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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
35 王都の職員
しおりを挟む幼い頃、父親の背中をずっと見つめていた。
書斎に埋もれながら仕事をする父の姿は、今でもはっきりと思い出すことができる。
常に笑顔を絶やさない父の仕事は、神殿内の役職が高いこともあって多かった。そんな時間を縫い、兄妹たちに教育を施してくれていたのだ。
当時は嫌だったが、今となったら魔物図鑑という身近なものから王国の成り立ちや勇者になった際の指導力の発揮の仕方など、多岐にわたって叩き込まれた知識は今のオレの血肉となっている。
黒の髪の毛はちょうどよく切り揃えられていて、優しさと冷静さを同時に感じる瞳は黒かったのを覚えている。
オレ以外で、黒髪なのは父とオレを守るために死んだらしい実父だけ……と思っていたというのに。
「──わたしが、あなたの、父親ですか?」
「…………」
コイツは……なんだ?
一瞬、父親かと思った。それほどまでに顔が酷似している。が、雰囲気が少し異なる。掴みどころが無いところは一緒だが。
若干白味を帯びた長めの黒髪を後ろで一つに結っており、冷たさを感じる目つきをしている。
服装は……組合の職員?
「いや……なんでもない。人違いだったらしい」
父がこんな場所に居るわけがない。これくらいの時期は多忙に追われているハズだ。
「あ、私に父性を感じたのですか……いやはや、そんな年齢になってしまいましたか……」
「そういう訳じゃないから安心してくれ」
「そうですか。少し残念です。とまれ、彼らは冒険者だ。銀等級となるとモンスターを殺すこともある。危ないので逃げてくださいね」
「そーかい。ご忠告、感謝するよ」
色々と試したかったが『職員と戦うのはご法度』というのは師匠たちから聞いている。
特に自分の力を過信した冒険者が起こしがちな過ち。
「じゃあ、オレはこの辺で」
面倒事を片付けてくれたから感謝しないといけない。
「いや、あなた。……先刻、組合に神官の少女と一緒にいましたか?」
おっと、これ、戦闘が避けられない形か?
「いやぁ……まぁ」
一瞬で奇襲とはいえ、冒険者をまとめて倒す実力のある職員。
面倒なことになりそうだ。
「やはりそうか。顔が見えないからわかりませんでしたが……佇まいや背丈が小さかったのはよく覚えています」
──ピクッ、と毛先が跳ねた。
「冒険者同士との争いは組合職員が制圧する仕事となりますので。あなたもお灸を据える必要があり……」
「いま、オレのこと小さいって言ったか?」
男は驚くよう目を大きくして、笑みを浮かべた。
「……いいえぇ、言ってはおりません。思ってはいます。あ、言ってしまってましたか? それはそれは……まぁ、本当のことですので」
顎目掛けて拳を突き上げた。
──パンッ!
拳がぶつかる音。オレの手は男の手の中に包まれていた。
コイツ……やっぱり、強い。東に行かなくてもこんなに強い奴がいるとは……いや、オレが弱くなったのか?
「戦う気ですか? 一応仕事が控えていましてね」
「やるつもりだったんだろ? それに、組合の職員は懲らしめるのが仕事っつってたろ。灸を据えてみろよ」
「血気盛んはお若い証拠か」
「オレの腕試しを邪魔したんだ。代わりに胸を貸してくれると助かるんだが?」
「……良いでしょう。小さな子をいたぶるのは久方ぶりですから、手加減はできないかもしれませんよ?」
「それで構わんぞ」
少々予定変更をしよう。
これは腕試しというより、オレが踏ん切りを着けるための戦いだ。
──コイツに勝てないと英雄になんかなれないだろう。
だらんと脱力し、体の調子を問う。反応は鈍いが、頭は上々。
「武器の使用は」
「ご自由に」
職員の男が腰帯に下げていた武器を鞘ごと持ち上げたので、オレはさっきの冒険者が落とした剣を持ち上げた。
普段使いの武器は対魔族用だ。只人に向ける訳にはいかないからな。
「どうか、全力で頼むよ。ちょっと、色々賭けることにした」
武器を構えると職員は楽しそうに眉を跳ねさせた。
「そうですか? 勝てるといいですね、私に」
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