英雄喰らいの元勇者候補は傷が治らない-N-

久遠ノト@マクド物書き

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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》

53 妹の力

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 焦げ茶色の髪が下から湧き上がるマナに持ち上げられる。
 空間がピリピリと光ったと幻視するほど、オーレから解き放たれたマナは空間を支配していた。

「──……」

 だが、それを感じれる者はごく一部。
 目の前の男たちはおろか、この喧騒を見守っている者でも感じ取れた者はいないだろう。
 
 マナを視認する。それすらも、凡夫にはできない芸当なのだ。
 だからこそ、彼らは未だに口元に余裕を湛えることができていた。

「許さない……って、ここからどうするつもりだ? この距離で魔法を使えると思ってるのか? 馬鹿にするなァッ!!」

「君たちこそ、ボクを馬鹿にしすぎだ。無策に飛び込んできたと思ってるのかい!?」

 ──男たちの拳がオーレに届く一歩前。

「《落ちろカデーレ》!」

 男たちにバケツをひっくり返したような水が落ちてきた。思わず止まってしまった男たちに畳み掛けるように《ことば》を発していく。

「《縛れリガートゥル》《その水アクア》」

 水が紐状になり、男たちを縛り付ける。足が動かなくなり、顔面から転げた。一瞬の出来事に唖然とする。

「はやすぎる……っ」

 暴れど、拘束が解けることはない。

「オマエ……!! なにをやった!?」

 《ことば》は選ばれた者しか使えない。
 幼少期から才能を発揮し、大人になってから修練しても会得はできないと言われている。

 だが、その性質上、近距離では分が悪く、場所を選ぶのが常だ。だから、魔法使いは単独行動に向いていないと言われている。
 
 しかし、オーレは正面から堂々と行使し、近接戦闘に特化した冒険者を拘束して見せた。

 彼らの見定める実力など、ひとつ上の階級の魔法使いが精々だ。下級の冒険者の想像できる域など、とうの昔に過ぎ去っている。

「喧嘩を売る相手を間違えない方がいい。この世界は君らが思っているよりも広く、深い」

 スゥと両目で異なる色の瞳を閉じる。

「浅薄を痛ぶる趣味はないが、ボクにだって腹が立つことくらいある」

 マナを体内で練り上げ、《ことば》で区切っていく。

「《構えろマルセイエ》《焔の精霊ジンリート》《城門を護る双頭巨人テタ・フォビド》《大地を揺らすテレモート》──《焔の大槍ゲイ・ジャルグ》」

 オーレの後方に現れたのは巨大の焔を纏う槍の群。

「お兄ちゃんを馬鹿にした罪。その大事な人をバケモノと呼んだ罪。そして……不甲斐ない自分への鬱憤だ」

 周囲の酸素を食い荒らすその数多の槍の矛先は男たちへ向き、その熱は見守っていた国民にも触れていた。

 見守っていた街の人々も悲鳴をあげ散り散りになって行く。街路に取り残されたのは、拘束された男たちとオーレとアレッタだけだった。

「俺らが悪かった……!! 謝るっ! 謝るから!! 許してくれ!」

「なんで?」

「なん……?」

「君たちが悪いんだよ。傷つける側の人間は、人の痛みを知らないんだ。知らないと分からない。ぬくぬくと育てられたんだね、羨ましい」

 その笑顔は母のように優しく、悪魔のように冷ややかだった。
 ──昔の神官に突き刺された傷がうずく。
 人の痛みを知らずに、生きれるなんて幸せだなぁ。

「だから、君たちは痛みを知らないとね」

 男たちは涙を流しながら叫ぶ。

「助けてくれっ!!」

「そんなつもりじゃなかったんだよ……っ」

 右手を上げていたオーレは口元に笑みを湛える。

「そんなつもりじゃないって……みんな、そう言うよね。ほんと、幸せ者だよ」

 間髪入れず号令を飛ばす。

「《落ちろ》」

 轟音を鳴らしながら落ちてくる槍。

 叫ぶ男たちは──意識を手放した。



「その口で、二度とボクのお兄ちゃんを罵るなよ」



 焔の槍は鼻先で止まっていた。

 その熱で多少なりとも火傷は負っただろうが、命まで獲るつもりはない。影が薄まっていくオーレは、普段の笑顔を浮かべていた。

「オーレ……怖イ」

「ちょっと、カッとしてね。憲兵が来る前に行こうか」

「どこに──」

 オーレはアレッタを抱き抱えて耳打ちをした。

「エレが大変らしいんだ、一緒に来てくれるかい?」

「……! 行ク!」

「よし! 行こう。ここからは、隠密作戦だ!」

 片手にアレッタ、片手に杖。
 オーレは流れを遠くで見守っていた街民に杖を突き上げて勝利宣言をした。

「じゃあ、皆さん! 暴漢を倒したので、ボクたちはこれで帰ります!」

「オー!!」

「「「……オー?」」」

 アレッタの盛り上げに乗り切れていない観衆にほほえみ、ガツン、と杖を突き火花が散った。

風よベントゥス

 天高く舞い上がった二人は街を一望する。

「ワァー!」

「大丈夫、酔ってない?」

「ウン! 魔法、スゴイ!」

「なら良かった……じゃあ、ボクから離れないでね!」

 空中で杖の先端を王城に向け、その道を線でなぞる。残存するマナや、空中に漂うマナを感じて最適な場所を探した。

「……とりあえずは、あそこかな」

 杖から両手を離すと、意識を持ったように指定した街路に向かって飛んでいく。そして、そのマナを辿るようにして……。

標は彼方へロケート》《盤上の座標コーディネート》《捻り開けカウウス・トルタ》──

「《精霊の扉ブレンテシオン》」

 視界が変わると空中にいた二人は、遠く離れた街路に立っていた。

「……オーレ、すごい……」

 先程までいた空中を見つめ、アレッタは服の上から自分の体をぺたぺたと触って感心したように息を吐いた。

「はぁ、はぁぁっ……疲れた……。ぜんっぜん距離稼げなかった……っ。体力、つけなきゃ……っ!」

「オーレ、なにもの……?」

「えっ? あれ……聞いてなかった!?」

 ぜぇ、ぜぇ、と荒い息を整えながらオーレはアレッタの髪を梳くように撫でた。

「お兄ちゃん……あ、エレの妹だよ。といっても、10年近く会ってないし……ついこの前までは死んだと思ってたんだけどね」

「エレ、そんな話してくれなかった」

「これからいっぱいしたらいい! そのために、今日を乗り越えるんだ」

 はぁっ、と息を吸い込み、姿勢を正した。

「急ごう。目的場所は王城。目標! お兄ちゃんの救出!」

「オ! ワクワクする!!」

 かぶりで顔を隠し、二人は王城に目掛けて走っていった。


    

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