【HIDE LEVELING】転生者は咎人だと言われました〜転生者ってバレたら殺されるらしいから、実力を隠しながらレベルアップしていきます〜

久遠ノト@マクド物書き

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5-1 最上位種発芽編:世界が変わっても

246 オマエは前から何も変わらない

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 アンは雪の降る中、一人で宿舎へと帰っていた。

「クラディス君の体はボロボロの状態よ」
 
 ペルシェトが言った言葉を噛み締めながら、ペルシェトの自室のベットで横になっているクラディスを心配そうに見つめた。

 慢性的な疲労から来る状態異常。

 しばらくは休息を取る必要があり、ペルシェトが十分だと判断するまでは訓練も中止させるのだと言った。

 クラディスの体は、転生してから過酷な日々を送ることを強いられていた。

 齢12歳の体で大人が嘆き、逃げ出すような内容にも食らいついていく。それらがあって今現在の力を手に入れたのは言うまでもないだろう。
 だが、じわじわと体を蝕んで行っていた疲労は再び訪れた同等の……いや、それ以上に過酷な日々によって加速し、全身に回った。
 会得していったスキルでは補えないほどのストレス、疲労、睡眠不足がクラディスの体の身をボロボロの状態へと追いやった。

 なんで。

「……わたしはもっと早く気づかなかった」

 なんで自分は。

「もっとあるじの体調の変化に気づけなかった」

 どうして……。

「あるじは……私を頼ってくれなかった……」

 最も近くでクラディスのことを見ていたアンでさえ、クラディスの些細な変化には気がつくことが出来なかった。
 それまでにクラディスは疲れなど表に出さずに、毎日毎日課される仕事量を熟して、周りへの気遣いも怠らなかったのだ。

 宿舎へと帰り、三人が住む一室に帰ってきたアン。

 目に入ってきたのは居間で勉強をしているアルマの姿だった。
 その何も知らずに筆を走らせている様子に、積もりに積もった不満が爆発するのは必然のことだった。
 ギリッと歯を食いしばり、アルマの元へ駆け寄って行く。

「あ、アンちゃん! おかえり――」

「お前のせいで……!!」

 胸ぐらを掴み、机に背をぶつけるように押し付けた。

「なっ……んで、急にっ!」

「何、何だと? お前があるじに要らん時間を割かせるからっ! あるじが倒れたんだ!!」

「あるじ……? って、え……? クラディスくんが、倒れたって……?」

「あぁ、そうさ。さっき倒れた……! 今もまだ目を覚ましてない……! わたしがなんで怒ってるか分かるか!?」

 グッと力を込めて、アルマの呼吸を浅くしていく。

 アンの中ではクラディスの疲労の原因はアルマにあると思っていた。
 目の前にいる女がクラディスの時間を食いつぶし、いらない負担を押し付け、訓練で疲れた体を勉強会という全く利にならないことで動かしていたのだと。
 
「お前は……っ! あるじに寄生するゴミ虫だ! やりたいことを見つけるまで一緒にいる? 冗談じゃないぞ……! あるじは優しいがわたしは違う。あるじが第一だ。あるじが好きなんだ。そんなあるじを苦しめるのならお前なんかいなくなってしまえばいい!!!」

「ま、待ってよ! 私が全部悪いわけじゃないでしょ!」

「は……っ? お前のために割く時間は本来……体を休める時間になってたんだぞ……!」

 掴まれた胸ぐらを解こうと手に力を込めるが、アンの力に勝てるわけもなく、抵抗すればするほどその上の力で押さえつけられる。
 自身よりも大きい体躯のアルマを持ち上げ、机の上を滑らせて地面へと投げた。

「ぐっ、いっ……!」

「痛い……? 化け物のお前がよく言う」

 机の上にあったコップやノートが地面に散乱し、その上に手をつきながら体を起こしてアンのことを睨みつけた。

「アンちゃん……いい加減っ、私だって怒るよ……!」

「怒るような立場じゃないだろ……っ? 何も悩まずに。何もせずに。ただただあるじの優しさに甘えてここにいるだけのお前が、なぜ怒ることができる……?」

「私が考えてないって……? ちゃんと考えてるよ! けど……私は、何をしたらいいのか分からないの……」

「…………だったら、教えてやろうか?」

 打ちひしがれるアルマを押し倒し、顔の横の床に手の平を付いて顔を近付けた。

「死ね。消えろ。あるじの邪魔をするだけのお前は要らない。自分で考えて動けないのなら必要ない。だから、この空間から、私達の視界から消えてしまえ」

「っ……!!! …………っ」
 
 息が当たる距離で言われた罵詈雑言。
 反抗したい気持ちで体全体が一瞬にして支配される。しかし、反抗できるものではなかった。
 アンの言っていることはアルマの現在の状況を的確に言い当てたものだ。アンから顔を背ける、それしか出来ない。なにも言葉を返せれない。

「……お前、確か、佳奈という名前だったな? 兄がいた、と言ったか」

 目に涙が滲むアルマは反応を示さない。

「…………お前、兄にも同じように寄生していたんじゃないのか?」

 その言葉を聞くと、アルマは背けていた顔を戻した。そして、悲哀が浮かぶ顔に怒りが上書きをされていく。

「……言っていいことと悪いことがあるよ……っ!!!」

 アンの首元に手を伸ばして跳ね除けようとするが、その手を手で押えられてしまう。

「その兄とあるじを重ねてるんじゃないか? 所詮お前は死んでも、世界が変わっても、誰かに依存しないといけないんだ」

「何も知らないくせに……!! 兄さんのことも、私のことも、家がどんな状況だったかも知らない癖に……知ったような口を言うな!!!」

「今は、家庭環境なんて関係ないだろう。事実、今、現在、あるじに迷惑をかけてる。分かるか? 兄がなんだろうが、妹であろうがなかろうが、家庭環境なんて無くても、お前はっ!! 何も変わっていないんだッ!!」

 押さえつけるアンの手から逃れようともがくが動かない。
 転生前のことまで出され、何も知らないこの世界の少女に兄妹関係まで声を荒らげて声にされる。再認識させられる。
 だが、それだけは分かっていても……第三者にだけは言われたくのないことだ。

「私だって頑張ろうとしてるよ……!! でも、兄さんは私の数歩先を歩くし、やっと恩を返せれると思ったら……殺されたんだっ!! 私だって、私だって!! 自分がなんとかしなきゃって、何かしないといけないって分かってるよ!!」

「口だけだ、どうせ何も変わらない」

「変えるよ……!! 私は、クラディス君……それと、この世界に来てるかもしれない兄さんにも恩を返せれるように頑張るんだ。だから、私は、今はそんな力がないけど……成長したら返していくから……!」

 何度力を入れてもアンの拘束は解けないと思えた。それまでに強い力で握られていた。

 しかし、突如として握る力が緩まったのを感じ、アルマはアンの方を不思議そうに見上げた。

「……?」

 ――ぽたっ。
 
「っ? なんで…………泣いてるの……アンちゃん」

 そこには涙を流しているアンの姿があった。
 事情がよく飲み込めないアルマは緩まった拘束から逃れることはなく、そのままアンの言葉を待った。

「……お前は…………、バカ者だ。哀れな生き物だな。つくづくと、しみじみと分かった」

「なんで、そんな酷いこと言わなくても……」

「ほら、気が付いていないじゃないか」

「……?」

 ――その時に扉の開く音が聞こえた。そのことに二人は気付かない。
 
「お前がこの世界に来てるかもしれないと言った兄、平野明人は……私のあるじ、クラディス・ヘイ・アルジェント、その人だ」

「…………え……っ……?」

「――あれ、鍵空いてる」

 突然声が聞こえ、玄関の方を勢いよく振り向くと、頭に雪を乗せたペルシェトが立っていた。
 その背中に背負われているのはまだ目を覚ましていないクラディスで。

「……って……あー……タイミング悪かったかな」

 声を出さない二人をチラッと見て、気まずそうに笑った。
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