37 / 68
第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
36 抜刀術
しおりを挟むコイツ、嘘だろ……? 何者なんだよ、ふざけんな。
なんでこんな奴が組合職員をやってんだ!?
「ほらほら、そこも止めでしょう」
「──!? くっ、そ」
見切られている。不得手な長剣ではある。が、それを言い訳にはできない。
斥候は何でもやるのがお仕事だ。長剣だろうが、大槍だろうが、弓だろうが、なんだって一通りは使えるように叩き込まれてる。
「その背丈なら、短剣がお似合いですが」
「助言する暇があるなら」地面の土くれを蹴り上げて武器を振るう「体の心配をしてろ」
横振りを止められ、火花が散る。
「する必要がありますか?」
そのままグイと鞘を翻して体勢を崩された。
「あなたこそ心配をしたらどうでしょうか?」
膝の蹴り上げが頬を掠め、地面に手を突いて蹴りを喰らわすが──
「足も短し、持ちにくい」
足首を握られ、空中に放られた。
浮遊感が胃袋を持ち上げ、背筋を凍らせる。が、空中で姿勢を正して、息を吐き出す。
「浮遊までするとは、アナタは魔法使い様ですか?」
「《ことば》を嗜んでるだけの斥候だよ」
「器用という言葉が正に相応しい。ですが、一芸を極める者には劣るのが宿命でしょう」
「さぁ、どうか──」高く舞い上がった職員の男の影がオレを覆った「なっ」
「小さいから高い所を好むんでしょうかねぇ。降りろ」
──バキッ。
咄嗟に腕を上に構えて踵落としを塞ごうとしたが、体内外から信じられない音が聞こえた。
気がつくとオレの体は地面に埋もれ、両の腕は靴の形に沿うように内側に折れ曲がっていた。
「──っァ」
何が強いとか、そういうのではない。
単純に戦闘経験が豊富で、全ての基礎的な動きが出来上がっている。
そのくせ、自分からは攻撃を仕掛けずにオレの出方を伺ってから対応をしてきやがる。
「おっと、やりすぎた。折れたかな?」
制服に着いた砂埃を払う男の笑う声が聞こえる。
「オマエさぁ……何者なんだよ」
「ただのしがない組合職員ですが」
「……職員がそんな武器を引っ提げてる訳ないだろ。それは海の外の武器だ」
男が所持しているのは刀と呼ばれる武器。オレの記憶が正しかったら、東洋の国の者たちが主に使っている武器だ。
剣よりも硬く、切れ味の良い、片刃。海の外との戦争時にこの大陸にも流れてきた──略奪したとも言う──とは聞いたが、少しばかりか剣と扱いが異なることと、この大陸の鉱石では再現の出来ない硬度や切れ味だったことから、その数は今や少ない。
「鞘から抜いていないのに、気づくとは。なかなか知識と経験が豊富。ですが、私はこの大陸の人間ですよ」
ということは……コイツは、オレが生まれる前の戦争で武器を奪ったということになる。
30前後の見た目だと思っていたが……実は、三英雄の時代の人間か。
「はあ……そうかそうか。強い理由も分かった。年季が違うってか」
起き上がると、男は目を面妖な者を見るように細めた。
「腕。壊した筈ですが」
「あぁコレ? 治した」
真っ直ぐな形に戻った腕を振り、手先まで血液を行き届かせる。
次の瞬間、男は鞘を振り抜き、被りを風圧で持ち上げた。オレの顔が陽の光に照らされた。
「やはり……そうか。ディエス・エレ。不死という異能を持つ、選ばれなかった者……が、まさか、本当に、不死とは」
「……アンタみたいな奴に知られてるとは、光栄だね」
刀を鞘に収めて、顔に笑みを湛えた。
「そうですか。わかりました。そういえば……腕試しをさせてほしいと言っていましたね」
「そうだが。まさか、今頃やる気になったのか?」
「えぇ。今、大人気の犯罪者様と手合わせできるなんて光栄だ」
柄に手を添え、姿勢を低く構える。
五指が楽器を奏でるように置かれて、目だけはこちらを真っ直ぐに捉えている。
「……の割には、なんだその構え? 間合いも遠いだろ」
「あら、ご存知ないと。でしたら、見せて上げましょう。不死ならば、手加減は要らないでしょうし」
──刹那、光った。
「!?」
「これは抜刀というんですよ。見えましたかね?」
咄嗟に防御に向けた武器を破壊し、右腕すらも貫いた。辛うじて左手で刃を押さえつけ、筋肉を硬直させて刃を詰まらせることができた。
首に真っ直ぐに走る一筋の線。首の皮一枚だけが繋がっている状態だ。
何が、起こった?
何をした?
アイツはいま……
首に刺さっていた刀は手前に抜かれ、刃先に付着した血液を拭う。
「──っ!?」
首を押さえる。骨まで逝かれた。視界が一瞬暗転したのはソレが理由か。
──視線で首を狙っていると気が付かなければ、首が飛んでいた。
「首を飛ばそうとしたんですが、さすがにギリギリで止められたか」
体を確かめるように触り、いつの間にか抜かれている刀を見やる。
止められたと言っても、普通なら殺されている。こんな至近距離で動きが視えなかったのは久方ぶりだ。
「おまえ……なにをした」
「抜刀と言ったでしょう。刀を鞘から抜いただけ」
血を拭ったハンカチを地面に捨てた。
「さぁ、これで終わりじゃあないでしょう? 戦いましょう」
デタラメだな。
コイツ……まだ、手を隠し持ってるな。
「そうだな。強いやつと戦うのは良いことだ」
「私も同じ気持ちですよ。ですが、抜刀術を使うと面白くないので」
刀を片手で握り、口元に笑みを浮かべる。
「抜き身で」
「そうか、ありがとよ。余裕のままでいてくれて」
持っていた半壊していた武器を捨てた。ガシャと音が鳴る。
そのまま最小限の動きで腰帯に刺さっていた短剣を握り──
光った。
「あーあ、首ィ、狙ったんだがな」
抜刀と言っていた技の真似事。当の本人からしてみれば動きもぎこちなければ、短剣で行うようなコトではないのだろう。
だからこそ、意表を付けた訳だ。
「────」
短剣から真っ直ぐに伸びる光の軌跡は、男の剣を弾くだけでなく完璧な防御に至らせることに成功をした。
「ははは……! 真似事、とは。武器も面妖だ」
職員の男の頬に血が垂れる。手で拭い、気取った顔に戦闘狂の色が現れた。
「いいだろ。魔族を殺した時の探索で手に入ったんだ。マナを乗せて放つことができる短剣だ」
つまりは長さなんて見掛け倒しということ。
この武器は魔法の杖よりも頑丈でありながらも、マナの伝導率が恐ろしいほど高い。
近接特化の魔法杖と言えばいいか。使い方は色々ある。
武器や装備の性能だけで戦うのは好ましくないし、使う予定はなかったが……この男には出し惜しみをせず戦ってみたい。
「その抜刀とやら初見じゃあ真似できんかったが。具合は分かった。だから、勿体ぶらずに使ってもいいぞ」
何でもするのが斥候のしごと。敵の技が良いと思ったら自分のものにだってする。
体が全盛期なら、完璧な模倣ができただろうか。
だが、無いものをねだっても仕方がない。
「第二ラウンドだ。行くぞ」
「生意気」
男の涼しげな顔は狂気を感じるほど戦いの愉悦に浸っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる