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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
36 抜刀術
しおりを挟むコイツ、嘘だろ……? 何者なんだよ、ふざけんな。
なんでこんな奴が組合職員をやってんだ!?
「ほらほら、そこも止めでしょう」
「──!? くっ、そ」
見切られている。不得手な長剣ではある。が、それを言い訳にはできない。
斥候は何でもやるのがお仕事だ。長剣だろうが、大槍だろうが、弓だろうが、なんだって一通りは使えるように叩き込まれてる。
「その背丈なら、短剣がお似合いですが」
「助言する暇があるなら」地面の土くれを蹴り上げて武器を振るう「体の心配をしてろ」
横振りを止められ、火花が散る。
「する必要がありますか?」
そのままグイと鞘を翻して体勢を崩された。
「あなたこそ心配をしたらどうでしょうか?」
膝の蹴り上げが頬を掠め、地面に手を突いて蹴りを喰らわすが──
「足も短し、持ちにくい」
足首を握られ、空中に放られた。
浮遊感が胃袋を持ち上げ、背筋を凍らせる。が、空中で姿勢を正して、息を吐き出す。
「浮遊までするとは、アナタは魔法使い様ですか?」
「《ことば》を嗜んでるだけの斥候だよ」
「器用という言葉が正に相応しい。ですが、一芸を極める者には劣るのが宿命でしょう」
「さぁ、どうか──」高く舞い上がった職員の男の影がオレを覆った「なっ」
「小さいから高い所を好むんでしょうかねぇ。降りろ」
──バキッ。
咄嗟に腕を上に構えて踵落としを塞ごうとしたが、体内外から信じられない音が聞こえた。
気がつくとオレの体は地面に埋もれ、両の腕は靴の形に沿うように内側に折れ曲がっていた。
「──っァ」
何が強いとか、そういうのではない。
単純に戦闘経験が豊富で、全ての基礎的な動きが出来上がっている。
そのくせ、自分からは攻撃を仕掛けずにオレの出方を伺ってから対応をしてきやがる。
「おっと、やりすぎた。折れたかな?」
制服に着いた砂埃を払う男の笑う声が聞こえる。
「オマエさぁ……何者なんだよ」
「ただのしがない組合職員ですが」
「……職員がそんな武器を引っ提げてる訳ないだろ。それは海の外の武器だ」
男が所持しているのは刀と呼ばれる武器。オレの記憶が正しかったら、東洋の国の者たちが主に使っている武器だ。
剣よりも硬く、切れ味の良い、片刃。海の外との戦争時にこの大陸にも流れてきた──略奪したとも言う──とは聞いたが、少しばかりか剣と扱いが異なることと、この大陸の鉱石では再現の出来ない硬度や切れ味だったことから、その数は今や少ない。
「鞘から抜いていないのに、気づくとは。なかなか知識と経験が豊富。ですが、私はこの大陸の人間ですよ」
ということは……コイツは、オレが生まれる前の戦争で武器を奪ったということになる。
30前後の見た目だと思っていたが……実は、三英雄の時代の人間か。
「はあ……そうかそうか。強い理由も分かった。年季が違うってか」
起き上がると、男は目を面妖な者を見るように細めた。
「腕。壊した筈ですが」
「あぁコレ? 治した」
真っ直ぐな形に戻った腕を振り、手先まで血液を行き届かせる。
次の瞬間、男は鞘を振り抜き、被りを風圧で持ち上げた。オレの顔が陽の光に照らされた。
「やはり……そうか。ディエス・エレ。不死という異能を持つ、選ばれなかった者……が、まさか、本当に、不死とは」
「……アンタみたいな奴に知られてるとは、光栄だね」
刀を鞘に収めて、顔に笑みを湛えた。
「そうですか。わかりました。そういえば……腕試しをさせてほしいと言っていましたね」
「そうだが。まさか、今頃やる気になったのか?」
「えぇ。今、大人気の犯罪者様と手合わせできるなんて光栄だ」
柄に手を添え、姿勢を低く構える。
五指が楽器を奏でるように置かれて、目だけはこちらを真っ直ぐに捉えている。
「……の割には、なんだその構え? 間合いも遠いだろ」
「あら、ご存知ないと。でしたら、見せて上げましょう。不死ならば、手加減は要らないでしょうし」
──刹那、光った。
「!?」
「これは抜刀というんですよ。見えましたかね?」
咄嗟に防御に向けた武器を破壊し、右腕すらも貫いた。辛うじて左手で刃を押さえつけ、筋肉を硬直させて刃を詰まらせることができた。
首に真っ直ぐに走る一筋の線。首の皮一枚だけが繋がっている状態だ。
何が、起こった?
何をした?
アイツはいま……
首に刺さっていた刀は手前に抜かれ、刃先に付着した血液を拭う。
「──っ!?」
首を押さえる。骨まで逝かれた。視界が一瞬暗転したのはソレが理由か。
──視線で首を狙っていると気が付かなければ、首が飛んでいた。
「首を飛ばそうとしたんですが、さすがにギリギリで止められたか」
体を確かめるように触り、いつの間にか抜かれている刀を見やる。
止められたと言っても、普通なら殺されている。こんな至近距離で動きが視えなかったのは久方ぶりだ。
「おまえ……なにをした」
「抜刀と言ったでしょう。刀を鞘から抜いただけ」
血を拭ったハンカチを地面に捨てた。
「さぁ、これで終わりじゃあないでしょう? 戦いましょう」
デタラメだな。
コイツ……まだ、手を隠し持ってるな。
「そうだな。強いやつと戦うのは良いことだ」
「私も同じ気持ちですよ。ですが、抜刀術を使うと面白くないので」
刀を片手で握り、口元に笑みを浮かべる。
「抜き身で」
「そうか、ありがとよ。余裕のままでいてくれて」
持っていた半壊していた武器を捨てた。ガシャと音が鳴る。
そのまま最小限の動きで腰帯に刺さっていた短剣を握り──
光った。
「あーあ、首ィ、狙ったんだがな」
抜刀と言っていた技の真似事。当の本人からしてみれば動きもぎこちなければ、短剣で行うようなコトではないのだろう。
だからこそ、意表を付けた訳だ。
「────」
短剣から真っ直ぐに伸びる光の軌跡は、男の剣を弾くだけでなく完璧な防御に至らせることに成功をした。
「ははは……! 真似事、とは。武器も面妖だ」
職員の男の頬に血が垂れる。手で拭い、気取った顔に戦闘狂の色が現れた。
「いいだろ。魔族を殺した時の探索で手に入ったんだ。マナを乗せて放つことができる短剣だ」
つまりは長さなんて見掛け倒しということ。
この武器は魔法の杖よりも頑丈でありながらも、マナの伝導率が恐ろしいほど高い。
近接特化の魔法杖と言えばいいか。使い方は色々ある。
武器や装備の性能だけで戦うのは好ましくないし、使う予定はなかったが……この男には出し惜しみをせず戦ってみたい。
「その抜刀とやら初見じゃあ真似できんかったが。具合は分かった。だから、勿体ぶらずに使ってもいいぞ」
何でもするのが斥候のしごと。敵の技が良いと思ったら自分のものにだってする。
体が全盛期なら、完璧な模倣ができただろうか。
だが、無いものをねだっても仕方がない。
「第二ラウンドだ。行くぞ」
「生意気」
男の涼しげな顔は狂気を感じるほど戦いの愉悦に浸っていた。
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