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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
08 最悪の朝
しおりを挟む静まり返った神殿内の席立ち並ぶそこは人に溢れていた。皆が口々に勇者候補の名前を上げていっている。
やはり有力な候補は三英雄という声が大きい。
紅髪の剣聖。金髪の聖女。翠髪の賢者。
それに並ぶ形で人気なのは最前席で座っている神殿の子である彼らだった。
十歳に満たない子どもたちの持つ力は、人智をはるかに超えているという噂。
五人が五人とも『異能』を各々が持っている。今後に最も期待をされている者たちだと。
勇者の激動の運命に耐えうる器にするため、神が力を授けたと言われているのだ。誰かが選ばれるだろうと皆が思っていた。
「わ」
誰かが口にした変化。
空気が澄んできた。
祈りを捧げる高位神官が、ゆっくりと体勢を持ち上げた。
その動きに、その場にいる全員の視線が集まる。
「誰が選ばれるんだろうね」
長い赤髪を揺らして、長女が皆に疑問を投げた。
「そりゃあオレさ。じゃなきゃ、見る目がねぇな」
白髪の長男が鼻を大きく膨らませる。
「ワタシかなぁ。だって、一番みんなのこと大好きだし」
桃髪の次女は足をプラプラさせて、天井から何か振ってこないかと顔を持ち上げている。
「神様は長い間考えてたんだ。ちゃんと選ぶだろ」
黒髪の次男は興味が無さそうに。でも、真っすぐと前を向いて手を足の間で組んでいる。
「ぼくがなったら、みんなついてきてくれる……? だったら、嬉しいんだけど」
こげ茶髪の三女は、へへへ、と照れながらそう言った。
「だーれが行くか。オレは誰にもつかない。お前らもそうだろ?」
「エレとならいいけど、アンタとはいかなーい」
桃髪の次女が白髪の長男を小馬鹿にするように笑う。
「でも、みんながいたら……心強いな」
三女は寂しそうに口を噤む。長男は溜息をついた。
勇者に選ばれても十歳にもならない彼らだ。選ばれなかった者以外は神殿を巣立つのには早すぎる。だからこそ、選ばれた時のことを思うと不安なのだろうが。
「たったいま――」
高位神官の言葉で、皆の注目が一つに集まる。
子どもらも話を止めて、姿勢を正した。
「秩序の神からの『ことば』が降りました。次代の勇者に相応しい者を選別した、と」
期待が膨らむ。
皆が、自分が選ばれると期待した。
「…………」
その時、高位神官は『神殿の子』に伏せ気味だった目を向けた。
エレと目が合う。
──わ。
本来、ここで目が合った場合、ほぼ確定。
やった、と喜ぶべきところだ。
しかし、
――あれ。
その目の持つ意味は違う気がした。
あの目は、憐れな者を見るような目だ。
膨らんでいた期待に、一縷の困惑が差し込む。
動揺。
そして、思い出した。
「……お集まりのみなさま」
エレは高位神官を見つめながら、唇を噛みしめ、真っ白な神官衣に皺を作った。
……『神託』を受ける。
それは神の言葉を直接聞き、使命を受けることだと。
魔王を倒す者を神が選別する儀式。
聖典によると――勇者に選ばれた者は、眩い光に包まれ、その光の中で神託を得る、と書かれてあった。
どれも、勉強したこと。
それは他四人の子どもたちも例外ではない。
だから、そうだ。
「『神託』が降りた者は、この場にはいません」
ここ、神殿内で眩い光に包まれた者はいない。
五人の子どもは、絶望をした。
散々、持ち上げられ、最後の最後で手を離された。
表彰台に上り、絶賛と激励を浴びる準備が整っていたというのに……。
神殿内にいた記者たちは走り出す。
神官が静止する声が響く。
神殿はもはや騒然となっていた。
それでも、五人の子どもたちはその場からしばらく動けなかった。
後日。
秩序の神によって勇者が選ばれたと、正式に報じられた。
それは、王家に仕える男性だったという。
────五人は、勇者に選ばれなかった。
あの日から、耳の中にずっと雨音が聞こえて止まない。
チュンチュンッ。
チュンッ?
チュンッ!
「………………」
なんとも元気な小鳥の囀りが、カーテンの隙間から差し込む日光を連れて飛び込んできた。
「…………あぁ、最悪の朝だ」
なんで、今更昔の記憶を思い出すのか。
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