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2-1 少年立志編:勇者と転生者の出会い
71 罪悪感
しおりを挟む青年は自身よりも三倍ほど大きい小鬼之王との戦闘よりも気になっていることがあった。
それは数十分前に自分の剣を躱したクラディスという少年。
魔物の反応かと思いこんでしまい、誤ってしてしまった攻撃ではあった。だからこそ魔物への殺意が込められていて、感じ取った魔素の大きさでは躱せれない速度を出したつもりだった。
だが、それを避けた。
それに加え、自分を殺そうとしていた人に食事をふるまうというお人好しときた。挙句の果てには、黒の瞳で魔法を初級とはいえど使いこなしているではないか。
そんな面白い要素が詰まってる少年が奮闘している様子を、丘上という特等席で眺めることが出来るのだ。小鬼之王がどれだけ必死に大剣を振るおうと、どれだけ周りのゴブリンやホブゴブリンが攻撃を繰り出して来ようと、意識はクラディスに向けられて、戻ってくることはなかった。
「……やっぱり、まだまだ成長段階なんだね」
クラディスが紫の瞳であることをケトスは知らない。
だが、それが『自分と同じで、瞳が示す道とは違う道を進んでいる』という共通点であると誤解させて、ケトスの興味を引いた。
そして、戦闘を見ていたら確信に近くなって行ったモノがある。
(最初は堅苦しい様子から賢者のような気もした……。でも、黒の瞳だからその筋は薄い。話に聞いていた厄災を降らす転生者のようでは無いのは確かだから、やっぱり後輩の勇者……)
クラディスのことを後輩の勇者と頭の中で決めつけて控えめに笑うと、ゴブリンの頭を蹴り飛ばし、ホブゴブリンの頭を貫いた。
◇◇◇
まとめていった情報を整理、してようやく納得できる形にたどり着いた。
身体強化。これはいわゆる身体能力を魔素で補助をして、身体機能を一時的に向上させるということだ。
「そうなると……」
体の前に魔法陣を展開し、そこに自己流で文字を組み込んでいく。
体全体に薄い鎧を身に着けるように魔素を走らせ、その魔素に対して『身体能力補助』をするように継ぎ接ぎながらも魔導と文字で指示を飛ばす。
突貫工事で自己流だからできたか分からないけど、ケトスの「魔法を使う感覚と同じ」から導いた僕なりの答え。
僕の中で身体強化の片が付くと、伏せていた顔を勢いよく上げた。
「『身体強化』!!」
僕は初めて使うスキルを叫んで小刀を体の横に構えると、目の前のホブゴブリンはビクッと体を震わせた。
『ギィィィッ!!!』と威嚇をしてきたものの、知らない間に息が上がっている様子。
今まで文字の書き換えはしたことがあるけど、自分でスキルを作るというのは初めて。だが、こんな不安なんてどうでもいい。言われっぱなしでいてたまるか。
さて、出来立てほやほやのスキルもどきは、どれくらいの効果があるのか。
まずは、そうだな、ケトスみたいに敵の顔面目掛けての攻撃をしてみるか――
体勢を低くしてグッと踏み込んだ足で地面を蹴ると、ブォンっと風景が歪んだように感じられた。
そして気が付いた時には、ホブゴブリンの顔面に小刀が突き刺さったまま後方の岩にぶつかっていた。
「痛っ……は……っ、え?」
ホブゴブリンの潰れた鼻が自分の手に触れているのを感じて、ようやく今の状況がおかしいことに気付く。
僕がいた場所と今いる場所を交互に見てみるが、上手く状況が呑み込めない。
(身体強化の効果なのか? これが……? でもこれ……初めて使うスキルだぞ?)
この……10mほどある距離を一瞬で僕が移動したっていうのか?
魔導や文字の分野になれば初級魔導書の部分の応用は何とかできると自分では思っていた。しかし、これに関しては初めて使うスキルだし、魔導なんてまったく学んでいない。
ほとんど感覚だったっていうのに。
もしかして、これもユニークスキルの『魔導理解』『魔素操作』『魔素理解』の恩恵だっていうのか?
「ははは。クラディス、力加減下手~」
「……わ、わかってる!」
なんで、こっち見てる余裕があるんだよ。ゴブリンキングと戦ってるんじゃないのか?
潰れたホブの顔面から剣を引き抜くと、勢いよく振って血を散らした。
「……まだ強い、もっと魔素量を減らして、鎧というより薄い膜を被る感じに……」
自身の体内に意識を集中させる。落ち着いて魔素量を調整してみると、体が軽く感じる程度に調整できた。
「よし、これなら……!」
体の感触を確かめるために、ピョンピョンと二回ほどジャンプをしてみる。
普段のジャンプ力より1.5倍くらい高くジャンプできることを感覚で理解して、持っていた小刀を横方向に振ってみる。
振る速度も少し早く感じる程度だ。体の調子がいい時のさらに上みたいな感じ。
「うん……大丈夫。扱える」
体の調子に満足して後ろに目を向けると、ゴブリン、ホブゴブリンが立ってこちらを見つめていた。
「わっ……!」
慌てて武器を構えたけど、彼らの表情からは戦闘する気が無いように感じ取れた。
「……あれ、もしかして怖がってる?」
戦闘が始まった時、ゴブリンの表情には僕に対しての余裕が混じっていた。「こいつなら簡単に殺せれる」という顔だ。
そうだったはずなのに、今、ホブゴブリンを一撃で倒した僕に向けられている表情には”恐れ”の感情が見て取れた。
『ギィィッ……』
――じわっ。
僕はゴブリン達の感情に疑問が出てきたと同時に、今まで湧き出てこなかった罪悪感が顔を覗かしたのを感じた。
「……なんで……今更怖がってるのさ」
試しに一歩、また一歩とゴブリンの方に近づいていくと、対峙しているゴブリン達は腰が引けて後ずさりを始めた。
「……ねぇ、なんで?」
僕は人並みに思いやりがあると思っている。
戦闘訓練中「できれば倒さずに魔物とも和解ができたら嬉しいなぁ」って考えていた程だ。
だけど、それは“敵対意識を持っていない魔物”に限定される話だ。一度でも敵意を向けてきた相手は倒さないと僕が殺されてしまう。
少しずつ近づいてくる僕に対して、彼らも怯えながらも武器を構えた。
魔物は好戦的で、本能で人と敵対している。中には良い奴もいるかもしれないと思うけど、目の前のこのゴブリン達は僕を包囲し、殺そうとしていたのだ。
今更彼らが怯えたから殺さないような優しい人間ではない。僕は魔物に怯えていたんだ、転生初日に魔物に殺されそうになったんだ。
僕は、そう自分に言い聞かせながら下唇を噛んだ。
さっきまでのスキルが成功したと喜んでいた感情は消えて、一気に罪悪感が溢れた。
――これじゃあ……僕が悪役みたいじゃないか。
「敵なら……最後まで敵らしくいてよ……」
頬が引きつる、体が軽いはずなのに腕が重くなった。
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