4 / 68
第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
03 一党からの追放
しおりを挟むこれは、旅の一幕を終えた勇者一党が王城に呼集された時の話だ。
「――今日はよく集まってくれた」
胸を張った将官の声が響くその場所は、心に一抹の不安を植え付ける。
金の装飾が施された柱が幾本も等間隔に立ち並んで、見上げると無限に続いているのかと紛うような白い天井を支えている。
少し上に目を向ければ、硝子が外部の光を取り込み、影を一切合切取り除くように空間全体に白光を重ね塗りをしていた。
その窓の下には人が一人歩けそうな通路が伸び、下部には留め具が壁に打ち付けられ、そこから王国の旗が垂れ幕として吊るされている。
自然光を意識した造り。
天井から吊るされている光源こそあるが、星のように輝く白亜の床に反射しても眩しく感じない程の光量で抑えられていた。
「――集まってもらったのは他でもない。君たちを労うためだ」
ここは――白亜の空間――王城の玉座の間。
空間を彩る細部にまで徹底された装飾は、荘厳さを損ねずにこの空間の品質を高めようとする絢爛さを放っている。
踏み入る資格を問う存在感は、ある種の重圧となってその空間に滞在し、【気高い】という言葉が相応しいほどの威光を宿す。
しかし、唯一、その空間に相応しくない要素が足されていた。
「──……」
ズラリと完全装備の王国兵を絨毯横に立ち並ばせているのだ。弾劾裁判でも初めるのかと思えるほどの圧力を感じさせる。
だが、そうしなければならない理由があるのだ。
「あぁ、そうだ……。労う前に……少しばかり事務的な話をせねばならん。何名かには先に話を通してはいるのだが……」
将官の目下にいるのは、モスカ、ルートス、ヴァンド、エレ。
絨毯上に片膝を落として頭を垂れている彼らは、確かに悪に立ちむかう精鋭であり、人類の希望だった。
「その話は直接……国王陛下がお話するとのことだ。よく聞きたまえ」
粘着質に思える忠告の後、ちょび髭の将官は上を仰ぎ見た。
「…………」
四人が跪いている場所から浅い階段を上った先の玉座に鎮座している……老衰してもなお重々たる風格を備えた人物。
国王は、全員の視線を集めて――ゆっくりと、口を開いた。
「ディエス・エレを、勇者一党から追放する」
その降り注いだ言葉に、ヴァンドはヘルムを動かした。
「なっ……んでですか! エレは」
「――口を慎め。冒険者」
「ですが!」
ヴァンドはモスカとルートスの方を見て、歯を噛みしめた。二人は瞑目し、口を開かない。
「お前らッ!! まさか、エレを追放するって話……受けた訳じゃあないだろ? ちゃんと、反対したんだよな?」
「静かにしろ。王の御前だ」
「答えろよ!! なんで、こんな馬鹿げた提案を通した!!」
「──それ以上勝手な行動をすれば、兵を動かす」
王の傍に備えている将官の言葉で、ヴァンドの勢いが止まる。兵を相手にここで暴れることなどできるわけがない。
「……っ」
湧き上がる感情を必死に抑え込もうとするヴァンドへ王が問いかけた。
「ヴァンド。何かあるのかい? 聞かせてくれ」
「陛下! それは──」
将官の静止を手を動かして諌める。
「良いではないか。意見は貴重なものだ」
単純に……そう、至って単純にヴァンドの意見を聞こうとしている。
「――……!」
だからこそ、ヴァンドに今まで感じたことのない緊張が走った。
「どうした? ヴァンド。君の意見を聞かせてくれないか」
身分が違う。
有する権力が違う。
経歴が違う。
そんな彼が――王様が――絶対的な強者が意見を……平民上がりの無骨者の陳情をくみ取ろうとしているのだ。
発言を違えば、すぐに殺そうとしてくるだろう。
ここの国を治める王は……そういう人物なのだ。
「――──」
声が出ない。
発言をしたことを今ながら後悔をし始めた。
そうだ、これはヴァンドのことではない。
エレが追放をされるという話だ。
だから、無理をして言う必要もヴァンドにはない。
床についている膝が、体が、喉が震える中、ヴァンドはエレの方を見つめた。
「…………」
何かを期待をしていた訳ではない。
彼に救いを求めていた訳ではない。
小さな体だ。
傷だらけで、他三人が立派な装備を付けているというのに、装備を揃える出費の帳尻を合わせるかのように装備を付けていない。
眉下辺りまで伸びる黒髪は綺麗に揃えられているが、それ以外は常にボロボロ。
(こんなに小さく、傷だらけの体に責任を乗せて、戦わせて……追放をする、だって?)
ギリッと歯を噛み合わせる。
(感謝を込めて前線から退け、ならばまだわかるが【追放】だと?)
湧き出る気持ちを新たに、グッと喉にへばりついていた感情を言語化しようと口を開いた。
「エレ、は……優秀です」
そう言葉を発せれば、通りの良くなった喉はいくつもの言葉を流し出してくれた。将官の目つきが不快なものをみるように細められたが、ヴァンドは王だけに目線を合わせた。
「偵察……威力偵察もこの王国の誰よりも秀でています。前線の押し上げ方、場を支配する能力……それに、体の頑丈さも。魔王を倒すべく出立したその日から、これまででエレに何度も助けられました」
上手く考えがまとまっていない。
喉が渇く。
瞼がパチパチと痙攣をし始めた。
精神的負担が体にかかっているのだろう。
だが、どうでもよいことだ。
今必要なのは――この勇者一党に必要な人材は、エレだ。
「事実、魔族の撃退数は多く。何より、他の我々が倒せなかった個体……例えば、東の森の深奥の館。沼地に住まう魔族であった、奇っ怪な術を使う唱喝の詩人を単独で撃破をしたのはエレです!」
「……ほぉ?」
「我々三人はその魔族相手に敗走をしました……! しかし、エレが単独で倒したのです。一人で魔族を倒せれる力こそ、まさに勇者の鉾たる器だと言えませんか!?」
王は興味深そうに顎髭を撫でる。
「報告と些か齟齬があるが……モスカ。どうなんだ?」
話を振られ、今まで頭を下げて無言。かつ不動の姿勢を貫いていたモスカはゆっくりと頭を上げた。
「妄言でしょう。あの魔族は、報告した通り、自身のことばを用いる魔法で自爆をしました」
言い切った勇者を見るヴァンドの表情が歪む。
「おまえ……っ、なにを言って」
「幻術を使って油断を誘い、《ことば》で敵を撹乱する、場面制圧に長けた難敵。ですが、それだけです」
「モスカ!! おまえ、虚偽の報告を――」
「ヴァンド。同じ冒険者だから肩入れしたい気持ちもわかる。が、有りもしない話をでっち上げるのは止せ。王の御前だ」
冷静に対処され、ヴァンドに焦りと後悔が浮かぶ。
どちらが本当のことを言っているか、その様子を見れば検討が着いてしまう。
声を荒らげ、冷静をかく平民上がりの男か。
冷静に報告通りであると言い切る勇者か。
それは、あまりにも、明白だ。
「そうであったか。いや、良い。仲間を大事にしたいと考える気持ちは必要なものぞ」
話の流れが完全に帰着しそうな雰囲気を感じ取り、ヴァンドは手に汗を滲ませた。
違う。そうじゃない。
信じてください。
エレは――こいつは、優秀で。
冒険者の時代から知ってるんです。
エレは、強くて、無骨者の中でも光る逸材で。
小柄な体躯で、誰よりも早く階級を駆けのぼった天才で。
エレの代わりなんて誰もいないと断言できるんです――……。
それらの言葉が、喉から出てこない。
「……実を言うと、わしも、つらいのだ。
『選ばれなかった者』を追放するのは……反対も多くあった。
神から授かった異能を持っているキミが、優秀だということは私も知っている。
それこそ、ヴァンドのいう通りなのだろう。
これは、本当に、心苦しいことだ。なぁ、モスカ」
「そうですね。私としても、本当に辛いです」
……あの日、確かにエレは三人に向けて言ったではないか。
唄を放つ瞬間に口を閉ざして魔法を中断させて殺した、と。
確かにモスカは確認したではないか、エレの傷が増えていたことを。
「……」
そう考えて、ヴァンドは気づいた。
――それを証明できるものがない。
モスカやヴァンドはルートスの転移の《ことば》によって、強制的に場所を移していた。
あの魔族、唱喝の詩人とエレが一騎打ちをしたのだ。
だから、自滅していたとしても殺したとしても――そもそも、転移をしていたことさえ、嘘で塗り固めて「俺達が殺した」という偽りの事実をでっちあげることが出来るのだ。
情報が、
環境が、
世界が、
すべて、エレにとって不利な状況になっていると気づく。
「しかし、今回の魔王討伐の旅が失敗に終わった責任はディエス・エレ。君にあるらしいじゃないか。話を聞く所によると……魔王に止めを刺さなかったとか」
彼らは旅の失敗理由の全てをエレ一人に負わせるつもりなのだ。
だが、もう、誰もその醜い演劇を止めることはできない。
これは既に決定づけられたことなのだ。
ヴァンド一人の力では、敵うわけがない。
「追放で留めることにした陛下の恩赦に感謝をしろ、平民」
将官が睨むようにエレに目をやる。
「いやいや、良いのだ。勇者のためにその身を削ってくれたのは事実。頑張ってもらったのは、皆が知っているよ」
国王が将官を宥める。
「なぁ? ヴァンド君も、そう思うだろう?」
酷い演劇を眺めるしかできない自分の不甲斐なさに心底腹が立つ。
不快感を押し殺すのでやっとだ。
「…………はい、本当に、そう思います」
ヴァンドは怒りで震えながら、それを悟られないように頭を下げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる