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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
13 冒険者登録
しおりを挟む山から下りて来た先は『海蜥蜴の尻尾』の冒険者組合。
「いるな。なら良い」
中を覗くと、アレッタを置いたまま裏口に回っていき、適当な職員を一人捕まえ、受付を開かせた。その流れるような事運びに受付嬢はぱちくりと瞬きを繰り返す。
「ありがとう。悪いね」
「あのぉ……エレさん? 今日は、知っての通り……お休みなのですが」
「うん。知ってる」
化粧も、香りづけもしていない彼女は受付から若干離れた位置でオレの対応をしてくれている。そんな彼女の前でカネが入った袋をジャラと受付台に置いて、目の前に一枚ずつ並べていく。
「お休みだね。ご苦労さん」
「でしたら……その……それは?」
まだ足りない? そう言わんばかりの顔に、受付嬢の顔が引きつるのが見えた。
「昨日、登録し忘れた子がいるみたいでさ。また半年後ってなったら気の毒だから、それだけ頼んでもいいかな? これ、迷惑料」
リアルな『じゃり』と黄金色に輝く貨幣が受付台に置かれた。
「迷惑だなんて、そんな……。エレさんの迷惑なら大歓迎です! 冒険者組合はエレさんを応援してますから!」
頬を赤らめながら話す受付嬢。
「応援されるような人間じゃないよ。冒険者組合には、たくさん迷惑をかけたし」
「でも、私は迷惑をかけられたことがありませんよ!」
なぜ、得意げに胸を張るのだろうか。
「君にはこれから迷惑をかけるんだよ」
「だから――」
「いーから、受け取って。気持ちさ」
「ダメです。ダメ。絶対ダメ! エレさんは斥候の一旗なんですから!――そんな方から給金まがいなカネを受け取ったとなると……私が怒られちゃいます」
「……久々に聞いたよ、それ」
一旗――それは、冒険者組合に所属する者で、職業別の頂点に立った者を指す呼称だ。
オレは五人しかいない蒼銀等級の冒険者であり「斥候」という職業の一旗を担っている。
戦士──戦士大卿──モードレッド
神官──最果て聖女──ストゥナ・バレンタ
魔法使い──森王賢者──ロゼット
斥候──灯火遠影──エレ
重装騎士──最終門番──ヴァンド
としても、個人個人を指す呼称のため今では廃れた呼称だ。
実際に、一旗の面々の消息は、オレとヴァンドを除いて絶たれているのだから。
今なら冒険者らが結託したクランの最上位を指す『六卿帝』のほうが知名度的に高いだろう。
三等級──【森閑砦】【灼火の堅閻】【広海大賢】
二等級──【名無しの大器】【ア龍帝】
一等級──【転界の紫蘭】
そのうち、蒼銀等級の冒険者がクランマスターを務めているのはヴァンドが建てた【名無しの大器】だけ。
蒼銀等級がいなくとも、彼らが今を生きる冒険者の最上位であることには変わりないし、誰もそれを疑わない。
まぁ、冒険者から長らく離れていたオレにとっては関係があっても、興味関心がない話だ。
「まぁ、休日に仕事をさせる訳にはいかないし。俺と言うよりかはあの子が迷惑かけると思うから」
入り口の人影が見えるように体を傾けた。
「それにコレはオレのためでもあるから、聞いてね?」
ニコリと笑うと受付嬢はそちらを渋々と受け取った。その瞬間、組合の木製の硝子扉がドンと叩かれた。
受付嬢の顔が一瞬にして凍り付く。
受付嬢の視線の先を見つめると、アレッタが入口の所に顔を覗かせていた。
普通の顔だ。目が合っただけで花が咲くような笑顔にもなった。
「どした? お腹でも痛い?」
「い、いえっ。なんでも……その、いえ……ほんとうになんでも、ナイデス」
上擦った声で応えると、受付嬢は汲々と作業に取り掛かり出した。
◆◇◆
今日が休日に指定されているのは冒険者を名簿に登録する仕上げをするためなのだろう。
登録自体は早く済むから、昨日の今日なら手間も少ない。同伴をしておく理由もない。
(毎日毎日、イヤに上手い鳥の物真似を聞かされるだけは遠慮しておきたいしな)
そんなこんなで、アレッタを冒険者登録をするために手続きを踏ませ、オレは離れたソファでうたた寝をしていた。その向こうで、アレッタと受付嬢は登録の真っ最中である。
「えぇっと……お名前は?」
「……アレッタ」
「アレッタちゃん、ね。わかりました。何ができます? どのような職業を望んでいますか?」
「傷を治せル。清めることもできル」
「そ、そうだよねーー。あはは、神官さんだもんねぇ。じゃあ、奇跡は全部使えるってことで……いいかな?」
「……」
気まずい。何を言っても目が合わない。
もしや、冒険者登録自体に興味がないのではないか。
「エレは……何が使えル?」
「え、エレさん? エレさんは……」
この食いつきよう。もしや、この子は……。ふむ。
「色んな事ができる人よ。冒険者の中でも飛び切り凄いんですもの。噂じゃあ、全部の職業の術が使えるとかなんとかって!」
「……ソウ」
「エレさんは凄いヒトなの。って、私は実際にそれを見たことはないんだけどね……。この組合の受付嬢になったのもつい二年前くらいだし」
段々と、恐かった顔が柔和な顔になっていった。この子は、思ったとおり、エレさんの情報に興味があるようだ。
よし、じゃあ、このまま話を持って行こう……。
「アレッタちゃん? は、なんで冒険者になろうと思ったのかな?」
「……答える必要がアル?」
「いや、別に必要という訳では……」
「じゃあ、イイ」
そういうと、アレッタはエレの方を振り向いて、襟巻きに顔を埋めた。
受付嬢は理解した。この子は九分九厘、冒険者登録に興味がない。
そして、何か訳ありな気配。受付嬢の勘がそう告げている。
(この子はエレさんにとって特別なのでしょうか。どう見てもただの少女ではないとは思うんですが……)
さっきの窓辺で見た少女の瞳を思い出して、肩を震わせた。獲物を横取りする獣を睨みつける……怪物のような。
あれは、少女がしていい瞳ではなかった。
(そもそもエレさんとはそこまで親しい仲ではないわね。だって、エレさんのことを聞いてきたんですもの。きっとそうだわ……エレさんが仲間を連れてくることは天地がひっくり返ってもないことですもんね。……それも、神官は特に)
エレほどの神官嫌いもそうそういない。
噂では勇者一党に神官がいないのは『エレが拒んだからだ』とかなんとかって聞いたこともあるくらいだ。
そう思うと、目の前の少女が可哀想に思えてきた。
(……どれだけ思いを寄せても、実らない『思い』というのは辛いですね)
受付嬢は同情をするような目でアレッタと、その頭の向こう側にいるエレを見つめる。
冒険者への登録が終わったのは、その後すぐのことだった。
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