92 / 283
2-3 少年立志編:大人たちは机で語る
090 ギルド定例会議④
しおりを挟むその姿を見ると、不気味で意地の悪い目でナグモをジトっと見つめる。
「あぁ、さっきの……。君が保証するクラディス……という冒険者の実力というのは、どの程度のものなんだ?」
「そこに書かれている通りです。試算して中位五階程度だと」
「何故? どうやってこの具体的なランクを出した? しっかりとギルドの正式な基準で正式な手順を踏んで算出をしたんだろうな?」
「えぇ。算出方法においてはギルドの基準をしっかりと踏んでいます」
事務的であまり抑揚のない声で続ける。
「その時に用いたデータはその冒険者自身の情報保護があるので言えません……が、紙に書かれているモノでも十二分に我々が出した評価になると思われます」
オブラートに包みながら『ちゃんと資料を見ろ』と言ったつもり。
しかし、その男には効いていない様子で、フンっと鼻を鳴らして資料を机に叩きつけた。
「この冒険者、前回の会議の資料にもあったが先月冒険者になったばかりだ。このランクアップはいささか早いのではありませんか?」
この役員……この会議で一度も発言をしていないと思っていたら、どうやら前回の資料と今回の資料を懇切丁寧にページに目を通していたらしい。
この限られた時間で、前回と今回で百枚はいくだろう膨大な資料に目を通しているというのは、さすが『データに強い役員』というべきなのだろうか。
彼は情報部の管理する者。ナクソン。特にデータには強い。敵に回すと面倒だ。
「どうなんだ? 何かいいたまえ」
「何か勘違いをしていませんか。その二人の冒険者のランクをすぐに上げるとは一言も書いていません。今回の会議中にも出ていましたが、実戦経験が乏しい冒険者は様子を見ながらランクを上げる方針になっています」
「だが、あまりにも早すぎる。限られた期間でのランクアップの判断は、どこか綻びがあると思われるのだが?」
だから、さっきも言っただろう。早々に上げない、と。聞いていなかったのだろうか。
いやはや、仕方なし。役員はこうやって難癖をつけるのも仕事なのだ。
ナグモもそのことは分かってるつもり。だがしかし、段々と目が細められてきた。
「……そのことに関しては、ケトスという冒険者は資料にもある通り、数年間にも渡り、依頼外での討伐個体の持ち込みをしています。突然ランクが上がっているように思えますが妥当な評価です。それにクラディスという冒険者に関しても、魔物の討伐の他、56ページにも書かれてあるようにギルドの実戦経験を積ませる制度を利用しています。そこで私が実際に手合わせして力量をはかり、最終ランクアップ先である中位五階程度の実力だと――」
「君は冒険者の実力を保証できるほどの人物なのか!? 体もヒョロヒョロで強さを全く感じられない! 君がいい加減なことを言っている可能性もあるだろうが!!」
――ピリッ。
冷えた空気に研ぎ澄まされた殺気が微かに混じったのを感じた。
同時、二つ席が離れたルースからも冷ややか視線が送られる。
それらに挟まれたペルシェトが胸内で『うわぁ……怒った』と、肩を縮めた。
場の空気に異質なモノが混ざったことに気付いていない役員はヘラヘラと笑い、資料をナグモに投げつけた。
体にぶつかり、バサッ、と机の上に落ちた資料をゆっくりと拾い上げ、ナグモは、笑んだ。
「…………そうですね。確かに、私は取るに足らないスタッフなので私の保証では不足する部分もあるでしょう」
仕事で用いる声色から、普段のような声色へ。
それは目の前にいる役員を目上の者だとせず、乱暴な冒険者を相手にしているかのような態度になったということ。
要するに、吹っ切れた、ということだ。
「ハッ! 分かったならこの冒険者の予定されているランクアップ先を引き下げるんだな」
「ハハハ、それはできません。正しい評価を下すのが私達の役目なので」
「なっ、くどいぞ、貴様!!」
大きく感情が高ぶり、唾が飛ぶ。
その様子を見てもなお、ナグモの笑みは崩れない。
「時期を見る、と二度も言いました。ご理解いただけていないようなので説明致しましょうか? 今後のランクアップの方針についてまとめられている資料はお手元の資料にも書かれていますよ――……あぁ、すみません、資料をこちらに投げられたので見えませんか」
「生意気な……っ! やはり信用ならん! こんなスタッフが下した判断なんぞ――」
「こんなスタッフ……、ですか」
役員の言葉を遮り、シンっとした場を作り出す。
「こんなスタッフを指南役として常駐させていたのは組合長統括だ。そしてそれも役員会議で決められたと聞いていましたが……違いましたか?」
ついとギルド長の方へ目を向け、意見を求める。
それを受け取ったギルド長は、言葉にはせずに首肯をした。
「しかし……っ、不適切だ! ギルドのスタッフとしての常識がなっていないではないか! そのような者が指南役など務まるわけがない!」
ナグモがそういった役職に置かれたときの会議に、この役員もいたはず。責任の棚上げにも思えるが……。
これはもはや建設的な議論ではなく、感情が入り交じった口論か。
役員に対して職員が口を効いたのが余程キてたらしい。
「……まぁ、そうだな。こいつは職員としてふさわしくは無い」
と、ギルド長からの思いがけない言葉。
「だったら……!」と言いかけた所で、「だが」と続けられて再び遮られた。
「こと実技や戦闘に関しては、この場にいる者だけでなく当冒険者組合が抱える職員の誰よりも詳しい」
この言葉で、重たい腰を上げて立ち上がっていた役員の表情が歪んだ。
多く付いている頬肉の上を滑り落ちるのは大量の汗。それらを拭うこともせず、ただジョージを凝視している。
「職員として不適切なのは私が一番知っている。しかし、今の話し合いは『副職員長の保証が足りるか足らないか』というモノだろう。論点のすり替えでけたたましく激を飛ばすのは違うと思うが」
「ら、ランクアップの期間は――」
「ランクアップに関しては厳正な基準の元に行われている。先程の議論の中に出ていたランクアップの期間の大幅な見積もりに関しても既に何度も審議され、決定されている事柄だ」
トドメの一撃として、睨みの効いた目線を送った。
その圧におされ、役員は悪態を着きながら着席。ナグモも冷ややかに笑んだまま音もなく座った。
「お分かり頂けたようで、結構」
贅肉を貯えた役員を見て、もう議論する気がないことを確認。
「……では、他に意見もないようなので、これで今回の会議は終了とする」
その言葉に反抗する者はおらず、今月の定例会議は解散となった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。
生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、
まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。
しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。
無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。
これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。
誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる