英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

17 旅のお供

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「…………」


 おそらく……まだ聞けていない……特別な事情があるんだろう。

 母親がどうとか、父親がどうとか。
 オレを探している間に、何かがあって、何かを感じて。
 自分をここまで追いかけてくれる理由となる何かが。

 ――合理的じゃない、この思考は。

 ――そんなの分かってる。

 でも、これを突っぱねるのは、もはや人じゃない。
 アレッタの髪を梳くようにして、頬に触れた。

「幸せにはならんぞ」

「……イイ」

「その場だけの返事なら、あとで後悔する」

「今が幸せだから、それでいいもン」

 白髪の髪は濡れ、水滴を滴らせる。その中で、金盞花色の頭髪が水滴によって宝石のような輝きを放っていた。

 綺麗だ、と感じた。

 妖精が森の奥にひっそりと隠してしまいそうなほど綺麗で、美しく、儚げな。

 そして──その下。首筋や肩、細い腕にはいくつもの傷が見えた。

 手首には文字が刻まれているが、それも上から傷で潰されている。

 だが、それらは裂傷や打撲ではない。小さな火傷のような痕だ。

「この傷――」

 その言葉にアレッタはハッとして小さな体を飛び退かせ、首筋を手で覆うようにして隠した。

「アハハ……これ、昔の傷だかラ。今は傷治せるヨ? 安心しテ!」

 同じというか、同種のような気がして、気が付くとオレはその小さな体をぐいと持ち上げていた。

「ウァ」

 強く持ち上げたことで、ふに、とした柔らかい感触が指を包む。寒い外気にあてられているというのに少女の体は温かく、熱を持っている。

「エレ……? どうしたノ……?」
 
 こてん、と首を傾げた少女の髪からは水滴がぽたぽたと落ちてきた。湯船から上がったばかりなのだから当然だ。

 早く服を着させないと、風邪を引いてしまうかもしれない。

 ――と考えていたが、すっかりと内側に凹んでいる腹部にもいくつか火傷痕が見えた。桜色の乳房の下、脇下、脹脛。
 
「……この傷は……なんだ?」

「なんでもないヨ? 今は痛くないシ」

「嘘をつくな」

「嘘はつかないヨォ……本当だっテ」

 親からの虐待が真っ先に頭に浮かんだ。それから助けを求めるように、オレの元まで駆け付けたのだと。

 神官に虐待をする、親だと?
 アレッタもアレッタだ。神官ならば、治せるはずだろう。

(…………おれ、どうにかしてる)

 エレは濡れたままの少女をゆっくりと降ろして、タオルを頭に被せて、頭の水滴を丁寧に拭いた。

「神官衣はとりあえず洗濯する」

「オ?」

「それまでは俺の服を貸す。大きいが、着替え持ってないだろ」

「エレ?」

 体を拭き終わったアレッタに、服を投げて脱衣所を後にしようとして立ち止まった。

「…………」

 天秤が揺れる。

 この子を連れて行ったら、不幸になる。
 が、このままここに置いていても、不幸になる。

 どちらにせよ不幸になるのだったら――

 一度瞑目し、開く。

 腰を下ろし、アレッタの赤らんだ綺麗な蜜柑色の瞳を見つめた。


「っ~……はぁー……。アレッタ。俺と一緒に来るか?」


 再度の問いかけ。ぶかぶかの服を着たアレッタは「まってました!」と言わんばかりの表情を浮かべた。

「うん! 一緒に行ク!」

 力強い返事にオレも頷こうとしたが、まだ完全に水滴を拭けていないことに気が付いて、髪に手拭きをわしゃわしゃと走らせた。

「どこに行ク? なにスル?──ウアァウァ──なに──ウァ──ナニスル!?」

 手拭きにもみくちゃにされながら、アレッタは、ぷは、と顔を出して問いかけてきた。手を止めずに答える。

「言ったろ俺の生まれ故郷に行く。何をするかは……」

「エレ、英雄になるって言ってタ!!」

 ──ありがとう。わたしの英雄。

「……っ?」

 どこかで聞いた言葉がちらついた。どこで、誰に言われたのかも分からない言葉だ。記憶も段々とおぼろげなのが増えているな……。

「まぁ、昔はな。でも、今は──」

「じゃあ、今は大英雄ダ!!」

「……ダイエイユウ?」

 大英雄ってなんだ。
 そんな奴いるのか? あ、英雄の上の存在ってこと……か?

「……あー、まぁ、そもそも英雄だって一人でなるのは難しいんだ。有名な三英雄でも、三人でやっと英雄になったんだぞ」

「三人なら英雄?」

「そういう訳じゃあない。一人じゃあ難しいって話だ」

「仲間ならここにイル!! ワタシが仲間になったから、エレめちゃめちゃ強くなル! ただでさえ強いエレがもっと強くなル!!」

 薄い胸を張った少女の言葉に面食らって、大仰に笑った。

「そりゃあ心強い。オレにはもったいない神官様だ」

「もったいなくない! 適任! ピッタリ! お似合イ!」

「そうかなぁ?」

「ウン!」

 自分のせいで、この子が不幸になるかもしれない。
 置いておいても不幸になるかもしれない。

「……そうだといいな」

 どのみち不幸になるのなら、まだ自分の手が行き届く場所での不幸がいい。そして、自分がいるせいで彼女が辛い目に合うようだったら、その時に別れればいいじゃないか。

「まぁ、これからよろしく頼むよ」

「よろしくお願いシマス!」

 こうして、オレの旅路にお供が一人増えた。
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