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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

14 パーティーは組めないぞ

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「はい。これで手続きは完了です。お疲れさまでした」

「終わっタ?」

「はい」

 それを片手にオレの元まで駆けてきた。
 閉じていた瞳をスゥと開いてアレッタのニコニコとした顔を見上げる。

「……」

 その後ろではどこか憂いのある瞳でこちらを見ている受付嬢。一応は滞りなく手続きが済んだようだ。

「終わった?」

「うん! これでエレと仲間ダ!」

「え?」

「エ?」

「あー……?」

 お淑やかな受付嬢の眉がピクリと動いた。同時、オレも受付嬢に視線を送る。

「……受付嬢さん、階級差についての説明は」

「……ぇぇう。その、あの……」

 説明不備が発覚した。再度説明を頼もうと思ったが、普段の調子に戻った受付嬢は胸前に手の平を合わせて謝っている。

(これ以上、無理をいうのも可哀想か)

 受付嬢から視線外して、説明をすることにした。
 ウキウキとした様子に水を差すのは、気が重いが……。

「俺とアレッタはまだ組めないよ。階級が離れすぎてる」

「かいきゅウ……?」

「うん」

「ワタシ、エレと仲間なれないノ……?」

「そーだね」

「――――…………」

 案の定、この世の終わりのような顔をして直立不動になってしまった。

「まぁ、座って。少し説明するから――」

 背もたれのない椅子をポンポンと叩いて着席を促すと、アレッタは表情を変えぬまま崩れるように座ってくれた。

「まず、冒険者には計6つの階級が存在をしている……は説明をされてないね。分かった」

 まぁ、説明をしても分からないかもしれないから簡単に行こう。

銅等級カッパー銀等級シルバー金等級ゴールド白金等級プラチナ翠金等級ミスリル蒼銀等級オリハルコン。こんな感じだな。で、アレッタは一番下の」

 アレッタが手に持っている認識票を人差し指で突いて。

銅等級カッパーだ。で、俺は一番上の蒼銀等級オリハルコン。一党を組む際に、特例を除いて階級差は三つまでって取り決めがされている」

「…………わかんなイ。つまりはどういうコト……?」

 何がわからなかったのだろうか。特例という言葉が難しかったか。

「アレッタのは一番下。俺のは一番上。階級に差が三つ以上離れている。組むためには金等級にならないといけない。今のままだと組もうとしても組めない。分かった?」
 
「じゃあ、なんで登録させたノ?」

 この子は冒険者になれば、仲間になれると思っていたのだろうか。
 いや、これもオレの説明不足か? いや、理解力不足か。どちらともかもしれない。が、反省はあとだ。

「俺の仲間になるならその道が最速だからだ。悪いが、冒険者じゃあない神官と一緒にいた場合、色々言われるのは俺なんだ。神殿側アイツらも取り決めにうるさいからな」

 オレは自分がどんな奴かは客観的にも分かってるつもりだった。
 その仲間となれば、ある程度の実力がなければ無理。「可哀想だから」という理由で動けば、もっと可哀想なことになる。

 だから冒険者になって実力をつけ、仲間にしても良いと自分に思わせなければ、オレの隣を歩くことは許されない。

 非情に聞こえるだろうが……構わない。実力差のある仲間は双方にとっても良いことはない。

「……どうやったら仲間になれまスカ?」

「まずは実績を積む。依頼をこなす。それからだ」

 子どもに言い聞かすように言い、グズグズと泣きながら頷いたアレッタの首に認識票をかけた。

「ま、とりあえずは金等級だな」

「……それは、どれくらい大変?」

「たくさん大変だ。嫌な仕事もしなきゃいけねぇし、そう易々と上がる訳もない。だから仲間を見つけて、ゆっくりとやりなさいな。その時に、まだ俺と組みたいなら話しかけてくれたらいい」

 その言葉にはアレッタは頷くことはせず、オレの服をギュッと掴んだ。

 
      ◇◇◇


「エレさん。あの神官ちゃんとはどういったご関係で?」

「拾っただけだ。俺とは何の関わりもない」

「またまたぁ」

 オレは勇者一党の斥候だった。
 だが、一党の中で、一番目立たない。

 若人たちが憧れるような戦闘力を持っている訳でもなければ、目が奪われるような煌びやかな装備を付けている訳でもない。

 一番地味で、一番仕事量が多く、一番泥臭いのが斥候という職業だ。

 視覚を封じる黒布を巻いていたらそれは一応、勇者一党のとは認識をされる。が、黒布を巻く理由は他の感覚を鋭くするためだ。街中で付けて歩く理由がない。

 付けてなかったら、その何かと目立つ『黒髪』と『黒瞳』だけが目印なんだが。まぁ、それもそんなに目立ったことは今まで無い。

「本当のところはどうなんです? あんなに必死に仲間になろうとしてるんですよ?」

「んー、まぁ、嬉しいよ。素直に」

「お! じゃあ、あの子は行く行くはエレさんと肩を並べて、勇者一党に入る……とか!?」

「それは、あの子が幸せにはならない」

 どこかで助けた少女。

 いくら記憶を辿れど、あのような只人の神官に知り合いはいなかった。
 だが、久しぶりだ、と飛びついてきた少女のことを思わない程、情に疎い訳でもない。

 悪い気はしない。むしろ、自分の体をボロボロにしてまで同行した勇者一党の旅は無駄ではなかったのだと感じれる。
 特に、手柄が全部奪われた今、オレの旅路を証明してくれるのは彼女くらいだ。

 そんな少女を思い出せないなんて、なんて非情なのだろうか。

(でも、居心地が良くても……それが最善であるとは思わない)

 思い出せない間に離れた方がいい。
 自分なんかについてくるよりも、若い冒険者たちで冒険譚を綴った方が何倍も楽しいし、なによりも彼女自身の幸せだろうから。

 彼女と仲間になるのは……合理的ではないのだ。

「それに俺、もうここから出ていくし」

「? それって……勇者一党が、ですか?」

「いいや、まぁ、なんていえばいいのかな。でも、いい話じゃないよ」

 去り際に言われた言葉に受付嬢は焦ったように説明を求めようとしたので、立ち止まりはせずに。

「多分、有名人になってるだろうからさ」
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