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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
48 少女の怒り
しおりを挟む曲がり角を曲がろうとした先にいた大柄な冒険者。でっぷりとした腹部は柔らかいはずなのに、アレッタの顔面にぶつかったのは腰帯である。まったくもって、不幸もいいところだ。
「イテテ……」
真っ赤になったおでこを抑えつつ、よく見てみると……その整っているとは言えない顔に既視感があった。
「ム」
瞼を閉じ気味に、その者をどこで見たかを考えてみる。でっぷりとしたお肉を腹に蓄え、汚い茶色髪で、下から持ち上げて差し上げたくなるような顎肉には手入れのされていない髭が生えている男……。
「なんか言ったらどうだ!?」
「どうしたんだ?」
その後ろからぞろぞろの顔を覗かせてくる仲間達。
「こいつがぶつかってきたんだ」
「はぁ? おい……クソガキ」
「んー……あ、あぁ! あの時にいタ――ウッワ。ウワウワ……増えてル……」
誰だかを思い出した時には、アレッタの前には夕暮れの日に照らされている男が総勢六名になっていた。皆が皆、大きな体の上に装備を固めている。
アレッタとぶつかったのは大柄の、エレとアレッタを足し合わせても足りないほど大きな――エレに掴みかかっていた男だったのだ。その取り巻きもみたことがある。男の仲間達だ。
「ぜったい、めんどくさい展開ダ」
早々にこの場を離れるが吉となるのは幼子でも分かる事だ。
「ハハ。……エト、アノ、用事があるからー……」
横を通っていこうとして、オークのような腹部が突然眼前に迫る。アレッタの四歩が男の一歩なのだ。逃げようもない。
穏便に済ませようとしていたのに、それは叶わないらしい。
「……邪魔をしないでほしいケド」
「邪魔をするなって? そりゃあ無理だ。俺はムシの居所が悪いんでな」
「ムシ?」アレッタの視線が顔からゆっくりと下に下がり、ふ、と口角が上がった。「腹のムシ? よく鳴きそうではあるケド」
「あぁ……?」
男の蟀谷に青筋が走る。その後、何かの言葉を続けようとして、アレッタの服装と手に持っている錫杖を舐めるように見やった。
「……随分と無愛想な神官様だなぁ? 謝罪の一言すら出てこないのか? え? 神様は奇跡を教えても、謝罪の仕方は教えてくれないのか?」
「アーアー! なんで、邪魔するんダロ……」
その態度に、男はこの世で一番醜い顔になった。
「コイツッ……!!」
それもそうだ。アレッタは男の声を聞かないように、両手で両耳を抑えているのだから。
「耳塞いでもウルサイ……あ、終わっタ?」
「っ……! よくそんな態度で金等級の昇級審査に通ったもんだぜ」――「ウワ、まだだっタ!!」――「なぁ!? どうやったんだ? 俺にも教えてくれよォ!?」
大仰な動きで、男の胸元でチラと銀等級の認識票が揺れた。
そんなこと意にも留めず、アレッタは男の大きな口が今度こそ閉ざされたのを確認すると、
「もうイイ? 長話は違うヒトにやってくださイ。お邪魔されましタ」
両耳に手を当てたまま、横を通ろうとして――アレッタの体が壁に叩きつけられた。
「――ウッ!?」
衝撃で錫杖が手から零れ落ち、人通りの多い街路に金属音が響く。
周りの街人らも騒ぎに気付きだしていた。
それらの視線を遮るように、取り巻きの五人の男達は壁を作って……簡易的な人垣の完成だ。
「ようやく目があったなぁ?」
「オマエ……」
醜い顔を近づけられ、蜜柑色の瞳が嫌悪感で汚れていく。
「ッ降ろセ!」
「あぁ? この状況で命令できると思ってんのか?」
「冒険者なら分かるだろ? それも金等級サマなんだから!」
「神官サマつっても、俺らよりも上の階級なんだしなァ!」
ゲラゲラと笑う男達。
ムワッ、と臭うアルコールがアレッタの鼻から入ってきて、顔を顰めた。
その顔に男の目が大きく見開いた。
「ちょーっと待てぇ。なぁーんか引っかかってたんだ。お前の顔。どこかで見たことがあるってなぁ?」
というと、アレッタを更に持ち上げて、
「……ようやく分かった。あぁ、やっぱりだ。視たことあるぞ。……お前、あの『腰抜け玉無し』と一緒にいたガキだなぁ!」
「マジかよ、オイ。アイツと?」
「間違う訳がねぇ! 組合ン中にいたんだ! 俺は見た!」
男達はゲラゲラと笑い飛ばす。『腰抜け玉無し』……つまるところの、エレのことだ。
「だから礼儀もねぇのか! クックック!」
そこでようやくアレッタからまともな反応が返ってきた。
まともな、と言えば少し含みが異なる気がするが、のらりくらりと男共を避けようとしていたのだが……それを止めた。
「――――だれが、なんだっテ?」
影が、落ちた。
「――!!?」
夜中に井戸の中を覗いた時のような感覚が男を襲う。
睨まれた。
たったそれだけ。
しかし、その圧というものは少女が放っていい類のものでは無い。
体の根幹部分を締め付け、捻り、揺さぶるような悪寒。
だが、
「……。……っ?」
一度ギュッと目を瞑って開けば……そこにいるのは垢ぬけない白髪と蜜柑色の少女である。
周りを忙しなく見てやっても、まだ日が落ちている時頃。真っ暗な影が覆ったというのは勘違いだ。
そうだ。勘違いなのだ。
「……――」
男の中で、酔いがよからぬ方向へ転化した。
なんで、オレはこんなガキにビビってる!? ただ睨まれただけだろ。
気のせいだ。そうだ。絶対。
俺がこんな奴に――男の目は崩れた平衡を必死に保つように揺れ動いていた。
恐怖。それを受けておののいた自分を認めたくないというチグハグに積み上げられたプライドが、危機察知能力をぷっつんと消してしまったようだ。
「え、エレっつーチビだよ! わかんねぇか? あの腰抜けの話だよ! 魔王からおめおめと逃げ出してきた玉無し野郎のことさ! オレらの前からも逃げて行きやがったクソガキが!」
「――――」
アレッタの蜜柑色の瞳が一本の線になった。
それはまるで、暗闇に潜む狼の瞳のようだった。
しかし、暴漢の口は結ばれることはない。
「そんな奴に仲間がいて? え? それも神官っつービビりで腰巾着職のクソガキで? それで、おい、四つも階級が離れてるチビってか!?」
言葉を発するたびに大量の唾が飛ぶ。
ツンと鼻に来るアルコール臭。
これほど不快な喋り方をする者がいるのか。
興奮した顔面がつぶれた犬のようだ。ヤケンの方がまだ可愛げがあった。
「オマエにも見えんだろ? なぁ?
その目をかっぴらいてよくみてみろよ?
ほら、あの行進をよ!」
男達が割れて見えたのは、デモ行進だった。
「アイツらが今日も元気に行進してる理由は、あのくそチビさ! アイツが魔王を殺してたら、穢れた血はこれ以上生まれてこなかったってぇのに!」
全部アイツのせいだ。
そう言いながら、男は胸元の銀等級の認識票を握りしめた。その目はもう平衡が保てないように見えた。
「――エレのせいじゃなイ!」
大事な人を馬鹿にされ、アレッタの顔によからぬ色が差し込んで来ていた。
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