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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
04 これが労いらしい
しおりを挟む王城に招集された同日。城内の広間にて『勇者が帰還した』という祝賀会が開かれた。
モスカは勇者であるため当然参加。ヴァンド、ルートスの二名は勇者一党に続投として参加を命じられた。
そして、先刻に追放を言い渡されたディエス・エレについても国王が「労いをするためだ。君も参加したまえ」と優しく肩をたたき、参加をさせられている。
が、どうみても、笑いものにするために呼ばれたとしか思えない。
三人が衣類を用意されていたのにも関わらず、エレだけが呼ばれた時のままの姿で参加をさせられている。
「…………」
王城の広間。四角形の吹き抜けのその場所の中央には王様の逞しい石像が堂々と立っている。その端、日陰となっている場所にも簡易的な洋卓が用意されていて、そこでは王都内にいる貴族らがグラスを片手に盛り上がっていた。
それらを横目に見える位置の石柱にエレはもたれかかっていた。
「……はぁ」
ひそひそ、と話し声が聞こえてくる。
エレに聞こえるような声で囁かれる言葉は心のない声ばかりだ。
「なんだあの者は……誰が呼んだ?」「平民が紛れ込んでいるが」「アレは勇者様の付き人らしい」「あの者が? その割にはみずぼらしい格好をしているが」「先程聞いたが、勇者一党から追放されたらしいぞ」「ならば、何故ここにいるんだ?」「帰り方でも忘れたのだろう」「それとも……自分が祝われる側だと思っているのか?」
(思ってるわけねぇだろ)
悟られぬようにエレはため息を着く。
帰ってもいいなら帰るが、この大陸においての国王というのは逆らってはならない立ち位置にいる。
エレはちら、と勇者一党と共にグラスをあわせている国王を見やる。
(元、武人。……龍の首を落とした英雄の王……)
年齢を重ねているというのに、その風格は今もなお健在。ヴァンドと並んでも劣らない。
そうエレが見ていると、近くを通りかかった人物がよろめいた。咄嗟に避けようとしたのだが、
──バシャリ。
「おおっと……」
ぽた、ぽた、と髪から滴る液体。
キレイにグラスに波々に注がれた黄金の麻痺毒をぶちまけられたのだ。
グラスが足先に当たり、こつん、と小さな音を立てる。
「すまんな。そんな場所に立っているとは思ってもみなんだ」
わざとらしく躓いたというのに悪びれもなくしているその将官は、小綺麗に整えているちょび髭をクイと直し、地面にハンカチを落とした。
「これで拭くと良い。あぁ、返さなくても良い。平民なんぞに使われた物など触れたくもないのでな」
「…………」
「ふんっ……声もでんか。そんな様子だから、勇者様の足を引っ張ったのではないか? なぁ?」
無反応のエレを面白くないとして、貴族たちの方に歩いていく将官。一連の流れを笑う貴族たち。
まるで、人間の嫌な所を寄せ集めたような場所だ。
「アイツ……!!」
「どうした、ヴァンド? 酒が好きと聞いていたんだが? あまり進んでいないではないか」
「あ、いえ……酒は……いまは気分ではなく──」
遠くで見ていたヴァンドが睨んでいるが、うまい具合に国王に制されている。
優しそうな顔をして、腹が黒い。
(帰りてぇな……)
そうしていると、貴族たちがざわざわと集まり出した。
「──お集まりの皆様がた。しばし、お時間を頂きたいがよろしいか?」
どうやら国王様から有り難い言葉があるようだ。
にこりと笑っている国王は紹介をするように、勇者一党を横に並べさせた。
「本日のメインゲストは私ではなく、勇者であるモスカ。そしてその付き人であるルートスとヴァンドだ。皆もよく知っていると思うが、今一度、彼らの華々しい功績を紹介したい。まずは──」
目配せをすると、ルートスが一歩前に歩み出る。
「彼女はルートス。塔の魔法使いであり、勇者の旅を補助をする仕事をしながらも、明るき未来のために《ことば》の研究と戦闘の記録を正しく刻んでくれている。彼女の研究や叙事の保管は我々が魔王に打ち勝つために必要なピースの一つだ。叙事の保管については今までの歴代の勇者のものと比べて、その量ははるかに多く、詳細にまとめられている。魔族に対する情報や魔王領土に対する地理的な情報に至るまで……。そして、それらはいつか、次世代の子どもたちへの教本や、戦う戦士たちの知識となり、未来を形作っていく。情報はどんな武器にも優る力となり得るのだ! 彼女の多大なる貢献に、我々は感謝をしなければなるまい」
国王の言葉を聞き入り、貴族たちからは拍手が飛ぶ。
ルートスも笑みを浮かべる。次はヴァンドの番らしい。
「紹介しよう。ヴァンドだ。彼は冒険者で、この大陸に五人しかいない蒼銀等級まで上り詰めた英雄だ。この服の上からも分かる鍛え抜かれた体は、正に勇者を守る盾として十分たる素質を持ち合わせていると言える。そして、後に紹介する勇者の鎧に傷が一つしか着いていない理由は、彼が盾として機能をしていた証明だ。その能力の高さは切り株の村の出身からくるものなのか。いやはや興味深い。ご存知かもしらんが、切り株の村といえば三英雄の一人と同じ出自なのだ。まぁ、ヴァンドの働きは三英雄にも匹敵……いや、超えるだろうと思えるがな、はっはっはっ! 彼がいなくば、此度の旅はどうなっていたか。考えるのも恐ろしい。確固たる地盤として勇者を支えた彼にも、我々は感謝をするべきだ」
拍手が起こるが、ルートスの時よりは控えめだ。男ということもあるだろうが、平民というのがやはり大きい。ヴァンド自身が陰鬱とした顔を隠しきれていないのも関係があるだろう。
ルートスの功績やモスカの功績を語っていった後、モスカが一歩前に出る。
「もはや紹介するまでもないが、第十八代目勇者にして、人類史が始まってから初めて帰還した勇者であるモスカ・オルト・アンブレラだ。今までの勇者の歴史のすべてを足しても彼の功績には届かないだろう。それほどまでに素晴らしい武勲を打ち立ててくれた。倒した魔族を紹介すると何日あっても足りない。もはや誰も疑うことのない、歴代最高の勇者だ。モスカのちからは魔王の首に届いていた。だが、その足を引っ張られて、モスカはその身に傷を負い、帰還せざるを得なくなったのだ。これは嘆かわしい事態だ。……が、彼は生きている。その武器が再び魔王の首に届くことを私は信じている。まずは、彼の無事の帰還を祝おうではないか」
今までで一番大きな拍手が届いた。顔にほほえみだけを残し、モスカは周囲を一瞥する。
その歓声に応えるように体の向きを変え、頭を下げ──エレを見つけて、口角を緩やかに上げた。
「……この三名は英雄と呼ぶのに相応しい力を見せてくれた。そして、その英雄の一人を代表して……モスカ。君に、スピーチを頼みたい」
国王がその場所をモスカに譲ると、拍手が再びモスカを包んだ。
ようやっと鳴り止んだ拍手の後の静寂を堪能するようにモスカはゆっくりと口を開く。
「本日は私の帰還を祝っていただき、ありがとうございます。早速スピーチをさせていただきたいのですが……どうやら、この場所に相応しく無い者が混じっているようですので……その方にはご退場をしていただきたい」
モスカの目線はエレを捉える。その目線を追い、貴族たちの視線もエレに集まっていく。
「どうしましたか? 迷子でしょうか。この場所は勇者一党の帰還を祝う場所ですので、関係がない方はお帰りを願いたいのですが……」
ルートスがくす、と笑い、ヴァンドは歯を噛み締めている。
事情を知っている貴族らも笑みを浮かべる中、モスカは「あぁ!」となにか分かったような声色で。
「帰り道が分からないのであれば、そこの階段を降りていけば城門に着くことが出来ますよ。申し訳ありませんが、お帰りください。それとも……なにかございますか?」
ニコリを笑うモスカの顔の裏には彼の性格の悪さがべったりと張り付いている。
「…………」
エレは一度、瞑目して、控えめに笑った。
「いえ、どうやら、道に迷っていたようです。お邪魔をしてすみませんでした」
「そうでしたか。もっと早くお伝えすればよかったのですが、最初は私の知らない英雄様かと思っていたんです」
ですが、と声を紡ぎ、あくまでも知らないという体のままで。
「……あなたのような英雄様は聞いたことがありませんし、そのようなボロボロな体ではなれる訳もない。……いやはや、私の気の所為で、あなたにもご迷惑をかけてしまって申し訳ございません」
それはエレにとって、最も屈辱的な言葉だとヴァンドは知っている。
英雄に強く焦がれていたエレの目の前で、エレ以外の仲間たちが英雄と呼ばれ、自分はなれない、と。
しかしながら、エレの顔は変わらない。
「勇者様たちの無事の帰還をわたしも心からうれしく思います。それでは──」
まるで本当にモスカに感謝をしているような顔で、その場を後にする。
しかし、段々と歩行速度を早めたのは、堪えきれずに漏れてから広がっていた貴族らの笑い声だろう。
「モスカ……オマエ、やりすぎだぞ……!! エレに後で頭を下げに──」
「何を言う。あのようなボロボロな体で、何ができるというのだ。俺たちができる最大限の称賛は、アイツに期待を持たせないことだろう」
笑い声の中、ヴァンドの忠告を無視してモスカは貴族らの笑い声に混ざっていった。
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