156 / 283
3-2 残穢足枷編:彼女の幸せは
152 もしかしてうざがられてるのかなぁ
しおりを挟む……正直な話、骨折が痛いです。
中々治らないし、治るまでは体を動かしたり、やりたいこともできない。人生初骨折なんですけども、これほどまでに長引くとは思ってもみなかった。
治すには動かずに安静にすることが大事だそうで、「何も予定が無い日は家でゆっくりしてね!」と、かかりつけ医に言われた。
(……んー、無理! ゆっくりできる性格じゃない)
つくづく自分の前世はマグロか何かだと思う。何かしてないと退屈で死んじゃいそうだから、そういう日はアンとお出かけをするようにした。
「前世」とか、転生ジョークでこれから使って行けそう。使った瞬間殺されちゃうんだけどさ。
現実逃避はこれくらいで、今日は薬草採集のクエストを受けた。
本当は魔物退治をしたかったんだけど、ペルシェトさんが受付で待ち構えていて笑顔でこのクエストをお勧めしてきた、これくらいならいいみたい。
僕とアンが受けることができるレベルのクエストで、薬草の名前はドゴン草と言って、希少度は低く、集めれるだけ集めてもいいと言われた。
僕が一つ採ってアンに渡して、同じのを集めてもらうようにして二人で手分けして採集を始めた。
「って始めたクエストだけど……どうしたもんかなぁ……」
僕の頭の中では、アンが楽しんでくれるようなことをアレコレ考えてばかり。
現時点のアンの反応なんだけど、まずは甘い物が好きだというのは分かってる。だけど買い物はあまり好きではない。服選びもそれほど好きではないようだ。勉強はペルシェトさんの話をよく聞いているから……興味はある気がする。
甘いものが好きだからって、甘い物をずっと作って振舞うっていうのはなぁー……。
「あるじ、ここ一帯の採集が終わりました」
「あれっ、もう終わった!? ホントだ……。めっちゃ早いよ! ご苦労様!」
「……ありがとうございます」
アンが採ってきてくれた袋を『鑑定』してみると、本当に全てドゴン草だった。短い茎、広い葉が所狭しと入っている。
始まって五分も経ってないのに……。アンはやっぱりすごいな。
「……他には……」
「?」
「他にはありませんか……?」
「他に? だったら今日の帰りに買い物するから、荷物持ってくれるとありがたいかな」
「そういうのではなく……もっと……っ」
「……アン?」
「……っ……いえ、申し訳ありません。なんでもありません」
そういうと、アンは僕の袋を持って採集に向かっていった。
……最後に見せた表情には、すごい剣幕がありながらも憂色が見え隠れしていたような気がした。
アンの中にあるのは、どういう感情なのだろうか。
もしかしたら僕が想像していることとは違って『楽しい』という感情以前のような問題に思えた。
◇◇◇
「やっぱり僕が嫌いなのかなぁ……」
アンがお風呂に入っている間、ソファに寝間着のまま横になって唸るように呟いた。
僕は人付き合いが上手ではなかったけど人の気持ちとかは分かろうと努力してきたつもりだし、今も現在進行形で分かろうとしている。
「……構いすぎ? ウザがられてる?」
出会って数日で構いすぎだったのかな、放っておいてほしいとか……?
本人に直接聞くのだけは絶対違うものな。「僕のことが嫌いなの!?」って、どこのヒステリックだって話だ。
(何か……ないのかな)
すると、お風呂場から上がったアンが寝間着に着替えて出てきたから、ソファのスペースを開けて隣に座るように促した。
向こうを向いてもらってドライヤーで長く綺麗な髪の毛を乾かし、アンが僕の部屋に来た日に買った櫛で梳いた。
腰まで伸びている真っ黒の髪の毛だから手入れをしないとすぐに傷んでしまうと思って始めたことだ。
それにしてもやっぱり綺麗な髪だなぁ……。僕が髪フェチだったら最高に喜びそう。
優しく柔モノに触るように手入れをしていく。髪の毛は女の子の命だと佳奈から聞いたことがあるし、僕に櫛を渡して梳かせていたからこういうのは慣れている。
髪の毛のセットもバリエーションは少ないが、人並みにはできるから……そうだな、アンが望めば髪型を変えても――
「あ、こういうのがダメなのか……?」
「……? あるじ?」
「え、あぁ、ごめん、なんでもないよ」
確かにこれは距離感が近いな、好きでもない人に髪の毛を触られるのは嫌か。
自分を買った人の命令だから従わないとダメだと思って付き合ってくれてるのかも……。そう思えばアンの口から「嫌です」という言葉は聞いたことが無い。
「んなぁぁ……」
「……?」
思わず、嘆息にも似た変な声が漏れた。
悩んでもやっぱりどうしたらいいのか分からない。
アンの髪を乾かし終えたからホットミルクでも飲んで落ち着こうと思ってキッチンに向かうと、ドアをノックする音が聞こえた。
「お客さん……?」
「クラディス~! 起きてるー??」
「……ケトス?」
扉を開けると紙をヒラヒラとさせて、ニヤニヤしているケトスの姿があった。
「ちょっとクエスト行かない?」
「えー……? もう夕方だよ。それに骨折がまだ治ってないし」
「分かってるって! 今日はクラディスは付き添い! メインはそこの付き人さんさ」
「アンを……クエストに? それは……冒険者に登録はしたけど……でも」
「客人ですか?」
「あっ、アンちゃん……だっけ。魔物と戦いに行かない? とびっきりいい相手見つけたからさ」
「ケトス……あまりそういうのは――」
「行きます」
「……アン……?」
「即答、いいね。じゃあ早速行こうか」
アンの目の色が変わり、クエストの誘いに即答をした。
その時の表情は、僕が何かを誘った時には見たことがなかった顔だった。
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。
生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、
まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。
しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。
無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。
これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。
誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる