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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

19 誰の差し金だ?

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 バチッと焚き火の火花が散った。マルコが木の棒で焚き火の中の木を突く。その反対側でオレは鉄色の洋杯に入った白湯を飲んでいる。その近くでは、眠たそうにしているアレッタが横に倒した丸太に座っていた。

「それで、この後はどうするんですか?」

「目的地は麗水の海港パトリアだが、とりあえずは王都だな。腕っこきの神官がいるって聞いたから寄ってみるつもりだ。あんま期待はしてないが……」

「となると……最短で2日ですかな?」

「予定があるのがもう少し後だが……」

 ゴソゴソと衣嚢を探るが、そういえば《海蜥蜴の尻尾》を出立してからあの人からもらった招待状をなくしていることを思い出した。
 同封されていた地図だけはあるんだが……、まぁいいか。久々に会おうといった内容しか書かれていないものだったし。

「とりあえず、人に会う予定だ。呼び出しをくらった」

「エレさんを呼び出す御仁がいらっしゃるとは……どなたですかな?」

「英雄譚オタクには悪いが、毛色が違うから期待はしなくてもいい。なに、ただの要人だよ」

「要人はただのって言いませんよ……?」

 マルコの指摘《つっこみ》に口をひん曲げた。そうかな、と小さくつぶやき、白湯を啜った。

「それ以外にもなにかあるのでは?」

「おぉ、鋭いな。まぁ、それはお楽しみだ……ん」 

「エレ……ねむい……」

 くい、とエレの裾が引っ張るアレッタ。

「わかりやすいくらい眠そうだな」

「ねむい……」

「寝てもいいぞ。大人の話に子どもが付き合う必要もない」

 クイクイと引っ張って、首を横に振ってきた。

「いっしょに、ねる……」

「エレさんも寝ていいですよ」

「オレは別に寝なくてもいい……おっと」

 こつん、とアレッタの体がオレに任せられた。完全に限界のようだ。

「……コイツ」

「エレさん。一緒に寝てあげてくださいな」

「悪いな」

「いえいえ。それに、予定は三日後ですよね。王都につくのは三日目の早朝でも問題はありませんか?」

「いいけど、どうしてだ?」

「育ち盛りの子どもを早く起こすのも気の毒でしょうから」

「そこまで気を遣わなんでいい。が、まぁ、王都まではお言葉に甘えることにするよ」

「ふふ、では、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」

 少女の軽い体を支え、抱き上げた。その姿を見てマルコは笑った。





 そして──その後ろの森にいる人物らも笑みを浮かべていた。
 
「弱ってるっつーのは、ホントらしいな」

「あぁ。思ったより、簡単そうな仕事だ」

 草薮や木上から息を潜めて対象の動向を注視し、手には短刀や弓が握られている。
 暗闇に溶け込むような黒装束、東洋に伝わる『忍』とやらに近い身なりだが、彼らはれっきとした王国直轄の部隊である。──といっても、非公認ではあるのだが。

 非公認の勇者育成機関──妙諦の調チャリオット。 

 勇者を囲い込む王国が密かに作り上げたその施設は、勇者の器となりえる人材を作り上げるのに奔走していた。結果として、王国軍の戦力向上に繋がったのだが、育成途中で使えなくなった者たちも存在している。
 人格破綻による植物状態や凶暴化。それらを一つの部隊にまとめた結果が彼ら。
 特殊部隊、呼称を涸沢《ターシア》と言う。

「いつ襲う。女がいたぞ」

「対象以外のことは依頼に書かれてない。好きにしろ」

「……サイコーだ」

 依頼を受けた時は血が滾った。
 内容はなんと『今を生きる勇者様の付き人を殺せ』という依頼だったのだ。

「なァ、早く行こうぜ。元付き人とやらは寝ちまったんだぞ? 今なら、外にいる行商人をやれば」

 しかし、このような尾行すら気が付かない者だとは思ってなかった。
 
(英雄譚ではほとんど聞かないと思っていたら……こんな者と勇者様は旅をしていたのか……?)

 全く、呆れる。
 魔王討伐の失敗の原因と言われているらしいが、お荷物を背負ったままでは思うように戦えない。

「何ビビってんだよ隊長。勇者になるべく育成されてきた俺たちと、ただの只人《エレ》では力の差なんて明らかだろ?」

「……あぁ、そうだな」

 部隊長は手を振りかざし、進軍の令を下す。

「総員。かか──」

 手を振り下ろそうとして、男の喉は月下に輝く剣によって貫かれていた。

「……っぺァ?──ぁグァア?」

「お前ら、誰の差し金だ?」

 部隊長の声が飛び、代わりに聞こえてきた男の声に男たちは振り返り、吹き出る血を体で受け止めた。
 視界不良。が、見れなかった者たちは幸運だったであろう。
 エレが喉に突き刺したまま、そのまま上に引き抜いたのだ。
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