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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

42 扉のネタ

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「はっ!? オマエが魔法をかけたのか!?」

「いえいえ、平気で嘘を吐けますよ。生粋の剣士ですとも」

 カチャと腰帯の刀を揺らし、硬直してるオレの頭をぽんぽんと叩いてきた。

「ふふ、感動のあまりに言葉もでませんか。ともあれ、お待ちしておりましたよ。お会いできて光栄です、ディエス様」

「……オレはあんまり嬉しかないが」

 笑顔の仮面を貼り付けたような男を見上げる。

「なんでこうも何重に鍵をかけてるのか教えてくださりますかな?」

「おっと、それはそれは。答える必要もないようにも思います。本当はわかっているのではありませんか?」

 切れ長の黒瞳を薄める。その挑戦的な態度に呆れ返った。

「そうですねぇ。ディエス様は大変人気者ですので、場所が何らかの形で漏れていたら大変なことになっていたかもしれません。この場所は、今回の件の他にもそれなりに利用されている場所のようですので」

 噂はかねがね、というやつですよ、と。
 《ことば》の重ねがけされていた理由は、自分の身の振り方のせいだと理解すると、どうも腹の底の居心地が悪い。

「まっ、お気遣いアリガト。あと、あんまり顔を見せないでほしいんだ」

「それはそれは。一目惚れですかね。いくらディエス様がおなごのような可愛らしい顔をしているとしても、私は既に婚姻関係を結んでいる人物がいますので」

「父親に似てるんだ。頭がおかしくなる」

 男は吹き出すように笑い、肩を震わせた。

「そうですか~……それは、頑張って自重しましょう──では参りましょうか。奥でマスターがお待ちです」

 ス、と表情を本来のものに戻す男性。
 黙っていれば、大人の男たる雰囲気が出る姿をしている。どこかの貴族の出といわれも不思議には思わないだろう。
 笑ってる顔よりも、こっちのほうが父親に似てるんだが、まぁ、諦めよう。

「はいはい。で、手は握ったままなの?」

「えぇ、そうしなければ入れませんので」

 含まれる意味を理解すると、この謎かけの意味がようやく分かった。

「そりゃあすごい! 中へ入れる人間を指定して、それ以外を弾くわけか!」

 力技でも、上等な《姿現し》でもない。
 この『どうやったら階段が現れるでしょうか』の答えは「中にいる人が出てくるのを待つ」だったらしい。
 なんて肩透かしな問題なのだろうか。一人では解決できない問題を用意する辺り、この仕掛けを作った魔法使いは性格に難があるらしい。

「ハッハッハ! 趣味わりぃな、魔法使いはやっぱり」

「この仕組みをお願いしたのは私たちですよ? 魔法使い殿は関係ありません」

「あっそ。なおのこと、趣味悪いなぁって思ったよ」

 男の手を握ったまま、オレは壁の中へと消えて行った。




 階段を降りて行った先にあったのは小さな部屋。小汚く、木製の扉が出迎えてくれた。

「さ。こちらです」

「はいはい。で、いつまで握ってんだよ」

 パッと手を払って、乾かすように手を振る。
 失礼にも見える動きだが、案内人の男はニコニコと心から笑っている。

「まるでいもうと──あ、いや弟を案内してる気分でした」

「おーおー、良く口が回るな。あのジーさんに好かれる理由も分かる分かる。アイツはこの奥に?」

「えぇ。ディエス様をお連れしました。組合長統括グランドマスター

 案内人の男がドアノッカーを3度鳴らし、扉を開けた。

 差し込んできた明かりに、オレは疑問を抱く。

「――何分の遅刻だ? ディエス」

 奥から声が聞こえてきた。声の方に目を向けると、白髪の男性が長卓の向こうに座って何やら資料を読んでいる。

「時計なら後ろにでっかいのがついてるぞ。贋作レプリカでも飾ってるのか? 内装はこだわった方がいいぞ、ジーさん」

 扉の先に広がった空間は、地下だというのに明るく、貴族の部屋のように煌びやかで。

 王城の一室のような内装の後ろには、大きな時計が飾られていた。
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