》で敵を撹乱する、場面制圧に長けた難敵。ですが、それだけです」

「モスカ!! おまえ、虚偽の報告を――」

「ヴァンド。同じ冒険者だから肩入れしたい気持ちもわかる。が、有りもしない話をでっち上げるのは止せ。王の御前だ」

 冷静に対処され、ヴァンドに焦りと後悔が浮かぶ。

 どちらが本当のことを言っているか、その様子を見れば検討が着いてしまう。

 声を荒らげ、冷静をかく平民上がりの男か。
 冷静に報告通りであると言い切る勇者か。

 それは、あまりにも、明白だ。

「そうであったか。いや、良い。仲間を大事にしたいと考える気持ちは必要なものぞ」

 話の流れが完全に帰着しそうな雰囲気を感じ取り、ヴァンドは手に汗を滲ませた。

 違う。そうじゃない。
 信じてください。
 エレは――こいつは、優秀で。
 冒険者の時代から知ってるんです。
 エレは、強くて、無骨者の中でも光る逸材で。
 小柄な体躯で、誰よりも早く階級を駆けのぼった天才で。
 エレの代わりなんて誰もいないと断言できるんです――……。
 
 それらの言葉が、喉から出てこない。

「……実を言うと、わしも、つらいのだ。
 『選ばれなかった者ノンエストレクト』を追放するのは……反対も多くあった。
 神から授かった異能を持っているキミが、優秀だということは私も知っている。
 それこそ、ヴァンドのいう通りなのだろう。
 これは、本当に、心苦しいことだ。なぁ、モスカ」

「そうですね。私としても、本当に辛いです」

 ……あの日、確かにエレは三人に向けて言ったではないか。

 唄を放つ瞬間に口を閉ざして魔法を中断させて殺した、と。
 確かにモスカは確認したではないか、エレの傷が増えていたことを。

「……」

 そう考えて、ヴァンドは気づいた。


 ――それを証明できるものがない。
 

 モスカやヴァンドはルートスの転移の《ことば》によって、強制的に場所を移していた。

 あの魔族、唱喝の詩人ムシクスとエレが一騎打ちをしたのだ。

 だから、自滅していたとしても殺したとしても――そもそも、転移をしていたことさえ、嘘で塗り固めて「俺達が殺した」という偽りの事実をでっちあげることが出来るのだ。

 情報が、
 環境が、
 世界が、

 すべて、エレにとって不利な状況になっていると気づく。

「しかし、今回の魔王討伐の旅が失敗に終わった責任はディエス・エレ。君にあるらしいじゃないか。話を聞く所によると……とか」

 彼らは旅の失敗理由の全てをエレ一人に負わせるつもりなのだ。
 だが、もう、誰もその醜い演劇を止めることはできない。
 これは既に決定づけられたことなのだ。
 ヴァンド一人の力では、敵うわけがない。

「追放で留めることにした陛下の恩赦に感謝をしろ、平民」

 将官が睨むようにエレに目をやる。
 
「いやいや、良いのだ。勇者のためにその身を削ってくれたのは事実。頑張ってもらったのは、皆が知っているよ」

 国王が将官を宥める。

「なぁ? ヴァンド君も、そう思うだろう?」

 酷い演劇を眺めるしかできない自分の不甲斐なさに心底腹が立つ。
 不快感を押し殺すのでやっとだ。

「…………はい、本当に、そう思います」

 ヴァンドは怒りで震えながら、それを悟られないように頭を下げた。
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