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幕間のお話
閑話 あぁ、仲間だと思ってたんだけど
しおりを挟むクラディスの意識が完全に無くなり、ケトスに体を任す形で倒れ込んだ。
おぉっと、とクラディスを両手で支えた。まだ話の途中だったのだけれど。
少年の力尽きた――死んではいないが――様子を見届けると、ナグモは無造作に地面に投げられている眼帯が目に止まった。
「……あれは」
近づき、拾い上げると土と血液で汚れているのに気づいて、ほんの少しだけ嫌そうな反応。
「ふむ」
と言ってもその反応は一瞬だけで、すぐにハンカチで包むとポケットへと突っ込んだ。
ナグモはクラディスが『東魔女ノ眼帯』を外して戦っていた場面を一度だけ見たことがある。
森林を空間ごと吹き飛ばし、下位冒険者では倒せないとされる上位個体をも沈めたあの一撃。
訓練総仕上げと称されて行われたあの戦いでは、クラディスは二人の鬼の様な先生を頷かせるには充分過ぎる成果を上げた。
――あの一撃を繰り返し撃てるのなら……。
もしや、と思って周りを見渡すと、既にダンジョンへと吸収されだしている冒険者の死体が三体。
「……違う、か」
クラディスが扱っている獲物では、闇討ちでしか付けられないような大きな傷が致命傷となって死んでいる。
それら全員に入れられている腕の刺青、太陽の下にある頭蓋骨が正面、左右とそれぞれ三体――趣味の悪い血盟の統一象徴だ。
【フーシェン】の冒険者の死因は、クラディスではない。そう整理した。
そうなると、敵対関係を手にかけないその甘さを指摘してやりたい気持ちになったが、すぐに別の要因が頭にぽんっと出てきた。
ふいっと立ち尽くしている少女の方に顔を向け、もしかしてと思案する。
アンが何故戦えれたのか、その魔素はどうやって捻出をしたのか――……と、すぐ考えればクラディスがやろうとしていたことにたどり着いたような気がした。
「考えすぎるのは悪癖だと思ってますが、これは辻褄があう」
「どうしました? 帰らないんですか?」
ケトスはクラディスを背中におぶりながら、考え込んでいるナグモに声をかけた。
「いつもこの子は私の想像を超えてくれるなぁーっと思っただけです」
「なんですか……? また教え子自慢ですか?」
またか、とあからさまに口を尖らせて、聞き飽きましたよと棘のある反応。
ケトスがそう感じたとしても、ナグモは目を細めて笑みを返した。
「年寄りは、若い子の成長が嬉しいんです」
ナグモがたどり着いたクラディスの行動。
――魔素をできる限り使わずに、自分の元へと帰ってくる少女に残しておく。
アンが帰ってくる保証なんて無い。
そもそも、クラディスが最初から全力を出していたら無傷で勝利できたかもしれない。
または、普通に力と数の差に押されて、無残な死を遂げていたかもしれない。
そのような可能性があるというのに、自分では足り得ないと判断し、少しでも勝てる可能性の高い存在の到着を痛みと死ぬことへの恐怖に耐えながら待っていた。
そんなことは並大抵の胆力でできることではない。
アンという存在に対しての絶対的な信頼があってこそ成すことができる。常識外れの遅滞戦闘。
「……ほんとに、伸びしろの無い年寄りを楽しませてくれる」
「へぇ」とさぞ興味がなさそうに。「そういうのは、僕はまだ若いので分からないですね」
感動の余韻もそこそこに、ピシャリと空気の読めないような一言。
「ふふふっ。ケトスさんもそのうち分かるようになりますよ」
「そうですかね~……。でも、まぁ、クラディスのことに関しては、分からなくともないですけども」
意外なケトスの反応に、ナグモはクラディスの戦闘時の動きの改善はティナや自分だけでなく、ケトスからも何らかの影響が与えられていたのだと見当をつけた。
クラディスの先生第三号。そう思うと、ティナに向けていたような『自分の教え子論争』を少しだけ吹っ掛けてみる。
「あらあら! うちの生徒がお世話になっているようで?」
「友達……だから。お世話とか、そういうのじゃないです」
なんと可愛らしい反応だろうか。言いづらそうに、友達だ、と話すケトスを見ることができるとは。
ナグモは大人げないことをしたと思いつつ、ケトスの表情のバリエーションが増えていることを再認識した。
クラディスという少年の影響。それも良い影響を与えられている。
ナグモとケトスは直接的な関わりはそう多くないが、ギルドスタッフの視点から見てもそう思えた。
そしてそれは、ケトスにだけ限った話ではない。
視界の端に少女の姿を収めて、過去を懐かしむように微笑む。
「……いい主人を持ちましたね」
闘技場で見ていた頃とクラディスに買われた当初の様子からは、考えられないほどの劇的変化。
絶望の中を歩いていた少女が、今、少年によって救われようとしている。
少女の傷を完璧に癒すことなどは不可能なことなのだろう。しかし、これから少女が歩く先の未来は今までよりも少なからず明るいものであると言える。
身の回りの少年少女の肉体的、精神的成長を感じると、ナグモは「私も歳をとったなぁ」と呟いた。
「ナグモさん、あれこれ考えるのはいいですけど……こいつらどうします? このままここに置いておきますか?」
ケトスが紐で縛っている十数人の冒険者に顎でクイっ指した。
彼らは意識がない状態で木の近くに投げられ、防具も武器も全て壊されている。
「置いてー……そうですね。彼らが吐いた情報は既にギルドへと流したので、置いておきますか」
荷物になりますし。と小さく加えた。
「……死んじゃいますけど」
「死ぬも何も。彼らに集団で寄ってたかって殺そうとしていた……そんな人達にかけるような慈悲は持ち合わせてないですよ。情報もこれ以上は絞っても出てこないと思いますし――ってなると、ほんと、生かしておく価値もないですしね」
通信魔道具をチラッと見せ、捨て置くことから生じる問題に関心が薄そうに話をする。
「まぁ、スタッフ側がそれで良いなら。でも、そうだ。情報っていうなら、あの男なら詳しい情報を知ってそうじゃないですか?」
腹部に刺さっていた魔剣が規定量を超えて壊れ、地面に仰向けで倒れているシルクに目を向けた。
おそらくは、【フーシェン】の冒険者よりも多くの情報を知っていると思われる。
「いえ、あの男は彼女に任せておきましょう」
だが、詳しい事情は知らずとも、アンとシルクの関係を考えると無粋であると感じた。
それに、下手に奴隷に情報を聞き出そうとすると「口止め」が命令をされていて、かつ起爆ができる首輪であった場合、周囲を巻き込んで爆発をしてしまうかもしれない。
それらの理由を合算すれば、ナグモも非情に情報を集めようとはしなかった。
「私は、空気の読める紳士なので」
余計な一言。少しでもケトスの好感度を得ようとしているのか。
それを受けてケトスは目尻を下げ、可哀想な人を見る目を作ると森の方へと足を踏み出した。
「ふーん……まぁ、それでいいならいいですケド」
「まぁ、何はともあれ。このままだとクラディス様が死んでしまうので、早く帰りましょう」
ほらほら、と手でケトスをこの場から追いやるように何度か動かすと、ナグモもその後をついていくように動き始めた。
自分の背中で気を失っている少年を揺らさないように努めながら、ケトスは森の中を駆けていく。
その時に、少しだけ、クラディスが意識があるときに見せた両の目の色を思い出した。
紫、黒。オッドアイ。それらを眼帯で意図的に隠していた。
そして今までの立ち振る舞い、様子、称号Ⅰ持ちだという告白――……元々薄まっていたクラディスが勇者であるという可能性、それがケトスの中でゼロになった。
(あぁ、仲間だと思ってたんだけどなぁ)
小さくそう呟くと、ケトスの口は堅く結ばれた。
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