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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
43 組合長統括
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部屋中を一瞥するとそれはすぐにわかった。
規模がおかしい。倉庫として使っていたという割には小綺麗で、窓の外には太陽の日差しが眩しく光っていて、緑が生い茂る木々が見えている。
(現在は昼間。日差しの向きは真上ほどから落ちてくるはず。なのに斜めから差し込んでいる……)
確定だ。塔の魔法使いの術がこの空間を支配している。
「……モチーフは秩序の神殿の中庭か? 神の像まであるとはな」
木々の奥には、こちらを向いて立っている神々の石像が見える。
かの有名な五大神。秩序の神の子どもらとご友人達の偶像がそろい踏みだ。
「内装は塔の一室らしいがね。そういえば、その魔法使い殿はエレと同い年だと言っていたよ」
「同い年で上級魔法使い? それはスゴいな」
同い年なら魔導学院を卒業をして間もないくらいの年齢じゃないのか?
「でも、その時計のセンスはオレとは合わないな。時間も正確じゃない」
「この時計は贋物だが、こういう時計のデザインにしてくれと頼んだのは私だ」
「へえ、通りで」
金色に縁取られている古めかしい時計は長針だけで、短針も時刻も何もない欠陥品だ。それも、長針の辿った後、過ぎた時間の部分は真っ黒に塗りつぶされていくようになっている。残っているのは半分ほどだ。
「……魔法が解けるまでの時間か?」
「さすが一旗殿だ」
楽し気に笑った男性が手を上げると、斜めから差し込んでいた日の明りがゆっくりと薄まっていく。
石像らに暗い影を落とすと、カーテンが自動で閉まり、屋内の照明が橙色に空間を染めた。
「で、話は?」
「まぁ落ち着きたまえよ。いま、勇者様が送ってきていた冒険譚に目を通しているんだ。これを見る限り、勇者様の剣はよく輝くらしい。……で、オマエが働いた記録はどこにあるんだ?」
「勇者の日記なんてどうでもいいからこっち向けよ――イキョウ」
男性の視線が上がることで、エレとバチリと目がぶつかり合う。先に瞳を閉じたのは奥に座っていた男性。薄い笑いで上書きをした。
「ははは。来るのが遅すぎてな。もう、内装チェックは済んだのかい? 細部までこだわった部屋作りだ。満足の行くまで見るといい」
「あいにく《惑わしのことば》の部屋にはいい思い出が無くてな」
「そうか。それはそれは。まぁ、立ち話もなんだ。腰掛けたまえ、遠慮はしなくてもよい」
「悪いな。もう座ってる」
「小生意気に育ちおって」
「アンタのおかげさ、イキョウ。ガキだったオレに礼儀を教えなかったのを悔めばいい」
時計の前に座っている人物――組合長統括であるイキョウは、エレの態度に小皺の寄った顔にさらにシワを作った。
「ハハハ、小どころではないな。大、生意気め」
オレとイキョウは目を細め、控えめに笑った。
すっかり白くなった頭髪は邪魔にならない程度にまとまっていて、老いてもなお勇ましさを残した顔立ちは血気盛んだった時代を惜しげもなく教えてくれる。
そんな彼の実績を並べるならば、冒険者組合を取り仕切り、独立組織である冒険者組合に価値を持たせ、ここまで大きく発展させた。
いわば、一時代を作り上げた者である。その影響力というのは、隅々まで行き通っている。
そんな人物がこのような場所を借りて御忍びでオレと話をする。それが、この場所に訪れた目的の一つだった。
「マスターとディエス様はどういった仲で?」
いつの間にか後ろに回っていた男は問いかける。
「ん。なに、ただの顔見知りさオクルス」
(オクルス……聞いたことがない名前だ)
「時折食事をしたり、公園の遊具で遊ぶ程度の。あぁ、そうそう。私が老いたら襁褓を変えてくれるのも彼だ」
「ほう、それはそれは。いいお孫さんですね」
「子ども扱いは散々されたが、孫扱いしてくんのはアンタくらいだ」
「ほかに孫扱いするのがいたら首を刎ねてしまえ。私だけの『孫』だ」
「なんだ、久々に出会ったからって興奮してんのか?」
「そりゃあそうさ。冒険者の登録から巣立つまで面倒を見たんだから。ディエス以外に、こうも世話をした冒険者もいない」
「言うほど世話にはなってないがな」
「年齢の基準にも満たないオマエを冒険者にして、最速の記録を立ち上げるために力を貸したのを覚えてないのか? 反抗期だな」
イキョウの世話になったのは冒険者登録とその後の少しの間だけだ。
登録の最低年齢が成人の15歳だが、三英雄との旅が終わってから冒険者になったオレは当時、最低年齢よりも遥かに下の年齢だった。
そんなオレに冒険者の登録許可を出したのがこのイキョウ。──まぁ、三英雄がゴリ押してくれたんだが。
「私が登録しなければ、冒険者にはなれなかったんだぞ? ん? 感謝したまえ。そして、おじいちゃんと呼んでくれ」
「クソジジイ。明らかに以前の元気がないぞ。その椅子は年寄りには堪えるんだろう? そろそろ若い者に譲ってもいいんじゃないか?」
「譲っても良いと思える者がいれば良いのだがね。まぁ、何しろ、今日、無事に話ができることを祝福しよう」
イキョウが愉快気に手を広げるとカーテンが一斉に開き、いつの間にか外の光景が訪れた時と全く同じ明るさに戻っていた。
「祝福だぁ? アンタが、どうした? 老い先短いから神様に縋るようになったのか」
「そうだな。最近は存外、神を信仰するのも悪くないと思い始めたよ」
「……」
「どうした、ディエス。すごい顔だぞ」
半ば真実、半ば嘘。そう受け止めれるような表情で、イキョウは窓の外の石像を眺める。
「ディエスの信仰は黎明神だったか」
「そうだが」
「だが、黎明の神は出会いに祝福をしてくれないだろう。それくらいは知ってるつもりだ。とすると……どの神様が祝福をしてくれるのかな?」
まて、本格的におかしくなってきたか?
「大丈夫か? アンタらしくない」
「心配されるほどではないさ。ただ、この奇跡的で運命的な出会いに祝福を」
イキョウは窓の外から目を戻し、部屋を広く見つめる。
「奇跡的?」
「あぁ。よく、魔王領から帰ってきてくれた」
「……」
何か意図があるのか、単純に祝福をしてほしいのか。表情からは何も読み取れない。
しばらく会わないうちに、変なことを言うようになった。老いか、老いだな。
神様なんぞ信じない奴だったと思っていたんだが……。
「……出会いを祝うなら『流転神』だな。他の神サンはちっと毛色が違う」
オレは外にある石像を見ながら小さく口にした。記憶が正しければ、そのはず、と。
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