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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

09 小鳥のさえずり

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 昨日の記憶が曖昧だ。ヴァンドの酒精に中てられたか?
 変な神官に襲われて……そうか、放ったらかしにして家に帰ってきたのか。
 寝台の上で体を伸ばし、関節が伸ばされて──古傷がジクと痛む。

「んっ……あぁ……最近は、見なかったのにな……」
 
 もう少し寝たかった。手汗が気持ち悪いぐらいかいてる。悪夢とやらは本当に敵わない。
 体はまだ寝たがっている。が、日光も小鳥のさえずりも寝させてくれない。
 日光とやらを掴めるのならば、腹いせに掴みかかって沼に沈めているところだ。

「……──!?」

 その時、窓掛の向こう側にチラと見えた『ナニカ』。
 がばっと身を起こして、窓掛を全開にして――日光に耐えられずにびしゃぁと閉めた。

「…………? しろい、たぬき?」

 髪の毛をくしゃくしゃとして、座ったまま目を瞑った。

「見間違い?」

 寝ぼけているのか?
 ちゅんっ。
 チュン!

「……あー、完全に起きた。……くそドリが」
 
 布団を被ったまま炊事場の方へと歩いて行った。
 煉瓦で固められた焜炉の上に水をたっぷり入れた薬缶を置き、昨日帰りがけに拾ってきた乾いた小枝を放り投げ、火を立たせ、沸騰させた。
 
「…………はぁ……」

 白湯でも飲もう、と思って洋杯を卓の上に置いて準備完了――……。

「落ち着かんな」

 ぐつぐつと煮立つ音を聞きながら、机に尻を少し乗せた。
 くぁ、と欠伸をして、ぼさぼさな頭をぽりぽりと掻く。そして、重たい瞼から瞳をゆっくりと外に晒す。

「……」

 戦場に身を置いていたのだ。
 いきなり平和な日常を送れるとしても、謳歌できる自信はない。

「……落ち着かない」

 ポリポリと無意識に腕を包帯の上から掻く。 

 ──英雄になるんだろ。

 ヴァンドに言われた言葉を思い出し、掻く速度が早まっていく。

「……無理だったんだろうが。あれだけ頑張っても……」

 寝起きのぼやける頭で考え事などまとまるわけがない。
 ましてや、余計な事ばかりが頭にチラついてきてしまう。

「――――――あぁ、最悪なの思い出した」

 目を閉じたとて、忘れようと努力をしていた悪魔的な言葉が浮かぶ。

 ――ふざけるなっ!! お前、何を考えてる!!
 ――なんで、魔王を殺さなかったの!?
 ――殺していたら、平和になったというのに!!
 ――この裏切り者が!

「朝から、うるさいんだよ……」

 エレは被っていた毛布を引っ張って、項垂れた。

「……黙ってろ」

 悪魔の囁きなどではない。
 自分の意識の葛藤などでもない。
 命からがら助け出したモスカ。
 そして、辛うじて一命を取り留めたルートスからの言葉の矢だ。

「どうすりゃあよかったって言うんだよ……全員が責めるばっかりで」

 刺さる。

「だったら、誰か答えを教えてくれよ」

 毛布の中で、呼吸が浅くなる。

「死にかけのお前らを見殺しにすりゃあ良かったのか?」

 魔王に蹂躙された仲間たちが明滅する。

「そうすりゃあ、満足だったか? そうすりゃあ……全部、丸く収まってたか?」

 モスカの剣は届かず、ルートスの魔法は打ち消され、ヴァンドの盾は一撃で破壊された。
 魔王に止めを刺さなかったんじゃない。勇者に止めを刺されないようにオレが庇って逃げたんだ。
 なのにっ……!!

「オレはただっ……お前らを助けただけなのにさぁ……!」

 モスカを庇って魔王に心臓を貫かれた時の古傷が無力感を脳みそに叩き込んでくる。
 
 ──お前は無力だ。
 ──お前は英雄になれない。
 ──お前のせいで、魔王を殺せなかった。

 胸を服の上から鷲掴み、歯が軋むほど咬合した。

「……わかんねぇよ! もう、なにも……!」

 上擦った声が、寂しく空間に溶けていく。

 死にかけの味方を見殺しにして、勝てるか分からない戦闘に飛び込んで
 
 …………それが『仲間』っていえるのか?

 勇者が魔王を殺さないといけないんじゃないのか?
 昔に聞かされた『言い伝え』は嘘だったのか?

「もう、分かんねぇよ。なんも…………」

 新しい仲間を見つけろよ。
 
「……だれが、オレみたいな奴の仲間になるんだよ。……こんなオレの」

 チュンッ! チュチュンッ!
 被っていた布団を放り投げ、特大のため息を放り出した。

「あーーーーーーーーー!! うぜぇぇぇぇえええええっ!!!! クソがよぉおおお!!」

 なんで、朝からこんな陰鬱なことにならねぇといけねぇんだ!!

「くそっ! 朝はダメだな! 引きずってら……気分悪い……。なしなし! 落ち込む時間が勿体ない」

 沸騰しかけていた薬缶の火を止め、洋杯に白湯を注ぐ。

「オレ…………なにやってるんだろうなァ……英雄になるって夢も叶えられずに」

 いや、それこそもう止めておこう。
 考えるだけで虚しくなってくる。

「語彙力がヴァンドみたいになってきた。疲れてんだろうなぁ……」

 チュンっ!

「って、さっきからトリがうるせぇな」

 チュンチュンッ!

「はいはい、ちゅんちゅん……。ちゅんっ……?」

 今度は、玄関から聞こえてくるその鳴き声。

「ちゅんっ……って、は?」

 一年で、最も昼が短い日である冬至。それを明後日に控えた今日は、ただの変哲もない一日だ。
 いや、だからこそ、か。
 
「……あー」

 寝起きでぼさぼさの頭を掻きむしるようにして、玄関に足早に向かう。

 冬至ではない。が、冬であるには違いない。
 そんな中、鳥が玄関の前で鳴いているだと?

 ふざけるな。ほとんどの鳥は南下するのだぞ。

 バタンと扉を開くと、先程のしろいタヌキの正体――
 先日と同じ格好をしている少女が小鳥の真似事をして立っていた。

「やぁ、くそったれ」

 にっこりとした顔をエレは貼り付けた。


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