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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
52 三女
しおりを挟むエレは国賊だと言われている。
冒険者組合の倉庫に呼ばれて。
倉庫の奥は王城に繋がる地下通路がある。
全ては、エレを王都に誘き寄せ、見せしめに処刑するために。
その前段階の場所に──自分は《ことば》をかけた。
無意識に、エレを殺す手助けをしていたのだ。
──だったら、ボクがすることは一つだけだ。
「みんな……ごめん!」
用意をしていた荷馬車に乗り込もうとしていた冒険者たちはオーレを見つめる。
「どうしました?」
「まだ、ボク、この街から出られない。……やることがあるんだ」
「いやいや! そんな事言われても無理ですよ! 行商人の荷馬車に乗せてもらってるんですから、コレ以上の遅延は──」
「ごめん!!」
「いや、ごめんとかじゃなくて……さっき、用事は済んだって」
「無理を言ってるのは、承知してる……」
冒険者は後ろ首を掻く。
「理由だけ聞かせてもらっていいですか? 給金は前払いでもらってる。でも、こっちも仕事でやってんですよ。私達の矜持よりも大事なモノってなんですか?」
その問に、オーレは下げていた頭を上げぬまま答える。
「……ボクの大事なヒトに危険が迫ってる」
耳に淀みなく入ってくる流麗な声は微かに震えていた。
こみ上げてくる感情を必死に抑えようとして、それでもかなわなくて、情けなくて。ぐちゃぐちゃになった感情のまま、ワガママを言っている。
「その人は……ボクの大好きなヒトなんだ。ボクが今、ここにいるのも……その人がいたからで。それで、その人は……今、危ない状況にいる。ボクも、その手助けをしてしまったんだ」
だから──と言葉が詰まった。
オーレだって、彼らの仕事の邪魔をしたいわけじゃない。
重要な仕事は完遂しなければならない。彼女らを雇った依頼主にも顔が立たない。
だから、出てくるはずの言葉は喉の奥でなりを潜めてしまった。
「……はぁ、いいっすよ。団長には私から言っておきます」
思わず、顔を上げた。
「い、いいんです……か?」
しっしっ、と手を動かされる。
「給金は満額いただきます。返金はしません。また、私達は用事があるので先にこの街を出立します。それでも良いなら」
「うん! うんっ! それで、それでも大丈夫です!」
「じゃあ、いいですよ。どーぞ。ご勝手に!」
「ありがとう! ほんとに! 少しの間だったけど、楽しかったよ!」
花が開くようなオーレの笑顔に、女冒険者はため息を付いた。
上り坂を戻っていく魔法使いの後ろ姿を見て、警護の仕事を受けていた冒険者たちは顔を見合わせて、くす、と笑った。
「団長と依頼主にはなんて言い訳しますか?」
「……どうしようかねぇ。ゆっくり、考えることにするよ」
部下からの質問に肩を竦め、首から翠金等級の認識票を下げている金髪の冒険者は長い耳を跳ねさせながら呟く。
「……六卿帝の私らの警護を蹴ってまで、手助けをしたい人って誰なんだろうね」
◇◇◇
ばさ、と落ちてきた外套から顔を覗かしたアレッタは目の前に降り立った者を見て驚きの声を上げた。
「オーレ!? なんでココに……お仕事は!?」
「お仕事も大事だけど……ボクはエレに会いたい。会って、色々と話を聞いてみたいんだ」
「オーレ……」
オーレの登場はアレッタにとって救世主の登場のように思えた……のだが。
「やっぱり、オーレはエレのことが好きなんダ!」
「えっ、今は別にそういうのいいんじゃないかな!?」
「良くない! 大事なコト!」
「すっ、好きとかそういうのはわからないけど。でも、ボクの中でも優先する順位くらいはある!」
苦笑いを浮かべながら、アレッタを庇うように背中に回して目の前の男たちを睨みあげた。
「君たちさ……こんな少女相手に、多勢に無勢じゃあないかなァ! 冒険者ってのは勇敢な人達がなる職業だと聞いていたんだけど、違うのかい!?」
男たちは顔を見合せた。
「お前っ、そのバケモノの仲間か……?」
「はぁ?」
「その神官、バケモノだぞ!? そんなやつを庇うのかよ!?」
男はアレッタを指差す。確認しても少女の顔は一緒にヤケン退治をした時と変わらない。
バケモノ──その言葉に、良い覚えはない。
オーレの蟀谷に青筋が浮かぶ。
「……口舌は結構だ。だが、頼むから、理性を欠かせないでくれ」
「……っ! 俺らは被害者だ!」
「一対多で、キミらは抜き身の武器を持ってる。で、被害者と?」
「信じてくれ! 俺らは」
「もう、口を閉じてくれないか」
杖を構え、鋭い眼差しを向ける。
「どのみち、筋の通っていない争いだろう。誰が介入しても問題はないはずだ。喧嘩がしたいなら、ボクが相手をしてやる」
オーレの怒りを受け、男は感情の行先が分から無くなってしまった。
これほどまでに矜恃を傷つけられたことも無い。
冒険者たるもの、舐められたら終わりだ。
多くの観衆がこの騒ぎを見ている以上、この街で活動を続けるには――もはや、引き返すことは出来ないのだ。
「もういい。ぶっ殺せば終わりだ。お前ら! やっちまうぞ!」
「祈らぬ者に加担するクソ野郎共だ。正義はオレらにあるッ!」
「あの腰抜けの仲間は変な奴ばっかりじゃあねぇか……! 気味の悪ぃ神官の次は、両目異色の混血か!」
「エレの仲間にはふさわしい奴らだろうさ。なんてたって、魔王のお仲間さん達だもんなァ!!?」
俺らなら勝てる、と繰り返す。感情が混ぜ合いになってる男たちはオーレを何者か知らずに声を荒げ、その彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「ボクがエレの仲間だって? ボクなんかがあの人の仲間なわけがないだろう」
「今更逃げようとしても無駄だぞ! お前はアイツの肩を持った! 祈らぬ者の肩をな!」
「仲間じゃなかったらなぜ助けに入ったんだよ! 適当言って――」
「笑わせる」
影のかかる瞳が、真夜中に浮かぶ鬼火のように猛り光る。
「ボクは仲間だから助けに来たわけじゃない。この神官は、エレの大事な人だから助けに来たんだ」
「オーレ……」
「それに……怒るに決まっているだろう? 親族をバカにされて怒らない奴はいないさ」
「親族……? あいつに家族なんて──」
そこで男はあることを思い出した。
エレは勇者候補の第一等と言われていたことを。
そして、エレは彼を含めて五人の兄妹がいることを。
赤髪で空色の瞳をしている──長女。
白髪で紅色と黄金の瞳をしている──長男。
桃髪で緋色の瞳をしている──次女。
黒髪で黒色の瞳をしている──次男。
焦げ茶髪で梔子色と小豆色の瞳をしている──三女。
「おまえ、まさか……」
「あぁ! そうさ、そうだとも!」
勢いよく魔法杖を石畳に突き、マナを放出させた。
空中が、震える。
「──……ボクはディエス・エレの妹」
空中が、梔子色と小豆色に光る。
「大好きな兄姉のことを馬鹿にするやつは、誰であっても容赦はしない……!」
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