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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
54 王城の広間
しおりを挟む地下道を抜けて連れてこられた場所は王城の一間。オレにとっては嫌な思い出がある場所だ。
吹き抜けとなっている正方形の広場の地面には緑が生い茂っている。
(で、王様の姿を模した像が中央に堂々と佇んでいると)
あの時と違うのは、椅子や洋卓が用意されていないことか。王国兵は広場を囲むように配置はされているが……。
「久しぶりだな、エレ」
広場にたっていたのは紅白の全身鎧に身を包んだ見知った男──モスカだ。
「おーおー、誰かと思えば10年間も見た顔だ。一月ほど会えなかっただけで、寂しくなったのか?」
自分でもわかる程の軽口を叩きながら、悟られぬように状況確認に目を走らせる。
(……あれは、新聞の各社ご要人かな)
被害の届かぬような場所で最新鋭の姿模写機器――カメラを持って構えている。
それに、あの帰り道は塞がれてると。
「減らず口を」
「普段はあんまし喋らないんだ。たまにはいいだろ」
「その様子だと、状況が飲み込めていない様だな」
「咀嚼し、しっかりと飲み込んでるよ。まったく、酷い味だ。出来れば飲水が欲しいくらいにね。王様に殺せとでも言われたのかな? 要らない仕事を押し付けられて大変だね」
同情をするように笑いかけると、モスカは顔を顰めた。
「で、どうする? 戦うのか? 生憎、こちらは武器も何も無くてね。まさか、これだけの観衆の前で一方的な処刑をするつもりで?」
チラとカメラ持ちを見やる。その視線の意図をモスカは受け取る。
「凡夫を嬲るのは周りも盛り上がらないか。武器を」
モスカが声を投げると、王国兵の板垣から短剣が投げられ、地面に落ちた。武器屋の隅で埃を被ってそうな代物だ。
「もっとマトモな武器はねぇのかよ」
「切らしていてね」
「そーかい」
拾いあげようと手を伸ばした瞬間、モスカの鞘辺りに不自然にマナが集まるのを目が捉えた。
「――っ!」
咄嗟に飛び退くと、地面を抉る二本の斬撃が渡された短剣を跡形もなく破壊をした。
「避けるか」
「……遠慮ないね。了解した」
顎を上げ、抜き身の聖遺物――アスカロトの剣を見た。
勇者は聖遺物を持つ権利を神様から与えられている。凡人の努力を無下にする伝説の武器は、最大限の注意を払っていても足らないほど脅威だ。
身につけている紅白の全身鎧も、今を生きる伝説の職人の最高傑作だ。魔王から付けられた肩と腹部の傷以外に傷跡は残っていない。
「確認だが、オレを始末するって認識で間違いないのかな?」
言葉は返ってこない。つまりは肯定だ。
「こんな若造に今更怖気付いたのか。殺すことくらい追放を言い渡す時にでもできたはずだろう」
「そんなヒドイことをすると思うのかい、この私が」
奥から聞こえた声に兵隊とモスカは姿勢を正し、片膝を着いた。
「休日は謳歌できたかな? 神殿の子よ」
「……おかげさまで」
中庭の光に照らされたのは現国王。完全武装でのお出ましだ。
「それはよかった。いやはや、十年も尽くしてもらったのだ。もっと丁重に労わなければな……おい、誰か飲水を──」
「いいよ小芝居は。私を殺したいんでしょう?」
「まさか! 何故――」
そう言いかけ、オレの顔を見て、広げていた手を畳み、悲しそうに眉を潜めた。
「こうも世論が傾いてしまうとね……辛い話だ」
「それは不思議だ。王政だというのに、世論の一つ動かせず、無視することもできない、と」
国王は肩を竦める。
「外聞を気にするようになったのですか? あの国王様が? 英雄王とも呼ばれた貴方が随分と丸くなったものです。老いとはなんとも残酷ですね」
「なに、老いも悪いことばかりではない。国民の声を聞かぬ国家など直ぐに滅びると学べたのだからな」
「生涯勉強、素晴らしい事だ。ならば、人財、という文言も是非勉強をしていただきたい」
「人財? 知っているとも。ここ王国は能力主義でな。人財教育に最も力を注いで……」
「私が申し上げたいのは、王国の体制ではありません。もっと身近なことです」
涸沢の件もそうだが……このお髭は人的資源をなんとも思っていない節がある。
モスカを視界に入れる。
彼は黙って片膝をついている。一歩近づくと、あの時の将官が声を荒げた。
「冒険者ディエス! 直ぐに膝を着き、頭を――」
「俺を殺したい奴らの前で、片膝を着いて頭を垂れろと?」
言葉を挟もうとした将官に対して、言葉に一瞬だけ怒りの感情を乗せて黙らせた。
「お前が喋っていい時間じゃあないんだよ。黙ってろ」
「貴様ッ! 平民の分際で──」
ちょび髭を震わせて抜刀をした将官に、国王は手を上から下へ振った。控えておけ、という合図なのだろう。
「用済みになったから殺したい。でも、敬って欲しい。そんな勝手が通じると思ってんのか? 似合ってねぇ髭をぶら下げやがって」
顔真っ赤になった将官を切るように無視し、モスカと国王に目を向ける。言葉は返ってこない。
「……すまないな。邪魔が入った。続きを聞かせてはくれないか?」
「えぇ、もちろんです」
いい機会だ。
新聞各社と王国兵の前でオレは背筋を正した。
「以前から思っていたことですので、あの場で申し上げれば良かったのですが……」
無言で続きを促す国王を一瞥し、瞳の力を強めた。
「……何故、勇者一党を支援しなかったのですか?」
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