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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
61 いつもの逆だな
しおりを挟む「きさま……なぜ」
袈裟斬りといえども、右上から左下へ振り下ろしただけ。
もちろん王国兵が使っている質素な剣ではモスカの鎧が切れるわけではない。
だが、その鎧に傷をつけることができた。
「はははははっ! これで魔王とオレだけだな、お前の鎧に傷をつけれたのは」
呆然としているモスカと観衆を前にして、五体満足のオレは短剣を捨てながら笑う。
「なぜ、生きている!? 火は確認した! 生命力は絶ったはずだ! 結界も……」
「おいおいどうした? いつもの顔になってるぞ?」
モスカの激昂具合に呆れ顔を浮かべた。
「オレを殺そうとしてきたからもしかしてとは思っていたが……モスカ、お前、どこぞの誰かから勇者なら俺を完全に殺せれるとかって聞いたか?」
モスカは否定をしない。国王の顔に焦りが見えた。
やっぱりそうか。おかしいと思っていたんだ。
「鵜呑みにしたのか? それ、オレのことを何回も殺そうとしてきたクソ神官らが言ってた吹聴話。所謂、噂だ、噂」
神殿の子らを陥れたい神官たちが吹聴して回ったただの噂だ。としても、噂は広がれば事実と認識されることもしばしば。
「だが、貴様は役目を終えれば死ぬと自分で言ってただろう!?」
「なら役目はまだ終わってないんだろうさ。それと悪いが、それは前に検証済みだ」
ぼろぼろになった肌着から、心臓部に残っている傷跡を見せた。
「お前を庇って魔王に一度心臓部を刺された。で、今、オレはお前の前にいる。どうだ? 賢いお前なら少し考えるだけで分かったはずだ」
この場の全員が言葉を失っている。
「ならば……お前は、最初から分かって」
「当たり前だろ。計画も何も立てず、お前と戦えるかっての。……武器が縛られてるから勝ち目はなかったのは困ったが」
「……」
この言葉が『武器さえあれば勇者を殺せれた』と後々に報道されることになるとは、この時のオレは思っても見なかった。
モスカにもそういう形で伝わったらしく。柳眉をはねさせた。
拳は震え、唇を血が滲むほど噛みしめる。体裁を保つのにやっと。言葉も必死に選んでいるようだ。
「だったら、貴様に怪我が蓄積されていっていたのはなんだというんだ!? 貴様は──」
「それはお前の弱みを利用しただけだ。《ことば》に対して理解が浅いのに行使できる。自分がかけられるなんて露にも思っていない」
モスカは後ずさりをしながら、観衆にも目を向ける。
しかし、彼らもモスカと同じく状況が飲み込めていないようだ。
「いつから……いやっ! なんの術をかけていた!?」
「オレはお前の先生じゃあないんだぞ? それくらい自分で考えろ」
モスカの口角が引きつった。
「強い《ことば》は使えないが、使い所によったら──なぁ?」
その手を頬に当てて、離すと頬についていた切り傷が消えた。
「おかげさまで、オレを殺せれるって良い夢見れたよな。おめでとう」
結界もオレを確実に殺せれると思って「死んだら開く」になっていた。死ねない体だが、死ねば死んだ判定になるとは思う。それかもしくはモスカが「殺した!」と盛り上がって解除した可能性もある。それだったら目も当てられないがな。
あとは、火を視えなくする一工夫で、モスカは勝手に盛り上がってくれる。
お調子者は扱いやすいな、ホント。
「なぜ、お前が《ことば》を使える!?」
激昂したのは体裁を保てていないお髭。涼しげな顔からの豹変ぶりは、オレを笑わせようとしているのかと思えるほどの変わりようだ。
「……なぜと言われましても」
ルートスが送っていた叙事に……あぁ、いやまた勘違いを。国王宛にはモスカから送られてくる記録があるはずだ。そこに書いてないのか? おや、モスカが気まずそうにしている。書いていないんだな。コイツめ。
「まぁ、勇者一党の叙事には書いてあるはずですよ。叙事はモスカの剣が光って敵が死ぬばかりではないのです」
へら、と笑うと、国王は怒りを顕に武器を抜いた。
だからその剣は折れてるんだって。
「陛下! 相手の挑発に乗っては──」
「ここには数え切れないほどの目がある。モスカが正しいな」
モスカの静止に国王は頭で分かっていても、体が止まらないようで声を荒げた。
「今の結果は認めない! もう一度だ! モスカ!! もう一度、コイツと──」
「現実から目を背け、勝手な噂を信じ込んだのはそっちですよ? それとも手の内を明かしていないから反則だとでも言いたいんですか? 冒険者の受付嬢でも知ってることですよ? 辺境の街でも『ディエス・エレは全部の職業の技が使える』だなんて言ってたんですから」
広場の中央にまで下がり、両手を広げた。
「辺境の者が知って、国王が知らないって……職務怠慢も甚だしい! なぁ? 国王……この10年、なにしてた?」
「祈らぬ者が……調子づきおって!! 殺せ!! 殺せッ!!」
「叱責できる立場かよ、オマエ」
ニコリと笑い、観衆にも目を向けた。
「オレからしたら、神からの言葉を無視してそこの勇者じゃなく、オレに「魔王を殺せ」と命令する国王と、アンタら国民の方が祈らぬ者だと思うけど……どう思う?」
その言葉に張り詰めていた糸が切れたように、観衆から罵詈雑言が飛んできた。
一つ一つは聞き取れないが、まぁなんとも語彙力が豊富なことだと感心する。
「が、権力ってのはいいなぁ。こんなにアンタが無能だって分かったのに、兵士や記者は王様のことが大好きらしい」
ここまで無能さを露呈させてるのに、未だに王国兵はあちら側。
こんな者たちに期待をしていた自分が情けなくなってくる。
とまれ、英雄を喰らうためには英雄王の実績を超えなければならない。となると……
国崩しを殺して、国を治める、と。
他に英雄もいるから一概には言えないが、とりあえずはこの二つだな。
「じゃあ、今回の勝負は引き分けってことで。オレは帰ります」
「は……はははっ! ここから帰れると思うなよ!? 出口なぞ封鎖していて──」
「オイ。ずっと、観てたんだろ。いい加減、助けに来いよ──あ、顔は隠しとけよ」
投げるように言われた言葉を観衆が頭で理解するよりも早く、オレの前にどこからともなく降り立ったのは……目線の高さが少し高い者と子どもような身長の二人だった。
「どこからっ──!?」
かぶりによってその顔は確認できない。しかし、モスカは地面に突かれた杖をみて、歯を軋ませた。
「塔の魔法使いだと!? なぜ、そんな奴が手を貸す!?」
「さぁ? 善行を積んだからじゃないかな」
「ふざけるな!!」
声を荒げるモスカだったが、なにかを思い出したかのように唇を震わせた。
「オマエ……まさか、ソイツと全部……仕組んでいて──」
「殺せ! 兵士たちよ!! 何をしてる!! はやく、この者たちを!!」
王国兵に攻撃を命令する国王の前で、現れた魔法使いに向かって耳打ちをした。
「声を最小限にしろ。お前の声は耳に残る」
不服そうに頷く魔法使いからモスカに意識を戻して、にや、と笑った。
「なぁ、モスカ。いつもとは反対だな」
──《我の前は朱》
「旅をしてたときは、お前が転移してオレが残って戦ってた」
──《彼の前は蒼》
「まぁ、せいぜい頑張れよ勇者サマ! 魔法を使わない火の付け方くらいは覚えてやれよ。ヴァンドが気の毒だ」
──《反転せよ》
「王国兵や、新聞各社サマたちもお元気で。王都にいる民にオレはなんの思い入れもありませんが、東で生きれなかった人達の分までのびのびと平和でも謳歌してください」
そして、最後に国王を向き直った。
「あと、国王……は、いいや。どうせ、期待しても無駄なだけだし」
国王が怒り狂い、叫ぶ。
その言葉が耳に入ってくると同時に、オレの前で杖を構えていた妹の声が小さく聞こえた。
「《座標交換》」
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