267 / 283
5-1 最上位種発芽編:世界が変わっても
246 オマエは前から何も変わらない
しおりを挟むアンは雪の降る中、一人で宿舎へと帰っていた。
「クラディス君の体はボロボロの状態よ」
ペルシェトが言った言葉を噛み締めながら、ペルシェトの自室のベットで横になっているクラディスを心配そうに見つめた。
慢性的な疲労から来る状態異常。
しばらくは休息を取る必要があり、ペルシェトが十分だと判断するまでは訓練も中止させるのだと言った。
クラディスの体は、転生してから過酷な日々を送ることを強いられていた。
齢12歳の体で大人が嘆き、逃げ出すような内容にも食らいついていく。それらがあって今現在の力を手に入れたのは言うまでもないだろう。
だが、じわじわと体を蝕んで行っていた疲労は再び訪れた同等の……いや、それ以上に過酷な日々によって加速し、全身に回った。
会得していったスキルでは補えないほどのストレス、疲労、睡眠不足がクラディスの体の身をボロボロの状態へと追いやった。
なんで。
「……わたしはもっと早く気づかなかった」
なんで自分は。
「もっとあるじの体調の変化に気づけなかった」
どうして……。
「あるじは……私を頼ってくれなかった……」
最も近くでクラディスのことを見ていたアンでさえ、クラディスの些細な変化には気がつくことが出来なかった。
それまでにクラディスは疲れなど表に出さずに、毎日毎日課される仕事量を熟して、周りへの気遣いも怠らなかったのだ。
宿舎へと帰り、三人が住む一室に帰ってきたアン。
目に入ってきたのは居間で勉強をしているアルマの姿だった。
その何も知らずに筆を走らせている様子に、積もりに積もった不満が爆発するのは必然のことだった。
ギリッと歯を食いしばり、アルマの元へ駆け寄って行く。
「あ、アンちゃん! おかえり――」
「お前のせいで……!!」
胸ぐらを掴み、机に背をぶつけるように押し付けた。
「なっ……んで、急にっ!」
「何、何だと? お前があるじに要らん時間を割かせるからっ! あるじが倒れたんだ!!」
「あるじ……? って、え……? クラディスくんが、倒れたって……?」
「あぁ、そうさ。さっき倒れた……! 今もまだ目を覚ましてない……! わたしがなんで怒ってるか分かるか!?」
グッと力を込めて、アルマの呼吸を浅くしていく。
アンの中ではクラディスの疲労の原因はアルマにあると思っていた。
目の前にいる女がクラディスの時間を食いつぶし、いらない負担を押し付け、訓練で疲れた体を勉強会という全く利にならないことで動かしていたのだと。
「お前は……っ! あるじに寄生するゴミ虫だ! やりたいことを見つけるまで一緒にいる? 冗談じゃないぞ……! あるじは優しいがわたしは違う。あるじが第一だ。あるじが好きなんだ。そんなあるじを苦しめるのならお前なんかいなくなってしまえばいい!!!」
「ま、待ってよ! 私が全部悪いわけじゃないでしょ!」
「は……っ? お前のために割く時間は本来……体を休める時間になってたんだぞ……!」
掴まれた胸ぐらを解こうと手に力を込めるが、アンの力に勝てるわけもなく、抵抗すればするほどその上の力で押さえつけられる。
自身よりも大きい体躯のアルマを持ち上げ、机の上を滑らせて地面へと投げた。
「ぐっ、いっ……!」
「痛い……? 化け物のお前がよく言う」
机の上にあったコップやノートが地面に散乱し、その上に手をつきながら体を起こしてアンのことを睨みつけた。
「アンちゃん……いい加減っ、私だって怒るよ……!」
「怒るような立場じゃないだろ……っ? 何も悩まずに。何もせずに。ただただあるじの優しさに甘えてここにいるだけのお前が、なぜ怒ることができる……?」
「私が考えてないって……? ちゃんと考えてるよ! けど……私は、何をしたらいいのか分からないの……」
「…………だったら、教えてやろうか?」
打ちひしがれるアルマを押し倒し、顔の横の床に手の平を付いて顔を近付けた。
「死ね。消えろ。あるじの邪魔をするだけのお前は要らない。自分で考えて動けないのなら必要ない。だから、この空間から、私達の視界から消えてしまえ」
「っ……!!! …………っ」
息が当たる距離で言われた罵詈雑言。
反抗したい気持ちで体全体が一瞬にして支配される。しかし、反抗できるものではなかった。
アンの言っていることはアルマの現在の状況を的確に言い当てたものだ。アンから顔を背ける、それしか出来ない。なにも言葉を返せれない。
「……お前、確か、佳奈という名前だったな? 兄がいた、と言ったか」
目に涙が滲むアルマは反応を示さない。
「…………お前、兄にも同じように寄生していたんじゃないのか?」
その言葉を聞くと、アルマは背けていた顔を戻した。そして、悲哀が浮かぶ顔に怒りが上書きをされていく。
「……言っていいことと悪いことがあるよ……っ!!!」
アンの首元に手を伸ばして跳ね除けようとするが、その手を手で押えられてしまう。
「その兄とあるじを重ねてるんじゃないか? 所詮お前は死んでも、世界が変わっても、誰かに依存しないといけないんだ」
「何も知らないくせに……!! 兄さんのことも、私のことも、家がどんな状況だったかも知らない癖に……知ったような口を言うな!!!」
「今は、家庭環境なんて関係ないだろう。事実、今、現在、あるじに迷惑をかけてる。分かるか? 兄がなんだろうが、妹であろうがなかろうが、家庭環境なんて無くても、お前はっ!! 何も変わっていないんだッ!!」
押さえつけるアンの手から逃れようともがくが動かない。
転生前のことまで出され、何も知らないこの世界の少女に兄妹関係まで声を荒らげて声にされる。再認識させられる。
だが、それだけは分かっていても……第三者にだけは言われたくのないことだ。
「私だって頑張ろうとしてるよ……!! でも、兄さんは私の数歩先を歩くし、やっと恩を返せれると思ったら……殺されたんだっ!! 私だって、私だって!! 自分がなんとかしなきゃって、何かしないといけないって分かってるよ!!」
「口だけだ、どうせ何も変わらない」
「変えるよ……!! 私は、クラディス君……それと、この世界に来てるかもしれない兄さんにも恩を返せれるように頑張るんだ。だから、私は、今はそんな力がないけど……成長したら返していくから……!」
何度力を入れてもアンの拘束は解けないと思えた。それまでに強い力で握られていた。
しかし、突如として握る力が緩まったのを感じ、アルマはアンの方を不思議そうに見上げた。
「……?」
――ぽたっ。
「っ? なんで…………泣いてるの……アンちゃん」
そこには涙を流しているアンの姿があった。
事情がよく飲み込めないアルマは緩まった拘束から逃れることはなく、そのままアンの言葉を待った。
「……お前は…………、バカ者だ。哀れな生き物だな。つくづくと、しみじみと分かった」
「なんで、そんな酷いこと言わなくても……」
「ほら、気が付いていないじゃないか」
「……?」
――その時に扉の開く音が聞こえた。そのことに二人は気付かない。
「お前がこの世界に来てるかもしれないと言った兄、平野明人は……私のあるじ、クラディス・ヘイ・アルジェント、その人だ」
「…………え……っ……?」
「――あれ、鍵空いてる」
突然声が聞こえ、玄関の方を勢いよく振り向くと、頭に雪を乗せたペルシェトが立っていた。
その背中に背負われているのはまだ目を覚ましていないクラディスで。
「……って……あー……タイミング悪かったかな」
声を出さない二人をチラッと見て、気まずそうに笑った。
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。
それは、最強の魔道具だった。
魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく!
すべては、憧れのスローライフのために!
エブリスタにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる