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2-1 少年立志編:勇者と転生者の出会い
70 身体強化
しおりを挟むようやく群れの中心から抜け出すことができて落ち大勢を整えることができた僕は、周囲に見えるゴブリンでもはぐれ気味の個体を見つけて倒していっていた。
だが、そんな僕の前に、新品のホブゴブリンが僕の前に立ちはだかり、僕の攻撃を易々と受け止めてきた。グッと腕に力を込めるが、ホブゴブリンも負けじと棍棒で押し返し、不敵な笑みを浮かべながらこちらを見下ろしてくる。
「なに、余裕そうな表情してんだお前……なめないでもらって良いですかね……!!」
その顔を見たことで、溜まっていたストレスが溢れ出たのを感じる。
弱い、俺ならやれる、丘上の奴は無理だとしてもこいつなら……とかそんな感じの表情だ。
「クラディスー。盛り上がってるところ申し訳ないけど、身体強化使わないの? せっかく教えっ――危なっ!」
「え? なに!? 何か言った!?」
「しんたいきょーーかーー!!!」
「そんな、身体強化って言ったって……まだ使えないよ!」
「いッ!! や、魔法をそれだけ使えてるんだ、できるって!」
どうやらキングの攻撃とゴブリン達の猛攻を避けながらこっちのことまで気にかけてたらしい。
そんな状況で僕にアドバイス……? 化け物か?
「身体強化、今の僕なんかに――」
「なに? 挑戦が怖いの?」
その言葉だけが混沌とした中で鮮明に聞こえ、胸へと突き刺さった。
「なんで? 冒険者なんでしょ? 慎重に行きたいの? それでいつになったら強くなれるの? 100%じゃないと動きたくないの?」
「し、死ぬかもしれない、から」
「死ぬのが怖いなら、高い足場でも作って震えながら見ればいいじゃん。そうやって頓挫してる間に僕がこいつら全員倒すからさ。ずっと、そうしておけばいいんじゃない?」
逃げて、逃げて、ホブ程度に攻撃を止められてさ。
ケトスの言葉が執拗に自分の現状を痛い程突いてくる。
「お前に……何が分かるんだよ」
小声でつぶやき、小刀を握る力を強めた。
こんな命張って戦うことなんか初めてなんだぞ。右も左も分からない、見ようと努力をしていても脳内に押し寄せる情報の濁流が通常行われるはずだった思考を阻害し、体を硬直させる。
そんな中で、成功したことがないどころか学び終えてないことを実践投入だと?
「強くなりたいんでしょ? だったら、死に物狂いで戦わないと。それとも……口だけ?」
一々、煽ってくるケトスに腹が立つ。
だけど、煽られてようやく自分がしなければならないことを理解する自分の方がもっと腹が立つ。
妹を探して守るために、恩人に恩を返すために、転生者への認識を改めるために――強くなると決めた。それは、口だけじゃない。
「拍子抜け、珍しくオモシロイ奴だと思ったのに」
「……せぇ」
「……? なんて?」
「うるせぇ、黙ってろ。今、やってやるから」
「……へぇ?」
このままでは本当に殺されてしまう。考えろ、どうすればいい?
ケトスの教えを思い出すためには時間が必要だ。そして、思い出して、理解するためにももっと時間が必要だ。
一旦離れるためにホブゴブリンを蹴飛ばして後ずさった。
その後の追撃を躱しながら、囲もうとしてくるゴブリンの頭部に衝撃を当て、ケトスの教えを思い出す。
全身の魔素を体中に張り巡らせる……ここまでは、やったことが何度もある。
あとは……力を込める? 体に力を込めてみるのはただの気張るだけだ、違う。
なんだ。どうしたらいい? 筋肉、魔素、魔法、魔導?
「――あ」
魔素に力を込める? 沸騰させる?
魔素の質を高めるために、魔素を練り上げる。体に魔素が流転させる速度を高め、体を機能向上をサポートする――……。
ケトスの言葉と脳内で魔導書に書かれていた言葉を思い出しながら、僕は攻撃を避け続けた。
◆◇◆
『グギャァァ!!』
ホブゴブリンは目の前の少年が一切攻撃をしてこないことを疑問に思っていた。
すべての攻撃を回避しているというのに全く反撃をして来ようとせず、まるで戦いに集中していないとも思える少年の様子は、ホブゴブリンが今まで戦ってきた相手のどれにも当てはまらない。
反撃の隙を狙っている?
負傷した傷を治している?
仲間の連携を待っている?
武器が壊れた?
それとも体力を消費させるのが目的か?
ホブの表情が歪んだ。
一部の群れを引きいる個体として、周りにはゴブリンに情けない姿は見せることはできない。
段々と湧き上がる苛立ちが冷静を欠かせ、脈絡のない攻撃を意図せず繰り出し始めてしまうまでに。
そんな状態のホブゴブリンには、その目の前にいる少年の奇行が、着々とホブを屠る力を身に着けようとしている姿だとは思いつくことはないだろう。『攻撃を避けるための思考』と『身体強化をスキルとして会得しようと巡らす思考』を同時処理していることにも尚のこと気づくわけもない。
『ギャギャギャ!!』
『グゥゥギャアアァァッ!』
ゴブリンに背後を取らせ、攻撃をさせてもひょいと避けられてしまう。
目で見ている訳でもないのに、何故避けれる? そんな思いがホブの攻撃を加速させる。
「……違う」
『グゥァ……?』
「もっと、魔法のように……」
ぶつぶつと呟く言葉の意味など知らないが、こちらを馬鹿にしているに違いない。
『グガァァァッ!!!』
だが、いくら少年よりも太く、大きな棍棒を振り回そうと流れるような動きで躱される。
さらには自身の攻撃と同時に行われた全方位からのゴブリンの攻撃も見事に躱され、投擲物すら目に見えているかのように避けられてしまった。ホブゴブリンやゴブリンからは既に息が上がり始め、疲労の色が見えだしていた。
避けることに関して、クラディスは同年代の者達から頭が何個も抜きんでている。
毎日毎日死ぬ気でナグモの攻撃を避け、隙をうかがっている彼が避けに徹していたのならば並大抵の魔物では、クラディスに傷などつけることはできないだろう。
そんなことなど露も知らないホブの攻撃を避け続け、クラディスは『身体強化』について着々とまとめていっていた。
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