13 / 68
第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
12 名前は?
しおりを挟む沈黙が落ちた。
少女は俯いて、親に怒られる子どものような表情で。
錫杖を力強く握り、もう片方の手の花束は潰されて、玄関にヒラヒラと落ちる。
それでも、オレの言葉を待っている。
「……」
出ていけ。
俺の傷を治せなかっただろう。
冒険者でもない神官が、仲間になるなんて――
そういった言葉が喉の奥でチラつく。
その気になれば、すぐさま口から毒となって少女を侵すだろう。
――お前は役立たずだ! 魔王を何故、殺さなかった!!
同時、勇者モスカから言われた言葉が頭に過った。
「……」
無言のまま、今にも泣きだしそうな少女を見つめる。
傷を治せない。
冒険者でもない。
助けたことをエレは覚えていない。
だが、その根気強い姿勢は、エレは嫌いではなかった。
取り付く島もないのは、可哀想か。
「あー……冒険者登録、今日でもいけっかなぁ……」
とぼけたように言い、少女の肩に手を置いて、開きっぱなしだった扉を閉めた。
その流れで、金盞花色が入った白雪のような頭をポンポン叩いて。
「ちょっと待っててね。そこで」
そこにある白湯、飲んでいいから。
そう言い残してオレは自身の寝室に戻っていった。
「――…………」
ポツリと玄関で取り残された少女は、何の躊躇もせず洋杯を手に取り、その空間の空気を肺に入れ込むために大きく呼吸をした。
「スゥ、フゥ――ムッ」
そして何かに気が付き、先程よりも大きな深呼吸をして、表情に明かりが差し込んだ。
「フゥ……スゥ……ハァ~! エレのニオイ……ダ!」
今までの態度が嘘のような変わりようの少女は、建物の内装に目を向けた。
男性の一軒家。その割には小奇麗に整えられている。
木製の家具が白壁に映えて、清潔感が感じられる。
「エレみたいな家ダ……ヘヘ。エレ、エレ……そうダ。やっと会えたんダ。フフッ……」
白湯をちびちびと飲みながら、少女は笑った。
「デ……え、っと、ウァ?」
目に付いたのは、少女からしてみれば何を描いているのか分からない――創世記に戦っていたとされる神々を描いたもの――額縁に入った絵画。
「教会のと一緒ダ。エレ、教会のヒト……?」
エレの出身について疑問を持つが、少女はすぐに白湯を飲み干した。そしてそのまま、履いていた深靴を脱いでエレの部屋に上がっていった。
右手に寝室。奥に炊事場。その手前に机。簡素で、最低限の荷物しか置かれていない。寝室の窓の外にみえる木々は葉っぱを散らしているし、簡易的な田園は手入れをされていないのか荒れ放題となっている。
「フム」
エレの寝室に忍び込み。布団に潜り込んだ。土や乾いた泥がついたまま寝台に上がったのだ。見るものが見れば発狂ものだ。それでも少女は布団を頭から被り、敷布に顔を擦り付けた。
「スゥ~……ハァ……好きダ……このニオイ……スゥ」
少女は取り込んだニオイに対して、ガバッと起き上がりながら親指を立てて高評価をした。
「いい匂いダ!!」
「てめぇ、何してやがる」
扉の近くで壁にもたれているエレは、外行の恰好に身を包んでいた。
「うぁ」
「早くそこから出ろ。あと誰が上がっていいって言った?」
少女はエレを指差した。記憶の都合が良すぎる。
「いいから、寝台から離れろ。玄関に行け。早く」
名残惜しそうにエレの横を通りながら、少女はその格好を改めて見た。
「……かっこいイ!」
「はぁ? これが?」
私服のエレは知性の感じられる青年のようだった。
彼を印象付ける包帯の多くは襯衣の下に隠れ、首元に少し見えている。だが、それだけだ。なのに、少女は蜜柑色の瞳に星を映し出すように輝かせている。
「かっこいいのはかっこいいって言ウ!」
「そー。変だな。まぁ、いいや」
玄関にかけていた鞄を肩から掛けて、少女を少し横にずらし、玄関に座って靴に足を通す。
「ほい、じゃあいくか」
「ウ?」
「の前に」
ぽかんとしている少女の首元に、持ってきた襟巻きをかけた。
「鼻、真っ赤だぞ。風邪ひいたらどうすんだ」
神官が風邪なんか引いたら笑いもんだ。そう言って、玄関を開けて身震いしながら外に出た。
「やっぱり寒い……」
だが、後ろでポカンとしたままの少女に気づき。
「いかねーの? 仲間になりたいんだろ?」
「――!! なル! 仲間になル!」
「なら早く来い。貴重品なんかねぇが、戸締りは一応しておかないと」
口から出たため息が白いモヤとなり、空気に溶けるように消えて行く。
こんな中で少女が鳥の物まねをしている姿を想像して、笑ってしまいそうになるが……。
「…………」
防寒具の一つもつけないことは笑っていい話ではない。
襟巻きに手を当てて笑っている少女を見て、エレは歩き出した。
「そーいや、名前は?」
「アレッタ!」
「ほーん。良い名前だな」
「エレの名前ハ?」
「んー……ナイショだな」
歩くエレの数歩後ろを置いていかれないように、アレッタは小走り気味についていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる