18 / 68
第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
17 旅のお供
しおりを挟む
「…………」
おそらく……まだ聞けていない……特別な事情があるんだろう。
母親がどうとか、父親がどうとか。
オレを探している間に、何かがあって、何かを感じて。
自分をここまで追いかけてくれる理由となる何かが。
――合理的じゃない、この思考は。
――そんなの分かってる。
でも、これを突っぱねるのは、もはや人じゃない。
アレッタの髪を梳くようにして、頬に触れた。
「幸せにはならんぞ」
「……イイ」
「その場だけの返事なら、あとで後悔する」
「今が幸せだから、それでいいもン」
白髪の髪は濡れ、水滴を滴らせる。その中で、金盞花色の頭髪が水滴によって宝石のような輝きを放っていた。
綺麗だ、と感じた。
妖精が森の奥にひっそりと隠してしまいそうなほど綺麗で、美しく、儚げな。
そして──その下。首筋や肩、細い腕にはいくつもの傷が見えた。
手首には文字が刻まれているが、それも上から傷で潰されている。
だが、それらは裂傷や打撲ではない。小さな火傷のような痕だ。
「この傷――」
その言葉にアレッタはハッとして小さな体を飛び退かせ、首筋を手で覆うようにして隠した。
「アハハ……これ、昔の傷だかラ。今は傷治せるヨ? 安心しテ!」
同じというか、同種のような気がして、気が付くとオレはその小さな体をぐいと持ち上げていた。
「ウァ」
強く持ち上げたことで、ふに、とした柔らかい感触が指を包む。寒い外気にあてられているというのに少女の体は温かく、熱を持っている。
「エレ……? どうしたノ……?」
こてん、と首を傾げた少女の髪からは水滴がぽたぽたと落ちてきた。湯船から上がったばかりなのだから当然だ。
早く服を着させないと、風邪を引いてしまうかもしれない。
――と考えていたが、すっかりと内側に凹んでいる腹部にもいくつか火傷痕が見えた。桜色の乳房の下、脇下、脹脛。
「……この傷は……なんだ?」
「なんでもないヨ? 今は痛くないシ」
「嘘をつくな」
「嘘はつかないヨォ……本当だっテ」
親からの虐待が真っ先に頭に浮かんだ。それから助けを求めるように、オレの元まで駆け付けたのだと。
神官に虐待をする、親だと?
アレッタもアレッタだ。神官ならば、治せるはずだろう。
(…………おれ、どうにかしてる)
エレは濡れたままの少女をゆっくりと降ろして、タオルを頭に被せて、頭の水滴を丁寧に拭いた。
「神官衣はとりあえず洗濯する」
「オ?」
「それまでは俺の服を貸す。大きいが、着替え持ってないだろ」
「エレ?」
体を拭き終わったアレッタに、服を投げて脱衣所を後にしようとして立ち止まった。
「…………」
天秤が揺れる。
この子を連れて行ったら、不幸になる。
が、このままここに置いていても、不幸になる。
どちらにせよ不幸になるのだったら――
一度瞑目し、開く。
腰を下ろし、アレッタの赤らんだ綺麗な蜜柑色の瞳を見つめた。
「っ~……はぁー……。アレッタ。俺と一緒に来るか?」
再度の問いかけ。ぶかぶかの服を着たアレッタは「まってました!」と言わんばかりの表情を浮かべた。
「うん! 一緒に行ク!」
力強い返事にオレも頷こうとしたが、まだ完全に水滴を拭けていないことに気が付いて、髪に手拭きをわしゃわしゃと走らせた。
「どこに行ク? なにスル?──ウアァウァ──なに──ウァ──ナニスル!?」
手拭きにもみくちゃにされながら、アレッタは、ぷは、と顔を出して問いかけてきた。手を止めずに答える。
「言ったろ俺の生まれ故郷に行く。何をするかは……」
「エレ、英雄になるって言ってタ!!」
──ありがとう。わたしの英雄。
「……っ?」
どこかで聞いた言葉がちらついた。どこで、誰に言われたのかも分からない言葉だ。記憶も段々とおぼろげなのが増えているな……。
「まぁ、昔はな。でも、今は──」
「じゃあ、今は大英雄ダ!!」
「……ダイエイユウ?」
大英雄ってなんだ。
そんな奴いるのか? あ、英雄の上の存在ってこと……か?
「……あー、まぁ、そもそも英雄だって一人でなるのは難しいんだ。有名な三英雄でも、三人でやっと英雄になったんだぞ」
「三人なら英雄?」
「そういう訳じゃあない。一人じゃあ難しいって話だ」
「仲間ならここにイル!! ワタシが仲間になったから、エレめちゃめちゃ強くなル! ただでさえ強いエレがもっと強くなル!!」
薄い胸を張った少女の言葉に面食らって、大仰に笑った。
「そりゃあ心強い。オレにはもったいない神官様だ」
「もったいなくない! 適任! ピッタリ! お似合イ!」
「そうかなぁ?」
「ウン!」
自分のせいで、この子が不幸になるかもしれない。
置いておいても不幸になるかもしれない。
「……そうだといいな」
どのみち不幸になるのなら、まだ自分の手が行き届く場所での不幸がいい。そして、自分がいるせいで彼女が辛い目に合うようだったら、その時に別れればいいじゃないか。
「まぁ、これからよろしく頼むよ」
「よろしくお願いシマス!」
こうして、オレの旅路にお供が一人増えた。
おそらく……まだ聞けていない……特別な事情があるんだろう。
母親がどうとか、父親がどうとか。
オレを探している間に、何かがあって、何かを感じて。
自分をここまで追いかけてくれる理由となる何かが。
――合理的じゃない、この思考は。
――そんなの分かってる。
でも、これを突っぱねるのは、もはや人じゃない。
アレッタの髪を梳くようにして、頬に触れた。
「幸せにはならんぞ」
「……イイ」
「その場だけの返事なら、あとで後悔する」
「今が幸せだから、それでいいもン」
白髪の髪は濡れ、水滴を滴らせる。その中で、金盞花色の頭髪が水滴によって宝石のような輝きを放っていた。
綺麗だ、と感じた。
妖精が森の奥にひっそりと隠してしまいそうなほど綺麗で、美しく、儚げな。
そして──その下。首筋や肩、細い腕にはいくつもの傷が見えた。
手首には文字が刻まれているが、それも上から傷で潰されている。
だが、それらは裂傷や打撲ではない。小さな火傷のような痕だ。
「この傷――」
その言葉にアレッタはハッとして小さな体を飛び退かせ、首筋を手で覆うようにして隠した。
「アハハ……これ、昔の傷だかラ。今は傷治せるヨ? 安心しテ!」
同じというか、同種のような気がして、気が付くとオレはその小さな体をぐいと持ち上げていた。
「ウァ」
強く持ち上げたことで、ふに、とした柔らかい感触が指を包む。寒い外気にあてられているというのに少女の体は温かく、熱を持っている。
「エレ……? どうしたノ……?」
こてん、と首を傾げた少女の髪からは水滴がぽたぽたと落ちてきた。湯船から上がったばかりなのだから当然だ。
早く服を着させないと、風邪を引いてしまうかもしれない。
――と考えていたが、すっかりと内側に凹んでいる腹部にもいくつか火傷痕が見えた。桜色の乳房の下、脇下、脹脛。
「……この傷は……なんだ?」
「なんでもないヨ? 今は痛くないシ」
「嘘をつくな」
「嘘はつかないヨォ……本当だっテ」
親からの虐待が真っ先に頭に浮かんだ。それから助けを求めるように、オレの元まで駆け付けたのだと。
神官に虐待をする、親だと?
アレッタもアレッタだ。神官ならば、治せるはずだろう。
(…………おれ、どうにかしてる)
エレは濡れたままの少女をゆっくりと降ろして、タオルを頭に被せて、頭の水滴を丁寧に拭いた。
「神官衣はとりあえず洗濯する」
「オ?」
「それまでは俺の服を貸す。大きいが、着替え持ってないだろ」
「エレ?」
体を拭き終わったアレッタに、服を投げて脱衣所を後にしようとして立ち止まった。
「…………」
天秤が揺れる。
この子を連れて行ったら、不幸になる。
が、このままここに置いていても、不幸になる。
どちらにせよ不幸になるのだったら――
一度瞑目し、開く。
腰を下ろし、アレッタの赤らんだ綺麗な蜜柑色の瞳を見つめた。
「っ~……はぁー……。アレッタ。俺と一緒に来るか?」
再度の問いかけ。ぶかぶかの服を着たアレッタは「まってました!」と言わんばかりの表情を浮かべた。
「うん! 一緒に行ク!」
力強い返事にオレも頷こうとしたが、まだ完全に水滴を拭けていないことに気が付いて、髪に手拭きをわしゃわしゃと走らせた。
「どこに行ク? なにスル?──ウアァウァ──なに──ウァ──ナニスル!?」
手拭きにもみくちゃにされながら、アレッタは、ぷは、と顔を出して問いかけてきた。手を止めずに答える。
「言ったろ俺の生まれ故郷に行く。何をするかは……」
「エレ、英雄になるって言ってタ!!」
──ありがとう。わたしの英雄。
「……っ?」
どこかで聞いた言葉がちらついた。どこで、誰に言われたのかも分からない言葉だ。記憶も段々とおぼろげなのが増えているな……。
「まぁ、昔はな。でも、今は──」
「じゃあ、今は大英雄ダ!!」
「……ダイエイユウ?」
大英雄ってなんだ。
そんな奴いるのか? あ、英雄の上の存在ってこと……か?
「……あー、まぁ、そもそも英雄だって一人でなるのは難しいんだ。有名な三英雄でも、三人でやっと英雄になったんだぞ」
「三人なら英雄?」
「そういう訳じゃあない。一人じゃあ難しいって話だ」
「仲間ならここにイル!! ワタシが仲間になったから、エレめちゃめちゃ強くなル! ただでさえ強いエレがもっと強くなル!!」
薄い胸を張った少女の言葉に面食らって、大仰に笑った。
「そりゃあ心強い。オレにはもったいない神官様だ」
「もったいなくない! 適任! ピッタリ! お似合イ!」
「そうかなぁ?」
「ウン!」
自分のせいで、この子が不幸になるかもしれない。
置いておいても不幸になるかもしれない。
「……そうだといいな」
どのみち不幸になるのなら、まだ自分の手が行き届く場所での不幸がいい。そして、自分がいるせいで彼女が辛い目に合うようだったら、その時に別れればいいじゃないか。
「まぁ、これからよろしく頼むよ」
「よろしくお願いシマス!」
こうして、オレの旅路にお供が一人増えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる