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第一章:大英雄の産声《ルクス・ゲネシス》
64 そのおっぱい寄越せっ!
しおりを挟むがた、と幌馬車が跳ねる。
辺りは既に暗くなっていた。星はまだ見えないが、やがて帷が覆いかぶさるように空を黒色に彩るだろう。それらを疲れたように眺めていた。
「それで、これからどうされるんですか? 勇者様と国王に喧嘩を売ったと聞きましたが」
「心配そうにしてる割には楽しそうだな……?」
「時代の変化というのは、単調な仕事をしている身としてはとても刺激的ですので。見聞きしていてコレほど楽しいものはありませんよ」
「年寄りは得てして外に刺激を求めたがるな」
「はははっ。若者を応援してるという話でまとめていただけると。それで、何をされるのですか?」
「それは……まぁ、秘密にすることでもないか」
「──エレは、大英雄になるんだよネ!!」
隣から顔を覗かせてきたアレッタ。エレの口角がひん曲がる。
「一旦その話は……」
「そうなんですか!? エレさんっ!!」
マルコの食いつきに、オレは顔を手で覆った。
「あのな、一から説明を……」
「そうだよ! 皆さんっ! ボクのお兄ちゃんは大英雄になるんだ!」
御者席の上から顔だけが覗いてきた。垂れるこげ茶色の髪の毛。眼鏡を取り外しているオーレだ。
とうとう天を仰ぎ見た。
三人からの視線を受け、穴が空いてしまいそうだ。
「……ったく、そういうのはちゃんと……なんだ? 雰囲気、とかなんかあるだろう?」
アレッタはこてんと首を傾げた。ため息をつこうとして……辞めて、吸った息を意思表明に転じることにした。
「オレは、誰もが認め、三英雄を超えるような最強の英雄──大英雄になる」
チラとアレッタを見るとすごく嬉しそうな顔。
「オマエのその大英雄ってのが良かったから採用したが、俺は元々なるつもりだった。流されたわけじゃないからな!!」
「ウン! エレ、前から英雄になるって言ってタ!」
「だからオレは変わってない。分かったか!? そこ、笑うな!」
幌馬車野中は大盛り上がり。牽いている馬ですらも声を上げていた。三人の歓声が収まるのを待って、上から顔をのぞかせてクスクスと笑っている妹を見上げた。
「とりあえず、体調は大丈夫か?」
「うん、平気。マナの使いすぎで倒れるなんて、恥ずかしいよ」
「降りてくるか? 寒いだろう」
「ううん。結構、幌の上っていうのも居心地がいいもんだよ? ま、確かに寒いけど。でも、まだちょっとここにいたい気分だしー、それに……」
オーレは起き上がって、どこかを確認して、また顔を覗かせた。
「一応、西側の雲が真っ暗だから雨降るかもーって報告!」
「あぁ、分かりました! どこか雨宿りができる場所があればいいのですが……」
「近くの村の場所なら知ってる。このまま真っ直ぐ~」
杖先を青白く光らせ、進行方向を分かりやすいように指し示す。手綱がしなり、馬の牽く速度が早まった。
「でも、結構お兄ちゃんの状況は絶望的だよねー」
「そんな跳ねるような口調で言うことか?」
「冒険者から凄いこと言われてタ。こしぬけたまなし」
「そんな事言ってる方がいたんですか!? 全く……エレさんは男の中の男ですよ」
「国の王には祈らぬ者って言われたぞ」
「「ええっ!?」」
大人二人組が驚く中、マルコは口元に手を当てた。王様が敵側にいるとは思っても見なかったのだろう。
「……そう言われると、オーレさんの言う通り、情報を握られてるのは厳しいですね。英雄になるにしても、それを広める人がいないとなると……」
「如何なる武器よりも筆は強し。群衆を味方にするのは、それ即ち強大な力を身につけたと同義。つまりは、王国の民とお兄ちゃんは敵対関係という訳さ」
「アレッタがいるから大丈夫! エレは無敵ダ!!」
「! 確かに、アレッタさんがいればエレさんは無敵ですね!」
「依頼を達成しただけで調子乗んな。静かに肉でも食ってろ」
アレッタの額を指で弾く。涙目でオレの分の牛串を頬張りだしていた。
「でもアレッタちゃんの言うことは分かるなぁ。お兄ちゃんが弱気になる必要はないと思うよ」
含んだ言い方をする妹を見上げようとすると、ふわ、と幌馬車の中に降りて、エレの横に座った。
「そういえば、まだ再開の挨拶してなかったね。久しぶり、お兄ちゃん」
「あぁ……」
オーレ。しばらく見ない内に女性らしい体つきになったな。特に……
「オーレ、おっぱいでかい」
「ほんとそうだよなぁ。世の男が黙ってなさそう」
「ちょっ、いきなりソレ!? やめてよ……ちょっと自信ないんだから」
「だってさ、アレッタどう思うよ」
「しばく」
「やっちまえ」
アレッタがオーレを襲うのを見ながら、腕を組んだ。
いや、本当に別人のような姿になっている。
学院の服に外套……それも上等なものだ。杖も塔の魔法使いのものだ。あれは、火の塔かな? 師匠が持っていたものと同じモノな気がする。
オレよりも身長が高くなったのがムカつくが、まぁ、成長期とやらだろう。
オレがまだそれが来てないだけだ。うん。きっとそうだ。
「そのおっぱい寄越セ!!」
「うえぇ……ごめんって……でも、肩凝るんだよ?」
ペチンッとアレッタが胸をはたき、オーレが悲鳴を上げていた。
そろそろ止めるか。グイとアレッタの首根っこを掴み、膝上に置いた。
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