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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
49 降り注ぐ
しおりを挟む「あいつのせいさ。お高く留まったクソガキが。
喧嘩じゃ俺に勝てないからってすぐに逃げやがったんだ!
あんな調子で逃げ帰って来たんだ!
澄ました顔でな!」
「そんな訳ナイ……」
「道でスッ転んでも顔は変わらんだろうさ!
魔王の所から泣き叫びながら帰ってきた時も同じ顔さ!」
「ダマレ……」
「仲間を危険に晒した時も同じ顔だったに違いねぇ!」
その色に、大柄な男は気が付かない。
気がつける訳もない。
「何も知らない癖ニ……好き勝手言うナ! エレはワタシを助けてくれたんダ!」
アレッタの瞳は段々と、人のモノからかけ離れて行っていた。
周りの男たちは徐々に気が付き始めた。
「おい、なんか変だぞ……ソイツ」
しかし、制止しようとしても、大柄な男は止まらない。
「そりゃあご愁傷様だ!
アイツは魔王を助けた男だぜ。人類の敵だ!
そんなアイツが助けるモンは気持ちのわりぃ奴ばっか!
こんな生意気な神官だったら助けるに決まってんだ!」
「ッッ――!!」
アレッタの頭の中で血管が跳ねたような気がした。
男が胸倉をつかんでいるから呼吸がしにくいのか。それとも……自分でも抑えられないほど感情が昂ぶっているからか。
おそらく、後者だ。
……アレッタの顔は真っ赤になっていた。
「ッ、エレは沢山の敵を殺してきタ! 何体も、何体モ!
それに、ワタシを助けてくれタ!
エレが人を助けてた長い間、お前は何をしタ!?
何をしてたって言うんダ!?」
男の腕を掴むアレッタの手は、獣じみた筋肉を宿していて。
その人間離れした握力に、男は手を離してしまう。
「イ――……ッ!?」
腕を見ると、抉られた傷のようなモノが見えた。傷が深く、つ、と血液が伸びて落ちてきている。
――ぽた。
滴る血液。
男の顔が一気に青ざめていく。
熱が冷めた。
……完全に、冷めてしまった。
それは装甲が剥がれたように、男の身に迫る危険をピリピリと感じさせてくる。
「――――もう、許さなイ」
そんな男の前で、すた、と地面に降り立ったアレッタは男を下から睨み上げる。
「ヒッ」
その顔を見て、男は喉が後ろ側に引っ張られたような顔になった。
「でっぷりと肉を付けて、酒を飲んでたんダロ!? 見たら分かル! 寝テ、起きテ、そんな生活してた奴が、エレのことを……ワタシの大好きなヒトを悪く言うナ――ッ!」
そのアレッタの形相は、男達の背中に隠されて街に行き交う者達の目に入ることはなかった。
その握りこぶしは角ばっていて。
その瞳は人を食らう獣のようで。
食いしばった歯は研がれたように尖っていて。
男達の酔いを完全に奪い去るには、十分すぎる姿だった。
まるで、小さな魔族だ。
人の皮を被った、怪物だ。
「お前、なんだよっ、それ……っ!」
「黙レ……! その口を閉じロ……!!」
殺気が冷気のように足元を這い、皮膚に刺さる。広がった毛穴から名の知れぬ臓器が飛び出してしまいそうなほど、恐怖していた。
男達の足は動かない。
喉も開いてくれない。
瞳はもう平衡を保てず、崩れていた。
「――――謝レ。謝レ。アヤマレ!!
エレに酷いことを言う奴は……このワタシが許さなイ。
エレは、優しいんダ。
酷いこと言われても、気にするなって。手を差し伸べテ。
だから、怒る人が必要ダ……エレの代わりに……!!」
錫杖を地面に突き――石畳が割れた。
小さな神官の影は家屋の壁に大きく映って、アレッタの内側に秘める感情の大きさを表すように――大きく。巨きく。
耳に残る荒い息。大きな獣を前にする男達の垣根は、ゆっくりと割れていく。
「ヒィッ……」
アレッタの姿を世間に見せつけようとするように、ゆっくり、ゆっくり――……。
「殺してやル。エレに、オマエラは必要ナ――」
ぱさっ。
「キミら! 少女相手に何してんのさ!!」
人の目にアレッタの姿が映る寸前、アレッタの頭の上から外套が降りそそぎ、その姿を隠した。
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