英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

18 布団の中で

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 這い寄る手。

 白雪のような手が喉元まで、蛇のように近づいてくる。
 
「――っ」
 
 藻掻こうにも、胸元にのしかかる重みで身動きが取れない。
 じんわりと染み渡るのは、温かくも冷たい液体で。
 体を啄むのは大きな口で、服の上から食らおうとしてくる。

 手を動かそうとして――手が絡みついてくる。
 脚を動かそうとして――足が絡みついてくる。
 
 ――どうして、こうなった。

 最大限の注意を払っていたつもりだった。
 武器は確かに身に着けてはいなかったが。
 それでも、奇襲は最も警戒していたのだ。

「エレ~……むにゃむにゃ」

「……………寝相が悪いってもんじゃないぞ、こいつ」

 胸上でアレッタは、気持ちよさそうに寝ていた。



 その日の昼。
 オレは交代で見張りをする練習をした方が良いと提案をした。

 目的地まではそれなりに長い旅となる。オレも多少なりとも馬の走らせ方を学んでいるから、と。

 すると、マルコはポンッと手を打ってこう言った。

「じゃあ、私が夜中に起きるようにしますね」

「あぁ、そう──はっ?」
 
 詳しく説明をした。誰にでも分かるように。

 夜中の見張りはモンスターや野盗などが現れる可能性がある。
 荷卸がある都合上、早めに移動距離を稼ぐ方が良い。
 朝はマルコが馬を走らせ、夜はエレが馬を走らせる。
 馬はその都度休憩をさせる形で……。

「では、私が夜中に起きておくので、エレさんも夜は寝てくださいね」

「あぁ、やっと話を分かって──ないな。……大丈夫か?」

 マルコの目の前で手をブンブンッと振った。意識はある。

「いえね、といいますのも……アレッタさんからの要望で」

「ソウ!! ワタシ、ゆっくり旅したイ!」

「ですので、私が主に馬を走らせます。エレさんは、私が変わってほしいと思った時に変わっていただく程度で」
 
「……ソイツの話をまともに受けることはねぇぞ」
 
「私は上級行商人です。本業は本業にお任せを。護衛のお二人は、護衛をしていただくだけで宜しいのですよ。もしもの時は頼らせていただきますので」

 そんなこんな押し切られ、今。

「むにゃむにゃ……」

 確かに離れては眠っていなかった。毛布は一つしかないのだ。それでも、できる限り距離をとっていたはず……っていうか、なぜ、上に乗っかっている? そんなことあるのか?

「……おもい」
 
 なんとか体を動かし、左手を拘束から抜け出させた。むにゃむにゃと居心地が悪そうに唸るアレッタを睨みつけた。もちろん、効果はない。

「はぁ……子どもってこんなだったか?」

 今度は体勢を変えつつアレッタを多少強引に床に下ろすと、オレの寝間着を着こなす少女は、少しばかり不機嫌そうに唸った。

「寒くねぇのかオマエは」

 その額を指を突く。眉間にシワを寄せて無意識下の抵抗をしてきた。

 アレッタに取っ払われて遠くでぐちゃぐちゃになっていた毛布を手繰り寄せ、自分用にして頭から被って背中を向けた。

「さむ、よく毛布なしで寝れるよ」

「エレ……ぇ」

 言葉が聞こえ、背中にぬくもりを感じた。抱きついて来たのだ。

「起きたか。とりあえず、離れて──」

「おねえちゃんが、まもってあげる、から……ヘヘヘ。たよって、もっと、ほめテ……ウヒヒヒ」

「おねえちゃん、ってもしかして、寝言……」

 確認しようと振り返ってみたら、自分にだけかけていた毛布に潜り込んでいたアレッタの寝顔がそこにあった。

「ゥ」

 鼻先が触れる。
 長い睫毛に目が向かった。
 むにゃ、と艷やかな唇が畳まれ、戻り、色濃い紅色になる。

「……だまってりゃあ、可愛げがあるのに」
 
 それを見て、くす、と笑う。

 毛布の中は、まるで二人だけの世界だった。毛布が二人を外界から隔絶し、温かい空間が二人の首元に汗を垂らせている。

 幌馬車の端に吊るされている角灯の明かりを毛布が濾し、うすぼんやりとした明かりで二人を照らす。吐息の当たる距離で密着をしている二人の間は、秘密ごとを共有しているような特別な雰囲気となっていた。
 
「ほめろ……がんばってマス、ので……よくばります、ウヘヘ」

「……どういう生活してたら、そんな寝言が出るんだよ」

 毛布をアレッタの方にも伸ばすと、再び手を伸ばして来た。

「エレ……まもってあげるから……あんしんし、テ」

「おまえに頼る予定は今んとこないから安心して寝やがれ」
  
 毛布よりも温かいアレッタの体温に触れ、睡魔が走ってやってきた。
 アレッタの腹部、腕、胸に囲われた空間が温められていって……。

 瞳を閉じようとして、少し堪えた。睫毛がぼんやりとした橋となって、周囲を暗く染めようとしている。

「……たまには……」

 意識が落ちるようになくなっていき──最後に瞳を開くと、



「エヘ」



 蜜柑色の瞳を開いてエレを見つめている満面の笑みの彼女がいた。

「エレ、寝顔かわいい」

「──~っ!?」

 幌馬車から聞こえたドンッという物音にマルコが駆け寄ってきて、角灯を幌馬車内に向けた。

「どうしまし、た……って」

 照らされたのは、戦闘体勢になっているオレと毛布を肩からかけて笑ってるアレッタの姿。二人とも息を荒くして、かなりの汗をかいている。

「若いっていいですね」

「勘違いすんな!! コイツが」

「エレと寝てただけだよネ。顔近づけて、温かくしテ、汗かきながら」

「オレの毛布に入ってきただけだ!」

「エレさん、毛布は一つしかないのでは」

 マルコの指摘に、アレッタと毛布とマルコを見つめて、髪の毛を掻いた。

「……目が覚めた。白湯を用意してくれ」

 やるせない気持ちで幌馬車から降りた。
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