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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
55 世間の声
しおりを挟む魔王を倒しに行く。それは勇者の役目だ。
だが、道中の魔族などは他の只人でも対処可能。
勇者の一党は、四人で旅をせずとも良いのだ。
聖典にもそのような記述はない。
考えられることとしては、第三者が意図的に魔王へと挑む勇者の周りの人数を制限しているということだった。
そんなことが出来るのは国王。目の前にいる髭を蓄えたコイツしかいない。
「それは勇者と君たちを信頼していたからだよ」
「当然を声高々と語るのは恥とご存知ではない? 結構。そちらも勉強をしていただきたい。元より、信頼なくしてこの関係はないんですよ。その上の次元の話をしています」
国王は口を噤む。
不利になれば、黙れば良いと思っているのだろうか。
「勇者は死んでも次が選ばれる。従者は死んでも次を選べばいい。魔王は直接こちらを何故か攻めてこない。外敵で回っている産業もある。そのため……貴方は現状を維持するために我々を単騎で乗り込ませている。私にはそのように感じましたが」
「やれやれ……口舌が得意なのだな。結局、何が言いたい?」
眼圧でもって怯まそうとするのをヒラリと受け流す。
「魔王を殺すつもりがないなら出張るな、と」
「ならばキミこそ出張らない方がいい。魔王を殺さなかったのは、事実、キミじゃないか」
「あぁ、すみません。言い換えましょう。勇者を生かそうとしない者が同じ土俵で口を開くな」
国王は何か言いかけて閉口した。
「本気で魔王を殺したいなら、軍隊でも率いて旅をさせたらいい。指揮が取れないと感じるなら、大隊長でも付けて旅をさせればいいじゃないですか」
「軍隊なんぞつけてみろ、手薄になった王国に敵国が攻め入ってきたらどうする? 私たちが抱えている敵は魔王だけではないのだぞ」
「なんのための一国制でしょうか?」
「内陸のことを言っているのではない。海の外との話だ」
「それこそ十年以上前の話をしているのではないのですよ。海外との戦争は魔族から取れる魔石や鱗や爪などを売り捌き、停戦状態に持ち込んだはずです」
「…………」
何も知らないと思って、よく物を言う。
こっちは勇者が選ばれる前まで、神殿で英才教育を受けていたのだ。
「私は長い旅の間で様々なモノを見てきました。魔王の脅威に晒されている人々を。深度の深い魔族達の力を」
「それはそれは」
国王は同情をするように眉尻を下げながら顎髭を撫でた。
「……最後まで言わなければわかりませんか?」
「最後まで言っていただいて構わないよ」
「本当に国民のことを思ってるならば、勇者を全面的に支援をして頂きたい」
口調が荒ぶると国王の眉が潜められ、張り詰めた緊張感が走る。
「それだけで、救われる命があるんですよ」
勇者をイタズラに魔王退治に向かわせ、国民に希望を抱かせ、殺して、次の勇者を新たな希望へとすげ替える。
只人と魔族の全面戦争と揶揄するには、勇者側の手助けが圧倒的に足りないのだ。
「今までの勇者が負けた理由を考えたら分かるはずです」
今までもおそらくこれからも続く、その「絶望的な状況」は……今後の勇者の一党という希望の星に影を落とし続けるのだ。
変えなければならない。
この腐った体制を。
「遅れたら遅れるだけ人が苦しむ。魔王の元に勇者を安全に連れて行くだけでいい。その後は勇者の仕事だ。……少なくとも、私はそれに注力しました。ですが、私はもう勇者を護ることはできません。人数を用意するんです。そのためには、陛下のお力が必要です」
ヴァンドやルートス達だけで支援するよりも圧倒的にそちらの方が効率もよく、被害を最小限に抑えることができる。
それまでの食料や水、宿などの支援に関しても、一国制が瓦解していない今ならば各街に支援を要請をすること容易だ。
「私がこのような事をいう立場ではないことは分かっています。ですが……」
罪のない人が目の前で死ぬ。
あれほど、心を締め付けられることなどない。
あれほど、己が無力だと感じる瞬間はない。
「是非とも、ご再考をお願い致します」
エレは頭を下げた。
その姿をモスカは横目で見て、瞳を閉じる。
「あぁ……君の言葉は、鞭を打つような言葉だ」
国王は顎髭を震わせながら、笑みを浮かべた。
「君の言うことは確かに正しい。部隊を派遣すれば、たしかに旅の時間は短く済んだだろう。被害ももっと抑えられただろう……」
ニコリと笑う国王は好々爺としたものだったが、次の瞬間──異なる空気を纏った。
「──しかし、勇者に軍隊をつけられない理由は他にもあるのだ。それが何かは言えないが……」
王の発言に、思わず体が止まった。
言えない……?
「……明言しないと?」
「まぁ良いではないか。今回は、君と勇者の戦いを皆が見に来たのだ。話は終わりとしよう」
今度は王国兵に向かって呼びかけ始めた。
沈黙のままだった王国兵がガヤガヤとし始める。
「答えて頂けませんか? 勇者を支援できない理由を……」
「だからソレが無駄だと言っているのだ。言えぬのだ。今、この場所ではな」
「国民の命よりも大事な理由が何故、言えないんですか!? 勇者を支援しない理由は一体──」
追求をしようとした手前、鼻先を矢が通っていった。
「……っ?」
一歩前に出ていたら当たっていただろう。
しかし、それだけが言葉を遮った訳じゃない。
「いい加減にしろ!! 話は終わりだ!!」
射手は少年だった。
弓を構え、震えながら怒っている。そして、その言葉はオレに向かって投げられていた。
それを皮切りに、王国兵から声が上がる。
「いい加減にしろ。ないものねだりも甚だしい!!」「部隊をつけろだ何だと言っているが、勇者はこうして無事に戻ってきたじゃないか!」「前代の勇者も、前々代の勇者も情けない。魔族がなんだ!?」「お前が悪いんだろうが!! この裏切り者め!!」
口々に叫ばれる声の締めは、最初の少年兵だった。
「要は……自分の力不足を他人になすりつけたいだけじゃないか……! このっ──祈らぬ者め!!」
おもわず、ちからが、ぬけていった。
だというのに、目だけは、大きく見開いていく。
こいつらは、何を言っている?
今、なんて言った……?
「オレが……祈らぬ者?」
神に祈りを捧げるのは、神の子の只人だけ。だから、神に祈りを捧げるのは、最も人間らしい行為だ。
つまり祈らぬ者は……只人ではない者を指す呼称だ。
「────」
その時、前にいた国王が……笑った気がした。
いや、笑った。髭が上方向へ、揺れ、動いたのだ。
「あぁ、国民の怒りも最もだ。魔王を自分が止めをさせなかったのは、私が……この私が、部隊を派遣しなかったからと言いたいのかね? 魔王を前にして魔王に加担し、内部崩壊をさせた君がどの口で喋っている!?」
前で聞こえる国王の声のほとんどが、理解ができなかった。
──なんでそうなる?
王国兵から、拍手が巻き起こった。
──そういうことを言いたかった訳じゃあない。
その理由も分からない。
「包帯ばかり巻いて、装備もろくにつけない。馬鹿にしてるのかね? それで、国民が同情をするとでも?」
なんだ、これは。
なにが、おきている?
「おれは……ただ」
国民のことを考えて、一番、正しいと思った話をしただけで。
「滑稽だな、君を心配する者なぞいない。順調だった勇者一党の足を引っ張り、魔王討伐が失敗に終わったのは部隊がいなかったからじゃない。君なんだよ──ディエス・エレ! 君のせいで魔王は生きながらえ、民が苦しんでいるのだ!」
爆発をするように拍手が巻きおこり、
「そうだ! そのバケモノを──」
「我々の敵である祈らぬ者を──」
「この国に仇をなす国賊を──」
一体となった群衆は言葉の矢を放つ。
「「「殺せ!」」」
それらを受け、国王は小さく口元を歪めた。
「これが、世間の声だよ」
「──…………」
耳の中で聞こえる雨の音が強まった。
ざぁざぁ、と。
心に重たいものが沈んでいく。
「………………」
あんな馬鹿馬鹿しい情報に載せられる訳がないって思っていた。
ちゃんと、みんなは考えていて。
情報の正誤判断はできるって。
正しいことを正しいと思える人間なのだと……思っていた。
見てくれている人は、ちゃんと、見てくれているんだと。
分かってくれる人は、分かってくれるのだと。
だけど、この拍手の音が。
響き渡る歓声が、全てを物語っているじゃないか。
────雨音が強まる。
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