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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

46 ヤケン退治はあっけなく

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「ヤケン、大きかっタ」

「大きいのがいっぱいいたねぇ」

 時刻は既に暮方。
 橙色の光が街中を照らして、薄い影を地面へ伸ばさせている。足を上げて下ろすだけで兵隊が行進する時のような姿となるのが楽しく、アレッタはニコニコとした顔を浮かべていた。

「オーレがヤケンを教えてくれたおかげで退治できタ」

「なーんにもしてないけどね」

「したクセニ」

「してなーいもーん」
    
 実際、彼女はヤケンを教えたこと以外に何もしていない。

「心配でついて行ったけど必要なかったし? モンスターってこういうものだっけ? 実地訓練で会ったのはもっと、こう、狂暴だった気がするんだけど」

「じっちくんれん?」

「あー、気にしなくてもいいよ……ははは」

 最初に出会ったヤケンに案内されて出会ったヤケンはざっと30体。しかし、戦闘回数は脅威の0回だ。肩透かしというか、なんというか。

 皆が、アレッタの「退治するぞ!」という叫びに怯え、逃げていった。オーレが不思議がる理由も伺える。

「でも、ヤケンのことを教えてくれなかったら何もできなかっタ。でも、コレで仲間になれル! オーレのおかゲ!」

「あ、そっか。なかま……になるとかなんとかって……」

 ウキウキとアレッタが歩く姿を見て、オーレは心のなかでほんのりと興味が湧いた。
 
 少女がそれほどまでに仲間になりたいと思う人物は一体誰なのだろう、と。

「……そのさ、答えてくれる範囲で良いんだけど」

「ウン?」

「アレッタちゃんは、誰の仲間になりたいの?」

「エレ!!」

「アレ?」

「エレ!」

「あー、エレ! えれ……エレ? えっ、エレ!?」

 少女から飛び出てきた人名にオーレは飛び退くように驚き、冷や汗がダラダラと出てきた。
 手汗なんて一気にぐっしょりだ。

「いや……そんな訳、え!? エレ……って、あの……」

 手を忙しなく動かす。アレッタはその動きを不思議そうに見上げる。

 いやいや、こんな場所にいるわけがない。
 そうだ。同名の可能性がある。
 エレといっても違うエレの可能性の方がある。 
 あまり無い名前だが、ゼロではない。

 落ち着け、オーレ。あなたは魔法使いなのよ。
 そう心の内で唱え、必死にお姉さんの顔を貼り付けた。

「エレ……ってさ、どんなエレ、かな?」

「ドンナエレ? んー、カッコイイけど厳しイ」

「じ、じゃなくて……髪の色、とか、姓とか? ボクの知ってるエレだとは思わないけど」

「せい? あー、えーっと。でぃえす? かみは黒くテ」

「はぁぁっ……! エレだ! ウソだ! でも、10割そうだ! でも、ウソ……アレッタちゃん! ウソだよね!?」

「……? オーレ、エレ知ってル?」

「知ってるなんてもんじゃないよ! でも……なんで、だって、この国にいるの……?」

 手袋で頬をつねる。痛い。夢ではない。

 エレが近くにいるらしい。

「そっか……やっと会えるんだ……」

「ちなみニ! この服もエレの服~!」

「うぇっ、なんで!?」

「もらったんダ~! へへへ。衣嚢ポケットに……ホラ! 招待状も入ってル!」

 エレがなくなったと思っていた招待状を掲げ、オーレがそれを受け取って文字を眺めていく。
 眼鏡の奥の瞳が左上から右下へ動く。文字数自体は少ないが……。

「コレって……冒険者組合長統括の……」

 その招待状は、冒険者組合長からもらった招待状だった。場所は地図に示す場所──冒険者組合の倉庫と書かれている。

「……ここ、ボク、《ことば》かけてきた。じゃあ──あれって」

 ぶつぶつと喋り出したオーレ。なんだか様子がおかしい気がする。

「……オーレ?……ハッ!!」

 その時、アレッタの「おんなのかん」がビンビンに立ちあがった!

 エレの名前が出てからオーレの様子ががらりと変わった。
 やたら詳しく話を聞いてきた。
 もしかしたら……オーレは! 

「オーレ! エレのこと好きなんダ!」

「ええええっ!? いやっ、えっ、その」

「エレはワタシのだゾ! ダメ!」

 招待状を持ったまま顔を赤く染めているオーレは何かを言おうとして、口をパクパクとさせた。

「ぼっ、ボクはびっくりしてるだけさ! エレがいるって聞いて──びっくりしてる、だけ……だよ!?」

「あー、いたいた。オーレさん」

「なんッ──」

 肩をぽんぽんっと叩かれ振り向くと、金髪の見知った顔がいた。

「だ……君たちか」

「君たちか、じゃないですよ。いつまで待たせるつもりですか?」

「待たせる……。あ……ごめん! そっか、そっか……そうだった! うわっ、ごめん! 途中までは覚えてたんだけど!」

 その女性は、一緒に旅をしている冒険者の頭目だった。

 名うての冒険者たちを警護を頼むほどの重要な仕事をそっちのけで、アレッタの依頼の手伝いをしていたのだ。彼女らが怒らない理由を探すほうが難しい。

「ちょっとって言われて待ってたら、もう日が暮れちゃいますよー? まー、こっちはこっちで久しぶりの王都観光ができてよかったですけど? なぁ、お前ら」

「そうっす~」「この串美味いっすよ!」

「ウア、美味そう。なに? お肉?」

「牛串っす。お嬢ちゃんにもどうぞ」

「オマエ、はなしわかる奴。いいやつの印を押ス。ポンッ」

「うひょ~! ありがと~。やった~隊長見て~、良い奴印もらえた」

 秒で打ち解けた部下と少女を見る隊長は楽しそうに微笑む。

「用事は済んだみたいですね」

「うん。さっき終わったトコロなのさ。申し訳ない」

 オーレは金髪の冒険者に手を合わせて謝ると、アレッタを振り向いた。

「アレッタちゃんもごめん! ボク、これでお役御免させてもらうよ」

「エー!?」

「えー、だよね。ごめんね……」

 これはアレッタも予想をしていなかった展開だ。あわあわと手が胸の前で踊った。脳内の計画では、このまま一緒に冒険者組合まで来てもらい、依頼の話を共に受ける予定だったというのに。

「一緒に来てくれないノ……?」

「お仕事があってさ……」

「ソッカ……残念ダ」

 見ても分かる程に肩を落とすアレッタに、名残惜しそうにオーレは街を下って行こうとして、夕日を背負って振り向いた。

「なかま、なれるといいね!」

「! ウン!」

 くす、と笑ったオーレの背中を今度こそ見送り、錫杖を抱きながら街路を歩いていく。
 
「ムゥ……オーレ、いなくなるの、さみしイ。でも……」 
 
 思わぬ助っ人が無事に依頼を達成に導いてくれた。

「これで、エレ、仲間にしてくれル……!」

 そう思うと笑みが止まらない。

「フヘ。思ったより、簡単な依頼だっタ……──っテ?」

 向かいの通りの人だかりに、ふと目が奪われた。

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