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4-5 理外回帰編:魔族との遭逢
229 前世の記憶
しおりを挟むアルマさんの身の回りの物を適当に買い揃え、街を歩きながらギルドやムロさん達にどうやって報告をしようかと頭を悩ませていた。
クエストは達成したと報告するとして……この人については何て言ったらいいのかな。
「ダンジョンにいた人なんですっ! 偶然っ! ほんと偶然っそこで知り合って! すごいびっくりしたなあー」
馬鹿か?
「冒険者で仲良くなって、あはははっ! ねっ! アルマさんっ!!」
冒険者って言ってもプレートを持っていないからダメか。
あ、そういえば僕って「ユシル村」って所の村人の設定だったか。
「ね、アルマさん。一役買ってくれない?」
「ひとやく?」
「うん、僕の姉弟を演じてほしいんだ。人と会ってる間だけで……ダメかな?」
「きょ、兄妹……? それはなんで?」
「今のままだと、アルマさんが僕達と一緒に行動する理由っていうのが無くてね……。僕の出身の村が近くにあって、たまたまこの街に住んでて再開したって設定で行けば自然だと思って」
「再開した兄妹……ね。うん、分かったよ。だったら、何て呼べばいい?」
「クラディスでいいよ。僕は……うーん……、じゃあ、アルマ姉さん? かな。呼び捨てなのも少しもどかしいし」
「私がお姉さん……」
ちょっと、嬉しそうな顔をしたのを見逃さない。ウズと口角が上がってますよ、アルマお姉さん。
「でもっ、姉弟でも……呼び捨てのことはあるから」
「じゃあ、ゆくゆくは呼び捨てでよぶねお姉ちゃん」
「~っ! えへへ。分かった。じゃあ、あの子のことは……」
「アンって名前だから、好きなように呼んだらいいと思う」
「アン……ちゃん」
「それでいいと思うよ」
「――あるじ、お待たせしました」
食材の買い物をしていたアンが合流してきた。
「お! おかえり~。じゃあ次は僕の番だね。二人ともちょっと待っててね」
「わかりました」
「う、うん……!」
街に来てやってることは食材の調達と、身の回りのものを整えること。
一応、アルマさんもいるし、宿に泊まるのは辞めておく予定。今は野宿のための買い出しだ。
(ムロさんたち、まだまだかかるみたいだし)
次は僕が足らない調理器具を買いに行くことにして、アルマさんの見張りを頼んだ。
本当は全員で買い物をしに行ったらいいんだろうけどね。
それにしても、姉弟……か。
(ますたー、嬉しそうなかおしてますね)
(自分が弟になる日が来るとは思わなかったからね。ちょっと、楽しい)
ウズと口角が上がってますかね、今。
佳奈が知ったらびっくりするだろうなぁ。
お兄ちゃんが弟になってる! なんて。
「ふふ」
ちょっとの間だけだろうけど……この関係を楽しむってのも悪くない。
◇◇◇
少し服装が汚れている銀髪交じりの白髪少年が街の中に消えていったのを見ると、アンは広場の中央にあった噴水に腰を掛けに行き、横に食材を置いて変装のために着けていた眼鏡を拭きだした。
人が行き交う街路、デュアラル王国の広場と比べると完成度があまり高くないモノではあるが、それでも十分な程の広さがある。
王国とは違って建物の景観保護などが徹底されていないらしく、荷馬車が当たり前のように目の前を通っていく。
新品の衣類や靴を身に着けているアルマは、そのアンの近くへと小走りで向かって近くに座ろうとすると、怪訝そうな表情で見上げられて思わず体が硬直した。
「アン……ちゃん、座っていい?」
教えた覚えがない自身の名前を呼ばれた少女は、眉を顰めて口を嫌そうに少し開いた。すぐに主が名前を教えたのだと思い、顔を元に戻すと、少し横にずれることで座れるスペースを用意した。
「あ、ありがとう……」
「高い所から見下ろされるのが好まないだけだ」
クラディスの頭一つ大きい身長。アンにとっては一つと半分大きい所から見下ろされることが気に食わないと言った。
冷たく、目すら合わない返答にも少女は笑みで返した。
「アンちゃんって、なんであの……えっと、クラディス――君と一緒にいるの?」
「……どうでもいいだろ」
「そ、そっか……どうでもいいよね……」
会話や様子を見れば、噴水に座っている緑が入った黒髪の少女が、白金等級や金等級の冒険者を殺めたと思う者はいないだろう。
それほどまでに少女の腰は低く、常に相手の気を悪くしないように完成度の高い微笑みを浮かべている。
隣でヘラヘラとしている少女の声を聞きながら、アンは眼鏡を太陽に透かした。
最初は少しの汚れがあったが、既に会話の途中で汚れは見えなくなった。しかし、会話会話の間にある時間を潰すために眼鏡を衣類の裾で優しく拭き続ける。
「ア、アンちゃんって……なんのご飯が好――」
「お前は何故あの場所にいた?」
「わ、私……? えっと……。って、気が付いたらあそこにいたって言ったじゃんー。ははは……」
「そうか」
「……で、でも。でもね? その前の記憶が実はあるんだ」
アンの褐色の長い耳がぴくッと反応をした。
今までの気の無い反応をしていた少女のその微細な意図しない反応は、アルマの頬を綻ばせ、饒舌にさせた。
「前世の記憶っていうのかな……? そんなのがあって」
「前世……?」
「分かんないんだけどね。でもたぶん、そんな感じだと思う」
依然として顔は隣のアルマではなく眼鏡へと向けられているが、耳だけはしっかりと興味がありそうに立てられていることから、アルマは言葉をつづけた。
「最初は無かったんだけど、時間が経つと段々と鮮明に思い出せれるようになってきてて……少し前にはほとんど思い出せたんだ。そこにいる私はただの女の子なの、兄さんと一緒に暮らしててね。私は「兄さん」ってよんでてね」
へらっと笑い、過去を懐かしむように呟いた。
「兄さんからは、「佳奈」って呼ばれてたの」
アルマの呟いた言葉に、目を見張った。
その名前を聞いた時、頭に浮かんだのはクラディスが前に話していたことだった。
隣で上機嫌に目を細めるアルマの顔を視界に捉え、次の言葉を待った。
「兄さんは私のために頑張ってくれてて、私ももう少しでその力になれると思ってたんだけど……。残念ながらそこから先は思い出せないんだ。それまではほとんど記憶に残ってるんだよ! その記憶があるからさ、あの暗い場所でも希望が持てていれたんだぁ。でも、すごく不思議な感じ」
終始、笑顔で話すアルマ。
その表情はクラディスが昔話をした時の表情とは真反対の話し様だった。
悲しく、重たい表情をして話していた自分の主人のことを思い出し、口を開き、閉じた。
アンは感じた。
このアルマという魔物と似た気配を発する人型のモノとクラディスは転生者であり、元の世界では兄妹だったのだろうと。
二人の言葉の裏には「できることなら、もう一度会いたい」という思いが感じ取れる。鈍感なアンでさえ、それを掴むことができた。
だが、その表情には大きな差がある。
「──そんなくだらない話、どうでもいい」
クラディスはアンに「自分の家族の様な存在だ」と言ってくれていた。
それが本当の家族でなくともアンにとっては心の温まる言葉に変わりなく、その言葉があることで自分の居場所は主人の横であると信じ、疑うことなど無かった。
そこに突然として現れた、不確実性はあるが九分九厘クラディスの家族だった存在――アルマという少女。
主を思う従者であるなら、このことを伝えて感動の再会を傍らで見守るべきだろう。
しかし、アンの心の中には自分の居場所が失われてしまうという恐怖と、妹のことを話す主の震える声と心苦しそうに笑う顔があった。
「それに、お前が何者だったかは関係ないだろう。所詮……一時的な付き合いだ」
「そ、そうだよね……ごめん。変な話しちゃって」
幸い、このことを知るのはアンだけだ。
アルマに少しだけ開いていた感情を閉じ、アンはこのことを差し置くことにした。
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