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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
63 ちっぽけな冒険譚
しおりを挟むその日は大忙しの日でした。
ヤケンの依頼から、大男に絡まれ、なんとピンチだったエレを助けたのです!
その後に向かった冒険者組合では、エレのことを知っていたらしい受付嬢は氷が解けたような表情だった。後頭部を毎秒殴られてるのかと思うほどペコペコして、あれはイヤシイ女だ!
他の受付の女も、金等級の依頼の達成報告をしようとしてるのに、全く受理をしようとせずに伸ばそうとしてきた。口説こうとしていた男が後ろでイライラしてた。どうでもいいけど!
それでようやく受理されたら、夕方と同じ大男と仲間達が銅等級の認識票をぶら下げて現れたんだ!
また追いかけてきた。今度は戦わずに逃げて来た。
建物を縫って、走って、川を飛んで! 空も飛んだ! アーーー楽しかった!
「――デス!」
殴り書きした紙面から顔を上げて、アレッタは元気よく報告を終えた。
「なるほど! 冒険譚ですね!」
「日記の間違いだろ」
「それでもたった一日で冒険譚を綴れるなんて、さすがエレさんのお仲間さんですね」
「マルコも一緒に来ればよかっタ!」
「話を聞くだけで楽しそうですので大丈夫ですよ。でも、エレさんが勇者を蹴飛ばしたのはこの目で見たかったですね~」
「頼むから鵜呑みにすんなよ」
「ほとんどいっしょ! エレ、強かっタ!」
「俺みたいな善人が、そんなことするわけないだろ」
やいやいと言い合う二人の会話を聞いて、マルコは楽し気に笑い、エレの腰帯辺りに目をやった。
「……アレッタさんの話ですと装備を奪われたとのことでしたが。その装備は……?」
エレの腰には短剣、小道具入れなどが備わっている。王都で別れる前と同じ装備があるのだ。
「あぁ、コレ?……罪滅ぼしのつもりなんかねぇ」
エレの言葉にマルコは首を傾げた。
◆◇◆
勇者との戦闘が終わった後、アレッタの依頼の達成報告をしに行った。王城での話は未だ広まってはおらず、比較的居心地はまだ良い方だった。
そうしてアレッタから離れた所に立っていると、雪女みたいと言われていた受付嬢が近寄ってきた。
「なにか用?」
「えっ、あのっ……これ、預かりものです……!」
手渡されたのは自分が王国兵に渡していた装備の一式。
「これ……なんで、アンタが」
目を向けると拙い呼吸をし始めた雪女。胸の前で手を組んで、懺悔をするような姿になった彼女はオレの言葉を待っているようだった。
なんだ、このひと……こわい。
「……? えっと、ご苦労サマ」
「は、はいっ!」
「あー……これ持ってきた人に、ありがとって伝えておいてくれるかな?」
「しょ、承知しました!」
にこ、と笑うと顔を真っ赤にする雪女さん。蒸発して消えてしまいそうな程熱い……。
「それでは、失礼、しますっ!」
上ずった声で、逃げるように目の前から去っていった。貼り付けた笑顔をすぐさま剥がした。
「なんだあれ……」
装備がすぐに戻ってくるとは思っても見なかった。中身も揃っているのかと検めていると、小物入れの中に紙が挟まれていることに気付く。開いてみると、その字体には見覚えがあった。
『伽は彼女でいいのかね? それならば、何も言うまい』
「……色ボケジジィが。あんな小芝居に乗ってやったんだから、先ずは感謝だろうが」
イキョウの様子がおかしいことは分かっていた。
おそらく、なにか意図があってあのようなことをしたのだ。
その理由は分からないが……それは今度、会う機会があれば聞けばいいだろう。
「まぁ、貸し一つだ」
くしゃと潰し冒険者がエールを飲もうと開いた口に放り込んでおいた。
「被害報告が収まるまでは、依頼を達成にできません」
「エェッ!?」
受付から却下された声が聞こえてきたと思うと、後を追うようにアレッタの悲鳴が組合中に響く。
「……まだやってたのか」
依頼達成報告を受理しない受付嬢と達成したと頑なに引かない神官との稀有な争い。当然、周りの冒険者は愉快なものを見るように盛り上がっていた。
こそこそとどっちが勝つかを話し合い、酒飲みの卓で賭け金すらも動いている。冒険者の悪い癖だ。
「だーかーら! 達成しタ!」
「何回目ですかこのやりとり」
「だって、それしか言うことナイ」
「でしたら、数日後にまたここへ訪れてください。その時に被害報告が一件もなければ達成と見なします」
「数日後って──」オレの方へ視線を飛ばしてきたので指でばつ印を作った。「今日じゃないとダメ!」
「無理ですね」
「それしか言わなイ」
「結果を伝えているだけです」
「ヌヌ……」
どれだけいっても動かない受付嬢にアレッタは愛想を切らし、用意しておいたとっておきのものを出すことに決めた。
「じゃあ!」
アレッタは『ヤケンの退治』を証明するモノを用意をしていたのだ。
「コレでどー!?」
受付嬢の叫び声が聞こえた。周りの冒険者はざわめきだった。
アレッタが自慢げに高々と掲げるのはヤケン退治の証明書。それは『肉球のサイン』だった。泥に浸した肉球を依頼書にポンと押したもの。
その傍には『鼻のサイン』も添えられていた。
「ヤケンを従えましタ! まだある! これでもダメ!?」
続々と出てくるそれらに受付嬢は堪えきれずに鼻をつまんだ。
そう、あれはニオイがきついのだ。
「う、う、わ、わかり、ました、から。それをしまってください!」
「達成したって言われるまでしまわなイ!!」
「うっ……う、ぎ」
達成条件が不確定なモノは馬鹿正直に遂行するだけでは絶対にゴネられる。そのため、事前に詳細を尋ねるか、達成したと言われるだけの証拠を持ってくる必要がある。
その点、アレッタのあの証明書は受付嬢の首を縦に振らすのには十分すぎたらしい。上司と話し込んで、結局は達成と受理をして給金をアレッタに渡していた。
アレッタの勝ちだ。
冒険者の卓の盛り上がりを見るに、大勝ちしている奴が何人か見える。大穴だったらしい。
「ヤッター! エレー! やったヨ!」
「おぉ、お疲れ──って、オマエ……」
「?」
「いや、なんでもない」
はぁ、と頭を抱えた。その名前を口にする意味を知らないのか。
ざわめきだつ食事処を背に、アレッタの手を握った。
「急ぐぞ。手、離すなよ」
「キャ――」
直ぐに駆け出し、アレッタの体はグンッと振られる。なんとか一歩を地面に降ろすと、そのまま足はなんとかついて次の一歩、一歩と地面をエレの走る速度で踏み込んでくれる。
「エレ、なんで、走ル……!?」
「後ろ。余裕があれば、振り返ってみろ」
「ウシロ……」なんとか頑張って後ろを振り返って見た。「ワァ!」
後ろに見えたのは、十数人の冒険者が転がるように追って来ている光景だった。
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