英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

12 名前は?

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 沈黙が落ちた。

 少女は俯いて、親に怒られる子どものような表情で。
 錫杖を力強く握り、もう片方の手の花束は潰されて、玄関にヒラヒラと落ちる。
 それでも、オレの言葉を待っている。

「……」

 出ていけ。
 俺の傷を治せなかっただろう。
 冒険者でもない神官が、仲間になるなんて――

 そういった言葉が喉の奥でチラつく。
 その気になれば、すぐさま口から毒となって少女を侵すだろう。

 ――お前は役立たずだ! 魔王を何故、殺さなかった!!

 同時、勇者モスカから言われた言葉が頭に過った。

「……」

 無言のまま、今にも泣きだしそうな少女を見つめる。
 傷を治せない。
 冒険者でもない。
 助けたことをエレは覚えていない。

 だが、その根気強い姿勢は、エレは嫌いではなかった。
 取り付く島もないのは、可哀想か。

「あー……冒険者登録、今日でもいけっかなぁ……」

 とぼけたように言い、少女の肩に手を置いて、開きっぱなしだった扉を閉めた。
 その流れで、金盞花色が入った白雪のような頭をポンポン叩いて。

「ちょっと待っててね。そこで」

 そこにある白湯、飲んでいいから。
 そう言い残してオレは自身の寝室に戻っていった。


「――…………」


 ポツリと玄関で取り残された少女は、何の躊躇もせず洋杯を手に取り、その空間の空気を肺に入れ込むために大きく呼吸をした。

「スゥ、フゥ――ムッ」

 そして何かに気が付き、先程よりも大きな深呼吸をして、表情に明かりが差し込んだ。

「フゥ……スゥ……ハァ~! エレのニオイ……ダ!」

 今までの態度が嘘のような変わりようの少女は、建物の内装に目を向けた。
 男性の一軒家。その割には小奇麗に整えられている。
 木製の家具が白壁に映えて、清潔感が感じられる。

「エレみたいな家ダ……ヘヘ。エレ、エレ……そうダ。やっと会えたんダ。フフッ……」

 白湯をちびちびと飲みながら、少女は笑った。

「デ……え、っと、ウァ?」

 目に付いたのは、少女からしてみれば何を描いているのか分からない――創世記に戦っていたとされる神々を描いたもの――額縁に入った絵画。

「教会のと一緒ダ。エレ、教会のヒト……?」
 
 エレの出身について疑問を持つが、少女はすぐに白湯を飲み干した。そしてそのまま、履いていた深靴を脱いでエレの部屋に上がっていった。

 右手に寝室。奥に炊事場。その手前に机。簡素で、最低限の荷物しか置かれていない。寝室の窓の外にみえる木々は葉っぱを散らしているし、簡易的な田園は手入れをされていないのか荒れ放題となっている。

「フム」

 エレの寝室に忍び込み。布団に潜り込んだ。土や乾いた泥がついたまま寝台に上がったのだ。見るものが見れば発狂ものだ。それでも少女は布団を頭から被り、敷布に顔を擦り付けた。

「スゥ~……ハァ……好きダ……このニオイ……スゥ」

 少女は取り込んだニオイに対して、ガバッと起き上がりながら親指を立てて高評価をした。
 
「いい匂いダ!!」

「てめぇ、何してやがる」

 扉の近くで壁にもたれているエレは、外行の恰好に身を包んでいた。

「うぁ」

「早くそこから出ろ。あと誰が上がっていいって言った?」

 少女はエレを指差した。記憶の都合が良すぎる。

「いいから、寝台から離れろ。玄関に行け。早く」

 名残惜しそうにエレの横を通りながら、少女はその格好を改めて見た。

「……かっこいイ!」

「はぁ? これが?」

 私服のエレは知性の感じられる青年のようだった。

 彼を印象付ける包帯の多くは襯衣の下に隠れ、首元に少し見えている。だが、それだけだ。なのに、少女は蜜柑色の瞳に星を映し出すように輝かせている。

「かっこいいのはかっこいいって言ウ!」

「そー。変だな。まぁ、いいや」
 
 玄関にかけていた鞄を肩から掛けて、少女を少し横にずらし、玄関に座って靴に足を通す。

「ほい、じゃあいくか」

「ウ?」

「の前に」

 ぽかんとしている少女の首元に、持ってきた襟巻きをかけた。

「鼻、真っ赤だぞ。風邪ひいたらどうすんだ」

 神官が風邪なんか引いたら笑いもんだ。そう言って、玄関を開けて身震いしながら外に出た。

「やっぱり寒い……」

 だが、後ろでポカンとしたままの少女に気づき。

「いかねーの? 仲間になりたいんだろ?」

「――!! なル! 仲間になル!」

「なら早く来い。貴重品なんかねぇが、戸締りは一応しておかないと」

 口から出たため息が白いモヤとなり、空気に溶けるように消えて行く。
 こんな中で少女が鳥の物まねをしている姿を想像して、笑ってしまいそうになるが……。

「…………」

 防寒具の一つもつけないことは笑っていい話ではない。
 襟巻きに手を当てて笑っている少女を見て、エレは歩き出した。

「そーいや、名前は?」

「アレッタ!」

「ほーん。良い名前だな」

「エレの名前ハ?」

「んー……ナイショだな」

 歩くエレの数歩後ろを置いていかれないように、アレッタは小走り気味についていった。
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