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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

51 はめられた

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「発言に気をつけろよ、クソジジィ」

「自分の言葉の責任くらいは取れるさ」

 睨み上げるが、イキョウは動じない。

 何を言い出すかと思えば、アレッタを勇者一党に組み込みたいって……?

「アイツはまだ、金等級になったばかりの神官だぞ。練度が違う」

「だからこそだ。成長途中ならば、神殿側との交渉も上手くいくだろう」

「他人が連れてる奴を引っ張るにしても順序がある。脳の味噌はどうした? 家に忘れてきたのか?」

「はて、順序がある……そうかな? 私が知り得ているところで、君が英雄の仲間になった経緯も、勇者一党に引き抜かれた際も、順序などなく早急だったとは思うのだが?」

「時代が違う。それに、オレが望んで順序を省いたんだ」

「つまりはその通りだ。何事も順序を守らねばならないものと、守らなくてもいいものがある。それに、お前が連れている神官だ。他のやつが目をつけるとは思わなかったのかな?」

 微笑みを崩さぬまま、イキョウは続ける。

「エレが仲間を連れているという話を聞いて、珍しいと思ったのだ。神官、それも少女だ! どういう風の吹き回しかと皆思っているよ」

 情報が早すぎる。アレッタとともに行動する際はかぶりをしていた。
 見られたとしたら今朝、冒険者組合に立ち寄った時しかない。

 隣で立っているオクルスに目を向けた。コイツか。

「それに、ディエスの仲間になるには些か不安がある。不釣り合いだろう。その少女のためでもあると思うんだが」

「アイツは仲間じゃあない。旅に同伴しているただのガキだ」

 イキョウの表情に少し変化が見えた。
 オレが魔法を勉強し、ある程度は使えることを知っているからか。「仲間じゃない」という言葉が嘘ではないことに、引っかかったのだろう。

「仲間じゃないなら、なおさら勇者一党へ組み入れることが彼女に取っての幸せではないかね? 誉れだ。彼女の母親や父親も両手を上げて喜ぶことだろう」

「そうは思わないな」

「なぜ?」

「アイツは多分、親から虐待を受けてた」

 机の上に足を投げて、話を続けた。

「アイツの母親や父親にオレは会ったことがない。あの年頃の子どもが両親の話をしようともしない。虐待ではなくとも訳アリだろう。それに、アイツは勇者よりもオレをご指名のようだ」 

「それでも、勇者一党の神官として旅ができることは今生最大の幸せであり、栄光だと思うが。それに知っているだろう? 神官を一党に組み込むことの難しさを」

「それがアイツをあんな場所に放り込む理由にはならない」

 あんな場所呼ばわりをすると、イキョウは口元を隠すように手で覆った。

「断固として断らせてもらう。オレはアイツを勇者一党に入れてやるために連れてるわけじゃない」

 アレッタにオレと同じ思いはしてほしくない。
 不幸から逃げてきた少女を、より不幸にするためにオレは一緒に居るわけじゃないんだ。

「そうか。それは残念だ……非常に、残念だよ」

 残念がるイキョウはわざとらしく肩を落とし、ため息をついた。

「……イキョウ。お前は変わったよ。お互いのためにこれ以上、関わるのはやめた方がいい」

「寂しいことを言ってくれるじゃないか」

「王国からの命令に背けず、受け入れている時点で冒険者組合は最早独立組織じゃなく、王国のイヌだ。昔のアンタなら、対等にぶつかるくらいの気兼ねは見せたはずだ」

「老驥伏櫪という訳にはいかぬのでな。しかし、今回ばかりはディエスが読み間違えているな」

「なに?」

「若かりし頃の私でも、同じことをしたはずだ。いや、まったく、孫が国の意向へ背くとは──残念だよ」

 その瞬間、カチッと重々しい針の音が響いた。
 部屋にかけられていた魔法が解けると、手を掛けようとした先には扉が無いことに気づく。
 そして、もう一つ。オレを囲む──胸に牡丹が刻印された鎧を身につける王国兵が十人いたことも。


「……はめたな? クソジジィ」


「長らく国から離れていたのだ。この地下倉庫が王城と繋がっているとは気が付かないだろう?」


 腰帯に下げている短剣に手を当てようとし、その手を止めた。

「はいはい。そういうことかよ」

 流れるように拘束しようとする兵達相手に、衣嚢に手を突っ込んだまま。

「触れるな。抵抗はしない」

 少し凄んだだけで王国兵に躊躇いが見えた。
 所詮、その程度だ。戦うべき相手がいない状態で剣を振るう彼らに、現場で戦ってきた者の圧は耐えられない。
 オクルスの方がよほど熟達した戦士だ。

「……冒険者組合と王国が、ここまで蜜月な関係だったとは」

「この席はディエスの言う通り、存外堪えるのかもしれないな。しかし、私の判断は間違ってはいないと思っている」

「老いたな。オレに祝福をさせた理由はコレか? 上手く計画が事を進めれてよかったな。改めて褒めてやるよ、おじいちゃん」

 その軽口に反応したのは、イキョウでもオクルスでもなく、王国兵だ。

「口を慎め! 貴様にどれだけの実績があろうと、

「王国から離れずに鈍らを振り回してる君たちに裁かれるなんて最高だよ、まったく」

「だ、黙ってついてこい! こっちだ」

「言わなくても着いていってるだろう? 焦るなって──なぁ、イキョウ。いい勉強になったよ。信頼すべき相手は良く考えて選ばないとな!」

「ディエス! 武器と装備を」

「装備を取り上げる?……穏やかじゃないなぁ」

 王国兵に押されるように導かれながら、短剣と腰帯を渡す。それらを検め、スリット越しにオレに疑いの目を向けた。

「……これだけか?」

 無言で両手を上げる。ご自由に探せというアピールだ。
 隠し持っているものが無いかを探られる中、上着を引っ張り上げた王国兵は体に刻まれた傷跡に息を潜めた。

「これは──っ」

「なァ。王国の兵になれば、人の上着を勝手に持ち上げ、上裸を見ることも可能なのか? 良い職業だな。寒いんだが?」

「あ、あぁ……」

「で、問題はないんだな?」

 王国兵はお互いに目配せをすると、何人かがコクリと頷く。

「これ、返してもらえんの? その武器とか小道具とか、割と愛着があってね」

「……行くぞ」

「質問の答えじゃあねぇだろうがよ。まぁいいや。……じゃあな、ジジイ」

 取ってつけたような挨拶をして、頬を掻くイキョウから視線を切った。

「早く歩け」

 背中を小突かれ、イキョウの後ろの時計が掛かっていた所にあった通路の奥へとオレと王国兵は消えていった。
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